孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

?十年ぶりの母校訪問

2017年08月13日 | 旅行
長男がJR青春18切符を利用して、あちこち旅行していたのは以前から知っていたが、その切符の詳しい内容はあまり知らなかったので特に気にかけていなかった。

しかし今月初めに、『青春18きっぷ』と言っても、特に若者たちだけの割引切符ではなくて、誰でも利用できると知って、早速毎日通勤で利用している駅の駅員に確認してみた。

「春・夏・冬の年3回発売されるんですが、特に年齢制限は無くて、最近はむしろ中高年の方の方が多いくらいじゃないでしょうか?」という駅員の言葉を聞いて、私は即購入を決めたのだった。

1枚の切符で5回分使用でき、1回は1日有効で、普通電車ならどこで乗り降りしてもいいし、何度乗り降りすることも出来る優れ物である。

しかも、この切符を利用し、別にグリーン券を事前に購入すれば、グリーン車を利用した快適な列車の旅を満喫できるのである。

私は、迷わずこの切符を利用して、北関東にある我が母校を訪れることにした。前日グリーン券を780円で購入して、沼津駅からグリーン車に載って、片道5時間の電車の旅を楽しんだ。お盆休みが始って、若者たちが多かったが、最初から最後まで座る事ができた。

私が大学受験で初めてその街を訪れた頃は、静岡から新幹線に乗り換え東京まで行き、山手線で上野駅に移動し、東北線に乗り換えて特急電車で2時間弱揺られないと着かなかった。

しかし、今では東海道線から東北線が乗り換えなしで、東京を乗り換えなしで通過できてしまうのだった。

青春18きっぷは、新幹線が利用できないので、東海道新幹線も東北新幹線も利用できないが、何でもかんでも速ければいいというものではないので、そこにこの切符の価値があるのである。

地元の人は、自分の故郷は「北関東」であって、決して「南東北」ではないという強い自負があり、「○○は北関東で一番だかんねっ!」などと、農産物の自慢を盛んにするのだったが、他県出身の我々には、彼らの訛りはどう聞いても東北っぽかった。

電車は予定通り到着した。今では東北新幹線も停車する、東京の通勤圏の中の一都市になったようで、駅の建物も大きくリニューアルされていて、昔の面影など全くとどめていなかった。

いつの間にか、『餃子の街』として全国的に名を馳せていて、その日も餃子を食べに来たと思われる観光客たちは駅前のどの餃子店に入ろうかと、ニコニコしながら物色していたようだった。

  大学キャンパス

母校まではJR駅前から、バスで約12分。正門前で降ります。守衛さんに、「?十年前にここを出た者ですけど、久しぶりに来て見ました。中を散歩させてもらってもいいでしょうか?」と、一言許可を求めた。

白髪頭の守衛さんは、「そうですか。どうぞどうぞ・・。」とニコニコしながら許可してくれた。

私が入学した頃は、まだ学生運動がくすぶっていて、正門では毎朝のように黒いヘルメットをかぶって、タオルで顔半分を隠しビラ配りをしている過激派学生が5~6人いたた。

キャンパスのあちこちには、赤いペンキで独特の字体の「立て看板」が立っていて、その横では、過激は学生が拡声器で訳の分からないことを演説していた。

  庭園の池

正門の右手には、この大学のご自慢である「フランス式庭園」があり、丁寧に刈り込まれた幾何学模様の生垣が、昔のまま存在していた。当時我々は「仏庭」(ぶってい)と呼んで、そこの芝生に車座となって「飲み会」をやったものだった。

酔っ払ってくると、手拍子で軍歌や色っぽい「春歌」などを大声で歌い、酔いに興じて池に飛び込む者が続出したものだった。

翌日、池に入って、落としたはずの腕時計を手探りで必死に探す者などがいて、見ていて可笑しかった。

  ピンフ堂

東門前にあった食堂「平和堂」は、学生専門の食堂で、味もさることながら値段が手頃で、構内で営業している学生食堂よりもずっと人気が高く、いつも混みあっていた。

ジャムおじさんのようなご主人と奥さんが切り盛りする平和堂は、マージャンの役に掛けた「ピンフ堂」と学生に呼ばれ人気No1の食堂だった。

  良心的な価格

盆休みで営業はしていなかったが、貼られたメニューを見る限り、スペシャル定食410円、カツカレー410円・・と500円でおつりが来る、という良心的な値段設定が昔と変らなくて、嬉しくなった。

キャンパス内の道路には、センターラインがキチッと引かれ、道路標識も多く、横断歩道のいたるところに書かれていた。私が学生だった頃は、自家用車で通学する学生など1割もいなかっただろう。

更に、街路樹がどれも大木に変身していて、無数のツクツクボウシが鳴き狂っていた。キャンパスに一歩踏み入れたときの印象は、緑溢れる森の中のキャンパスという感じで、学び舎としては最高の環境であろう。

私がお世話になった下宿は、「ピンフ堂」から歩いて10分ほどのところだったが、すでに汗が体中から噴出していたので、そこまで歩く根気はなく諦めた。

高校3年のときは、東京の大学をいくつか受験したのだが、どれも私にはピンと来なくて、こんなところで学生生活は送りたくはないなあ、と少し憂鬱な気持ちであった。

しかし、最後に受験に来たこの大学を見たとき、「こりゃあ、いいや。ここに決めた。」とまだ受験前だというのに、私は勝手に決めていたのだった。

休みに入っていたので、学生はほとんどいなかったが、それでも4年生であろうか、研究室に向かう学生たちは、みんな小奇麗な格好で、どことなくテレビに出るジャニーズ系のタレントの様でもあり、私は薄汚かった昔の自分と比べて、ひとり笑ってしまっていたのだった。
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