・<ZERO>から響く声

シンガーソングライター箱崎恭子の歌う思春期日記です。
胃もたれ注意!

ゼロを見つけるため

2012-05-10 | 日常

叫び出したい気持ちを自力で飛び越えた。

何も知らない友人の言葉が、そんな私を無邪気に迎えた。

ナイスな私たち。 優しい言葉に感謝する。



今日もやるべきことはきちんと全部やり終えた。

ヘッドフォンで大音量で大好きな曲を聴いたら、今日はもう寝てしまう。

今夜の曲は、 大橋トリオ 「ラブリー」(COVER) !



ラブリー ラブリー♪


ラブリー ラブリー!


ラブリー ラブリー!!!



誇り高く生きるのさ!

得られなかったもの、違い過ぎたもの、誰かのせいにしたって仕方ない。

与えられなかったもの、悲しすぎたこと、私は与えない人になればいい。

絶対に一人になんてしない。



ラブリー! ラブリー!



悲しみを飛び越えて、歌いながらどこまでも飛んでいきそうだ!

大丈夫、どこを見たってこんなにハッピーな人間なんていない。

恐い夢もそのうちいつかは終わり、恐い夢から誰かを守る大きな両手を手に入れる。



 LIFE IS COMIN' BACK !



泣いて、笑って、うたう。

こんなに楽しくて、幸せなことってないなぁ。


誰にも触れさせはしないよ。 深く刻まれた傷痕も、今もまだ恐くて行けない場所があることも。

「みんな君ほど強くない」 って言われても、誰だって最初から強いわけじゃないでしょう。

強さが何かは知らないけれど、その言葉、飽きるくらい言われ続けて、私はきっと君の言う強さを手にしたんだろう。

誰にも言わずに一人の夜を飽きるほど泣いて歩き回って、きっとそれを拾い集めたんだろう。



私がここにいる。 確かに。

誇れる自分になろう。 際限なくあなたを愛していると伝えよう。

こんなに幸せな人間なんていないけど。 悪いけど。 あはは




最近は大橋トリオさんの 「ゼロ」 で起きます。

音楽があれば、私には寂しい夜なんてあり得ないんだな、ほんとに。 凄い。 

今夜もいい夢が見られそうです。



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2012-05-09 | 映画

非常に眠い私です。

東京は雨ですねぇ。


一昨日見た映画、…あ、ビデオだけど、『幸せのポートレート』 がけっこうおもしろかったです。
書いとこ書いとこ。

前半ちょっとタルい展開だなー、失敗したかなー、と思ってたら、後半一気にツボで。

サラ・ジェシカ・パーカーが一気にかわいくなるし、ママはいい人だし、家族が皆素敵だしで、
前半からの反動が見事に活きた作品でした。

こういう怒濤の伏線回収ものとしては 『パーマネント野ばら』 と偶然同じような作品に出会ったけど、
こちらはそれをコミカルに、キュートに、だけどしっかりしんみりもさせてくれて、いい映画だったと思います。

あんなに最初感じ悪いと思った人達を、こんなに好きになることってある?! って自分でびっくりしたよ。
終盤一人で爆笑してたしね。
予想がーい。 あんなに笑える展開になるなんて。

他に印象に残ってるシーンといえば、弟のお皿にフォークを投げて語りかけるママのシーンでは
本当に愛を感じました。
ああいう家族、本当に本当に素敵。

素敵な家族のお話でした。 私もいつかあんなママになれるかしら。
うーん、それはかなりの努力が必要だぞ。 そのくらい、ママとしては最高の役柄でした。

懐でっかくする修行しとかねば。
日々、努力と勉強ですね。



さて、晩御飯。 何作ろう。 皆さん何食べました?

今日こそ早寝を! 明日も雨みたいだけど!

がんばりむわーす。


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そして

2012-05-08 | 日常

いつもの伊万里牛からのー 

松坂牛ー!! はいキター!



家族の戦利品。 くじで当たったらしいです。

たいした身分でもないくせに、高級牛を月1で食べてどうも申し訳ありません。

あざーーーっす!


来月遊びに来てくれるあの子に合わせて、何かいい肉仕入れておこう。 げへへ



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愛を込めて、お返事の回です

2012-05-08 | 思うこと

ドラマ 「リーガル・ハイ」が大っ好きです。

おもしろすぎるー。 どうしよー。 演技してる人達も楽しそうー。 いいなーいいなー。

生まれて初めてのドラマDVD購入を今から真剣に悩んでおりますが、
これって絶対初回に見る時が1番おもしろいんだよね。

できる限り心と身体に吸い込む為に、真っさらな気持ちで毎週テレビに向かうことを、
心底味わって楽しませて頂いております。
大好きなミュージシャンのライブと同じよね。

こんな気持ちは毎回1回きりだー。 どうしよー 幸せすぎるー いつかは終わる事も寂しいー。

じゅわっと味わってこの感覚を大切にします。


さて、「一人の休日」の記事にコメントを頂いた、まちさんにお返事をしていたら
なかなかノッてきて本文級の長さになってしまったので、いっそのことお返事を本文にするなんていう斬新な日ってどう?
いいじゃんいいじゃーん、やっちゃえーい。

ということで、好きな方への若干フランクなお喋りが止まらなくなった感満載の私が垣間見えちゃってますがすみません。
(↑ 古美門先生ばりの早口で)

きっかけはまちさん宛だけど、結局読んで下さってる皆さんへのお手紙みたいになっちゃいました。
長いでーす。 あ、覚悟済みか。

てことでお返事の巻。 ゴー。




そうそう! そうなんですよー。

一見ダサイようなことも、そのやり方や、やる人によっては
逆にそれが味になってめちゃくちゃかっこいいことだってありますよね?

私ね、世間一般で安易に言われる 『ダサイ』 や 『イタい』 の評価って、
その事自体ではなくて、それをやる人自体に大いに依存してると思うんですよ。

だって例えば、世間一般でいう女子ウケしない感じの、
いかにもヲタクで社交的じゃない人(あくまでイメージ的な例えです)が、
休日は家で引きこもってゲームしかしないなんていうのは
きっとその子からしたら『イタい奴』だったりするのかもしれないけど
じゃあ嵐の二宮くんはどうなの? っていうと、たぶんそれは違うんですよね。

だって嵐だもん(笑)。 何やっててもかっこいいっしょ(笑)、みたいな。

こういう発想の矛盾も、意識はされてないけど結構一般的じゃないですか。

今の時代ならあり得ない、ネルシャツをケミカルウォッシュジーンズにインするファッションも
きっと突然それでパリコレを歩かれれば『カッコイイ』になるわけだし。


で、このブログ見てるだけで私のキャラや姿形を知らない人なら


『一人花見なんてイタすぎ。 つーかこいつ全体的に何語っちゃってんの。 イタすぎ(笑)。』


って思う人だって当然いると思うんですけど、そんなのは思う人は思うし、思わない人は思わない、
たったそれだけの話だと思うんですよねー。

私も自分の文章見て、よく自分イタいなーって思うこともありますけど
でも万人から見てイタくない人になりたいなんて私は思わないし、それこそただの 『無』 ですよね。

自分話す為にブログやってんのに、無を望むなら作る意味すらないわけだし。

そこ勝手に恥じて、コソコソ当たり障りのない無を演じるくらいなら、
そんなもの出さない方がましだと私は思っていて。


こないだ紹介した、私が今大好きで読んでる「バター!!!」って漫画のセリフで、凄く好きなセリフがまだ他にもあって。


『 もっとさー 「おれはスゲー」「おれはカッコイー」って開き直れよ 自分に酔うの  見苦しんだよ 照れたりさ
  自分のことスキでもキライでもない半端なやつの踊りってー (シーン続く)』


ていうとこ読んだりすると、

「そう! そう! そう!!」

って本当に興奮したり。 そうなんすよ! って。

「つまんない! そんなやつの踊りなんて1番つまんない!」

って声を大にして言いたくなる。

こういうのね、こういう感覚的な、概念みたいな発想を言葉にして
それをまた登場人物のセリフとして、人間性としてサラッと出してこれちゃう辺りがもうたまんない! って思うんですけど。

感動しきりです。



調整でも何でもなく、単にビビって加減された表現なんて、おもしろくもくそもないわけですよね。

「表現」と「矢面」はイコールなんだから、それ恐がってこそこそするくらいなら、
それこそ自分の心の中だけに止めておけばいいだけの話で。

でも出しちゃった以上は、責任もって開き直るしかないわけですよ。
どんなものでも見せちゃった以上はお目汚しだと私は思っているので。
それ恥ずかしがる、大丈夫って安心させてほしい、って、どんだけ甘えてんだよ、って私だったら自分に言いたくなるし。

それって人付き合いでも同じですよね。

出す言葉も態度も、出した以上は責任が発生するって私は思ってるので。
それが相手にとって気にならないものかどうかは、自分が出す時から既に当てにすべきものではないと思っているし。

その責任を取る気がないからなのかはわからないけど、自分隠して同調し合ってるふりする関係もありだとは思うけど
それって何が楽しいんだろうって私は思ってしまう方です。

できる限り、そういう関係は最低限にしていたいんですよね。
その時間がもったいないし、それに付き合わせてる相手にも敬意も何もないように感じてしまうから。


でもこういうのも、じゃあ人間として思いやりのかけらもなく協調性の無い、反社会的な対応しか取れない人を擁護するのか
と、極端に取られてしまうこともあるのかもしれないけど
でも私からしたら恐がって何もしていないのに、そういうちょっと出力レベルの強い人を指差して


「あいつらはないわー。」


って笑い合ってる自分達は、口だけわかったふりでイタいなー
とかは思ったりはしないんだ、って不思議になるというか。

自分は違う、絶対にイタくないってどうして言い切ることができるんだろう、って思っちゃうんですよね。


「ううん、あなたは大丈夫。 私も大丈夫だよね?! そうだよね?! よかったぁーー。」


みたいな協定を組んでる人の中だけでの独特な価値基準だなって思ってしまうというか。

それってその輪から遠く離れた人達から見ると、十分イタく見えるんだから、じゃあもうイタいイタい言い合う意味ないよ

って思わないのかなー、不思議だなー、って私は思って見ています(笑)。


その子は普通にいい子だし、悪気があって言ってるわけじゃないから
あんまりいたずらにつついちゃいけないなと思って、私の思考を押し付けたりしないようにそっとしてましたけど。

でもおもしろいトピックもらったな、って、対その子を内包する概念の一つ としてはいろいろ考えましたねー。
面白かったな。

でね、


「ああこの普段は私に従順でおとなしいこの子に、つーかハコザキまじイタいわ、って思われてたら萌えるー! きゃーーっっ、アガルーーー!!」


って一人で想像萌えして興奮してました(笑)。
で、本人にそれは伝えたら、ちょっとついてけないって顔して引かれてました(笑)。 あははっ

これって何だろう、あんまり理解してもらえないんだけど私だけのマニアポイントなのかな?
この残念さも意外と好きなんだと思いますが(笑)。



話はちょっと長くなり過ぎてますが、いい機会なのであと少し。

最近ね、 『一緒』 って何だろうってよく思うんですよ。

『性別が一緒』 とか 『この時期に○○したから一緒』 とかで、
『これだけ一緒なんだから話が合うはず』 とか言われることが多いことが、ちょっと意味がわからなくて。

特に性別って、本当にその75%くらいを、考えるまでもなく無条件にクリアしてると思われてる
ということに唖然とするというか。

例えば、考え方や発想や言葉の使い方や好きな物が 「一緒」 な男子よりも
「女子」 ってだけで、絶対こっちの方が話が合う 「はず」 って思い込んでたり、言い切っちゃう人が理解できなくて
日常でよく頭を抱えることがあったりします。

これって何でしょう。 文化なのかな?

絶対的にそうじゃないと言ってるわけじゃなくて、もちろんそういう場合もあるとは思うんですけど
あまりに盲目的に、それを信じて疑わないことが常識、みたいな空気がよくわからなくてー。


思想も、形も、生い立ちも、状況も、全てが完全に一致する人間なんてこの世のどこにも存在しなくて
人が人を構成する上では、想像を遥かに絶する数の特徴や、色調や空気感や、個々を形どる要因があるのに
そのたった目に見えるいくつかの要因が 「一緒」 なだけで

「私と似てる」

とか

「君たちはここが一緒だからきっと気が合うよ」

って容易く信じられている人を見る度に、いいとか悪いとかじゃなく、ただその発想に理解ができなくて、
その度に少しの孤独をそこで私は感じているんですよね。

共通の言語がまたわからない瞬間、というか。
それが別に寂しいとかいうわけでもないんですけど、ただ、事実として。

それって 『一緒』 が安心する世界の人は盲目に信じられている、安心を得る魔法の言葉みたいなもので
私は 『一緒』 が特に安心には繋がらないから、その信じ方がわからないのかな、って最近は思っているんですけど。

そして、孤独を恐がっている人は、きっと 『一緒』 に安心を感じやすいのかな、とも。

そういう人ほど、なぜか反して


「でも自分はちょっと変わってる。 みんなと一緒、『普通』になんてされたくない。」


って言いたがってる気がするんですけど、どうなんですかねー。

じゃあ 『一緒』 から自分で離れたらいいのに(笑)、って、イヤイヤ期のお子さんを見てるような気持ちです。
ちょっとかわいい。


つまりは結局、孤独を恐がっている人は、『変わってる』人にはなり得ないってことですよね。
真の意味で『変わってる』人って、孤独を味わってしまうものだから。

それって将棋を本気でやる気もないのに、棋士のタイトルだけ欲しがるみたいなものですよね。

で、本気でタイトル目指して将棋をやっている人は
タイトル取って凄いと思われようが、将棋を知らない人から凄いかどうかわかんないって思われようが
そんなのおそらくどうだっていいっていうことです。

なぜ今将棋が突然出たかと言いますと、そうですね、「3月のライオン」の新刊が出て読んだばかりだからですね(笑)。

音楽やってる人だって、絵描いてる人だってそう。

自分の表現物にずっと満足しきりで続けてる人なんていない。
むしろやればやるほど足りなくて愕然とするから、次を求めてしまう。
それが外から見て凄いと言われようが言われまいが、そんなのは副産物でしかないんだよね。

見つめてるものは自分しかなくて、その中で出会えるものは、真っ暗な闇でしかないんだもの。
その孤独を一度でも味わったら、人から見て変わってるかどうかなんて、どうでもいいことに思える気がするけどな。



ちょっと長くなり過ぎましたが、とりあえず思ったことを書いてみましたー。
てかもう後半からまちさん宛の返事ではなく、いつもの私の文章に(笑)。

でもこういうのをめんどくさがらずに書かないと、
ブログってすぐ置き去りになっちゃうんだなって気付いたよ(笑)。
おかげで携帯の中は書きかけのゴミでいっぱいです。

Sちゃんズ、待っててくれてありがとー!
ていうかこのセリフ何様ー?(笑) 恐縮ですー! むしろごめんなさいー!(笑)


一人一人が孤独や、「一人であること」を受け入れた上での関係が、私は好きです。

自分の甘えを相手に押し付けるのではなくて、自分の孤独を受け入れた上で誰かと寄り添うから
本当に相手を思いやれる余裕ができるのではないかな、と私は思うな。

ギブ&テイクを脅し合って強制し合うような関係は、もうめんどくさくて無理だなー。

向き合う人にはいつでも敬意を持っていたいから。
それを持てない相手と、嘘をついて向き合ってるふりはしたくないのです。

私なりの精一杯の誠意です。



以上、皆様へ。 愛を込めて。

こんな私ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。


ってほんと何様ー?(笑) 復帰コンサートのつもりー?(笑)

おもろいです。 ありがとうございます。

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私の基本

2012-05-07 | 思うこと

余すことなく受け止めたいと思って毎日を生きています。

そんなこと、望めば望むほど 無理なことだとわかりはしても。


今を、未来を、自分を、外の世界を、リスクを、可能性を、他の手段を、その結果の想定を。
物心ついた歳から、考えずに生きてきたことなんてない。

「そんなことまで考えてたら、動けなくなるよ」

と、よく人には言われてしまうけど、それでも私は考えています。


考えて、選ぶ。

それによって手にできそうなもの、それによって失うもの。

ちゃんと顔の正面10cmに置いて、わかって、自分で選びとる。

「見えてなかった」 なんて言い訳は許さない。

選んでいる間にも増えていくリスクなんて想定済み。



『考えすぎたら動けなくなる』 なら、『考え抜いてそれでも動く』 人になればいい。

『考えるばかりで楽しめない』 なら、『考えた後、全てを楽しむ』 人になればいい。

余白を楽しめなくなるとよく人には言われるけれど、
考え抜くことくらいでは、余白を全て塗り潰すことなんてできない。


むしろ、余白を減らした後に残った余白を、私は余さず楽しみたいのです。

考え抜くことでその範囲を可能な限り絞りきり、全力をかけるべきところで身体全部を使って味わう。

だって。

誰かを好きになって、その人に好きになってもらいたいと心から思うとき、
その人のことを考えずにはいられない。

それと同じように、毎日身の回りにあるものや、日々の時間や限られた人生に
誠実であればあるほど、考えずにはいられないはず。

ただ、大切に思っているだけ。


想定外のことにがっかりして、誰かのせいにしたくない。
愚痴ばかり言って済ませたりもしたくない。

そんな甘え方を、私は人生で1番したくないだけ。


この方が、より自分で選んだことばかりで、誰のせいにもしなくてすむ。

だって、誰のものでもない、私自身の人生なんだから。

自分で決める、自分で選ぶ。

その結果得る痛みや哀しみならば、むしろうれしいとまで、思うことができるのです。


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遊び疲れていい気持ち

2012-05-06 | 散歩のススメ

雷を伴った夕立に見舞われ、その後1時間で散策は終了。
雨が本降りになった時に近くにあったバス停から、その付近の駅行きのバスに乗り帰路に着きました。

思わぬところで馬に出会えたり、楽しいお散歩でしたー。


帰って少しお昼寝をしたら、思い立ってジョギングへ。

盛りだくさんで、充実したよい休日でした。
カフェには必ずまた行きます。 うへへ



写真はカフェを出た後に、歩きたかったルートに乗るまでに出会った素敵道。

思わぬところで素敵な空間に出会う、これぞ一人散歩の醍醐味ですな。


明日からまた頑張ります。

とりあえず、無理のない範囲の早起きを。 おやすみなさいましー


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実況中

2012-05-06 | 散歩のススメ

私の散歩事情に何ら興味ないかとは思いますが、んなこと言ってたら日記なんて書けませんので続けます(笑)。

素敵カフェとは名残惜しいのですが、次の予定に向けて2時間半でお別れ。

1日いられる場所でした。 また来ます。


で、これから1時間ほど歩く予定。

こないだ友人に


「はこちゃん歩くの得意だもんね。」


と言われ、そんな日本語あるんだ(笑) と感心した私です。

そうか、私って歩くの得意だったんだ!(笑)

ってね。


というわけで、得意の適当下調べで頭に残した地図をぼんやり思い浮かべながら
晴れているうちに、とりあえず歩いてみようと思います。

行きたい場所に辿り着けなくても、どっかには着くでしょー。


今日は物凄く風が強い日です。

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11:30 am

2012-05-06 | 散歩のススメ

でね、ずっと来てみたかった素敵カフェにいます。

人気すぎて午前中から既に入れなくて、席が空いたらお電話します、と言われたカフェです(笑)。

お散歩してたら無事にお電話来ましたー。


美味しい珈琲と差し込む光という素敵時間に包まれて、大好きな本を読んでいます。

あーーー、ほっこり。

幸せだなぁ。

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一人の休日

2012-05-06 | 散歩のススメ

誘えば来てくれるだろう友人や家族もいるけれど、一人の休日も大切にしています。

どれだけ大切にしてるかと言いますと、先月は一人でけっこう本気なお花見に行ったくらい。 あははっ

本気弁当とレジャーシートと本と音楽とカメラを持って
読書の後は、ファミリーに混じって木陰の芝生で一人お昼寝をしました。

びっっっくりするくらい気持ちよかったよ(笑)。 お奨めですねー。

3月から複数人で計4回お花見に行ったけれど、
その集大成として、最後は一人でのんびり花吹雪の中昼寝がしたかったのです。


最近ね、若い子…といっても4つくらいしか変わらない女の子と話をしていたら


「こういう人はイタい。 こういうことして寂しい奴だとか思われたくない。 リア充だと思われたい。 変わってるって言われたい。」


と、私にとってはとても斬新な意識をたくさん教えてもらって、とても興味深いなぁと思っていました。
おもしろいくらいに矛盾していることを、全部一緒に言っちゃうんだなぁと思って。

イタいと変わってるは言い手の使い方次第で、残念ながら広義の意味としてはほぼ同じだし
そうしてそう言われることを恐がっている人は、きっと変わってる人にはなり得ないんだろう
と、私は思うわけなんですが、どうでしょうね?

『私は変わってるって言われたい』

ってこの歳でこんなにも純粋に言いきれる子がいるんだなぁ、とちょっと感心しました。
モラトリアム特有の発言ではないんだなぁ、とか。


私からすると。

『変わってる』も『イタい』も、『凄い』も『かっこいい』も、私の中では正直ほとんど変わりがないのです。
その全ての言葉に同じくらいの距離を感じるし、その全てに 「ありがとう」 を言える。

他人の視線や評価を感じないわけではないけれど、だけど結局それは、所詮他人の評価だっていうことです。


「一人花見や一人散歩なんてかわいそうでイタい」


と言われるならそれもまぁそうだよな、個々のキャラもあるだろうしな、とは思うけれど
でも本当に気持ちいいからこっそりお奨めしますよ、一人花見は(笑)。

私もやたらめったら評価されるのは不本意なので、仲のいい友人にしか言わなかったけれど
意外とねー、やりたいことをサラッと堂々とやってれば、女一人の花見ですら浮かないもんですよ。 (と思っている)

桜の残っている場所を探したらかなり広い公園しかなかったのと、その日はちょうど無料解放日だったので激混みで。
まぁ、その中で一人で来ているらしき人にはびっくりするくらい会わなかったけれど(笑)。

こういうのは、カメラを構える時と同じよね。

悪意なくても止められる人は止められるだろうし、
カメラに限らずその行動や発言が許されない人だってもちろんいるだろうけど
それはまぁその人の空気感やキャラクターにもよるんだろうなぁと思います。

つまりは楽しんで堂々とやったもん勝ちってことでしょうか(笑)。


一人をとことん楽しむから、誰かといる時間もより楽しめると私は思っています。

なるなら、思いっきり一人になりたい。

、凍える夜中に山のホテルを一人抜け出して寝転んで、ベンチコートに包まれて星を見たように。

私はそれを一人旅よりも誰かとの旅の中で少し、とか、誰かとの日常の中で少し、求めることが好きです。
少し、を 思いっきり。 楽しんで。



というわけで、お休み最終日は一人散歩です。

知らない場所を歩いて、ひとまず思いっきりわくわくしていた午前中でした。


続く

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パンチパーマが効いてるもんね

2012-05-05 | 映画

本日は親知らずの消毒の日だったので、家で大人しくビデオをごろん。

ドラマ『都市伝説の女』第3話 (長澤まさみちゃんの美脚を見る為だけに録画。 元気出るぅ!) と
菅野ちゃん主演の映画、 『パーマネント野ばら』 を見ました。


『パーマネント野ばら』 は、思いの外素敵な映画でした。
小池さんや夏木さんや池脇さんの脇役陣を、ラストの怒濤の伏線回収であっという間に大好きになってしまう感じ。
あんだけ下ネタ発言でどうしようもないおばちゃん達ですら(笑)。

こんなに一体感のある映画って最近見たかしら、と思うような
ラストまで見終わって話の全てをわかった後、出演者の表情をまた見返したくなる素晴らしい映画でした。

小池さん、よかったですねー。
ラストの優しさに、その表情に、それを引き立たせるそこまでの演技に、ほんと大好きになっちゃうなぁ。
他の脇役たちの、それまでどうしようもない役どころだった皆の表情から垣間見えた、大きな愛情も。

ラストの菅野ちゃんの表情も印象的で、とてもよくまとまったいい作品でした。



さて、お休みも明日で最終日。

いい1日にしようと思います。


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