経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

なるほど、「コラボレーションの橋渡し」、ですか。

2010-07-20 | 書籍を読む
 まだamazonでは取扱っていないようですが、「マイクロソフトを変革した知財戦略~BURNING THE SHIPS」という本が発売されています。2000年までIBMで知財戦略の礎を築いた後、2003年以降はマイクロソフトの知財戦略をリードしているマーシャル・フェルプス氏の著作(ジャーナリストのデビット・クライン氏との共著)で、IBMやマイクロソフトの知財に対する考え方の根底にあるものを知る上で、たいへん貴重な本です(翻訳の労を取られた皆様に深く敬意を表したいと思います)。

 以前に「成長企業の知的財産戦略←一部修正」にも書いたとおり、ここ1年ほどの間で私自身の知財に対する考え方がかなり変化してきました。知財活動において、参入障壁として他者を排除するということに拘るのではなく、顧客との結びつきを強めるために最適の方法を探るべき、という考え方です。そして「知的財産とは何か」にも書いたとおり、知財そのものを企業理念の表れと捉えるならば、知財人のやるべきこととは、その企業理念の込められた知的財産を顧客に届けるルートを整えることにあるのではないか、と。それゆえに、知的財産について考えるときには、「ライセンス活用」とか「参入障壁」とかいった典型的な効果が見えるケースをはじめから念頭に置くのではなく、知財活動の本質的な機能から知的財産が本来もっているはたらきを捉え直し、その中からビジネスニーズに合ったはたらきを活かしていくのが望ましい。その本質的な機能とは、知財を切り出し、外にはたらきかける、という2つの工程に直結し、そこからは少なくとも7つのはたらきを知的財産に期待できるはずであると思います(詳しくは「
静的な知財権の効果ではなく、動的な知財活動の効果」のエントリに。)
 9月の初め頃には世に出せそうな新著にも、そういったことを書いたのですが(さすがに書籍ではもっと丁寧にわかりやすいように書きましたが)、「マイクロソフトを変革した知財戦略~BURNING THE SHIPS」の第1章を読んだところで、私のレベルでこんなことを書くのもおこがましいですが(というか私のレベルだからこんなことを書いているのかもしれませんが)、フェルプス氏はとっくの昔に(IBM時代から)そんなことはお見通して、一貫したスタンスで知財に向き合ってきているということに少々驚かされました。以下、強く印象に残った部分の引用です。
「知的財産の最も大きな価値は、競争者に対する武器としてではなく、企業に首尾よく競争するために必要な技術と能力を獲得することを可能とする、他の企業とのコラボレーションの橋渡しに役立つということである。」
 第1章には、これに類する思想が繰り返し述べられており、「IBM=特許権の積極活用でライセンス収入を拡大」「マイクロソフト=巨大化して特許訴訟の標的になりやすくなったので積極出願に転換」なんて話は、物事の表面しか見ていない薄っぺらな解説であることを改めて感じた次第です。

 知財はビジネスを構成する要素の一つなので、ビジネスのルールが変化すれば知財の扱い方も当然に変化します。そうすると、本質的に変わらないのは、知財活動によって知財が切り出され、外にはたらく力を持つ、というところまでであって、その切り出す行為にどのような意義を見出し、外にはたらく力をどのように生かすのが有利かは、ビジネスのルールに従って当然に変化するものです。もちろん、ビジネスのルールに大きな変化がない業界では従来からの手法を変える必要はないのですが、変化の激しい業界ほど知財の意義についてもリセットが必要です。そして、業界でなく中小企業という規模から企業をみた場合にも、その規模ならではのビジネスのルールがある。自力で全てを賄うことが難しいほど「コラボレーション」は避け難いルールになり、どのように有効なコラボレーションを実現し、自社がその中でどのように優位な位置取りをとるかということは、必ず中小企業経営者の頭の中にあるはずです。その目的に対して、知的財産のはたらきをどのように活かしていけるか。

 長くなってきたので、本日はとりあえずそんなところで。

マイクロソフトを変革した知財戦略
マーシャル フェルプス,デビット クライン
発明協会

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リザルト・知財活動

2010-07-11 | 知財一般
 攻撃的・華麗・魅力的な‘トータル・フットボール’のオランダが、今回のチームでは手堅い現実路線のサッカーを見せている。「美しく負けるくらいなら、絶対に醜く勝つためにプレーしたい」と言うロッベンが、そのスタイルを‘リザルト・フットボール’と命名したそうです。

 「美しく負けるくらいなら、絶対に醜く勝つためにプレーしたい」

 「美しく儲からないくらいなら、絶対に醜く儲けるために知財活動をしたい」

これをして、‘トータル・知財活動’ならぬ‘リザルト・知財活動’。

「リザルトとは、粗製乱造ではなく、質の高い権利を仕上げることだ。おぉ、このクレームは素晴らしい。Goal!!!」
「そんなふうに部分最適で判断してはダメ。全体最適こそがリザルトだ。見よ、この穴のないパテントマップを。Goal!!!」
「おやおや、そんな自己評価をリザルトとは言わないよ。目に見える利益こそが正しいリザルト。この前、××社と○○社を締め上げて、■■円もぎ取ってきたもんね。Goal!!!」
「それだって、知財部門だけを見た部分最適でしょ。あまり無茶をして業界で悪評が立ったり、不買運動が起こったりしたらどうするの。あくまで会社全体の利益に最善の判断をしてこそ、Goalってことでしょう。それ、イエローカード!!!」
「会社全体の利益に最善かどうかなんて、どうやって判断するの。‘美しいパス回し’とか‘ファンタジー’とか言って誤魔化してる場合じゃないよ!」
「結局のところ、曖昧だけど他部門も含めて社内で『知財活動は大事』って評価されるかどうかじゃないの。要は支持率、観客の評価の問題。あらら、それでは‘トータル・知財活動’に逆戻りか・・・」

 さてどうする、この‘決定力不足’。

動詞と疑問詞

2010-07-09 | 知財一般
 あるところから発売されたばかりの‘事業戦略と知的財産マネジメント’を戴きました。見るからに労作という印象で、執筆委員には存じ上げているお名前もあったりしますので、しっかり読んでおかねばと思いますが、取り纏めをされているのは言わずと知れたあの妹尾先生です。‘はじめに’によると、あのベストセラーと同様に、この本は「日本は技術力があるのに、なぜ事業で勝てないのか」という問題意識に基づいて書かれている、とのことです。
 これを見て改めて思ったのが、物事を考え、論じる際には、問題意識をどのようにもつか、テーマをどのように設定するかが重要、ということです。それによって、全体のインパクトや訴求力、周囲に働きかけるパワーも違ってくるからです。
 そこでポイントになるのは、それが学界ではなく、産業界に働きかけるテーマである以上は、「動詞」が入っていなければいけない、ということです。なぜならば、お勉強ではなく何かを実現するために考え、論じようとするならば、それは当然に行動とつながるはずであり、となると「動詞」が入ってくるはずだからです。そしてもう一つ、試行錯誤し、考える‘問題’であり‘テーマ’である以上は、それは「疑問詞」を含むものになる、ということですです。そこに動詞と疑問詞が含まれているから、「日本は技術力があるのに、なぜ事業で勝てないのか」という、その投げかけが訴求力をもつようになるのではないでしょうか(「技術力を殊更に強調するVBは殆ど成功しないから近寄るな」というのがVC時代の鉄則だったので、個人的にはこのテーマは‘問題意識’ではなくむしろ‘原則’として染み付いていましたが・・・)。

 例えば、
「知的財産の重要性」
「三位一体経営のあり方」
「中小企業における知財経営」
とかいったテーマをみても、何かビビッドな感じが伝わってこない=訴求力に欠けるように感じられるのも、そこに動詞や疑問詞が含まれていないからではないでしょうか。こういうテーマというのは、流行の言葉を並べればできてしまう、ある意味簡単なものなので、名詞を並べるだけでは明確な‘問題意識’を読み取ることができません。三位一体のどこがどうなのか、知財経営とは何でそれで何をしたいのか、そこまで明確にしない本当の意味で‘テーマ’を立てたことにはならないのだと思います。
「職務発明の対価の算定方法」
と、
「職務発明をどのように評価する制度を構築すれば研究開発の活性化に結びつくか?」
を比べても、その意識の持ち方の違いが伝わり、アウトプットの迫力も違ってくるのではないでしょうか。

 私自身が10年近く(もう10年になろうなんて恐ろしい限りですが・・・)追いかけているテーマは、VCでの「投資先の企業価値の向上にどうやって貢献するか?」というテーマからの延長になりますが、
知財のスキルで企業経営にどのように貢献するか?
ということです(一応、動詞も疑問詞も入っていました)。そしてここ数年は、その裏返しというか、その前提になるテーマをもう少し細かく刻んでみて、「知財活動で経営上の成果が出る企業と出ない企業はどこが違うのか?」、「知財活動に意義を感じる企業と感じないはどこが違うのか?」、「知財活動は経営上のどのような課題に応え得るのか?」といったことを考えてきたのですが、「どうやって疑問詞から動詞に重心を移していくか?」も、次の重要なテーマですね・・・


事業戦略と知的財産マネジメント
工業所有権情報研修館,工業所有権情報・研修館=
発明協会

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合理主義に基づくスキル+文化の理解力

2010-07-06 | 書籍を読む
 ちょっとばかり古いネタですが、W杯サッカーの日本代表について。「素晴らしいチームワーク」「感動をありがとう!」と叫ぶメディア(特にテレビ)には、もうちょっとプロらしい仕事をしてよと言いたくもなりましたが、個人的には岡田監督の「日本人の魂を持って戦ってくれた」という会見での言葉が強く印象に残りました。ニュースソースはわからなくなってしまいましたが、その岡田監督自身、駒野がPKを外したときに顔色一つ変えなかった度量や、敗戦直後のインタビューで「私の執念が足りなかった」と語った潔さに、欧州のメディアは驚いていたそうです。これぞ武士道、日本人の魂ここにあり、ってところでしょうか。今回のW杯が日本でこれだけ盛り上がったのは、もちろん予想外の好成績ということもあるのでしょうが、そういう日本の良さ、強みみたいなものを日本代表が体現した、ということも大きな要因ではないかと思います。
 こんなことを考えるのは、少し前に読んだ中谷巌氏の‘日本の復元力’の影響かもしれません。世界は合理主義を基調とする西洋的価値観を中心に動いてきたけど、実は人間はそんなに合理的な存在ではないので、市場原理主義の弊害が露呈し、環境問題も深刻になってきた。一方、日本には自然や社会との調和を重んじる価値観、目に見えない部分にも気を配るような一見非合理な独自の美意識がある。その上で、日本には西洋のよい部分を取り入れながら、日本独自の価値観と調和させる‘日本化能力’があり、歴史的にみてもその能力が日本を発展に導いてきた、といった話です(深遠な内容なので私如きが要約するのは難しいですが・・・)。今回の日本代表の戦い方にもまさにこの日本人の特性が垣間見られ、奇しくも岡田監督がそれを「日本人の魂」と表現していたように、中谷氏のいう強みは日本人のDNAに書き込まれているのかなぁ、なんて少々不思議な感覚に浸った次第です。
 とか他人事のように言っている場合ではなく、職業人の一人として、自分のDNAにも書き込まれているはずの強みを活かしていかなければいけません。仕事柄「世界の中の日本」みたいなテーマに取り組めるわけではありませんが、企業に対する知財サービスにも、合理主義だけに囚われないやり方があるのではないだろうか。かといって、無意味に非合理なことを主張するだけではただの変な人になってしまうので、そこで斟酌すべきことは、顧客である企業に固有の事情であり、その企業のもつ文化なのではないかと思います。そういう意味では、プロとしてもつべき合理主義に基づいたスキルに加えて、‘文化’を読み取り、理解する力も大切。最近なにやら抽象的でわかりにくい話が増えてしまっていますが、要すれば、知財のスキルを杓子定規に振り回すのではなく、お客さんの事情をちゃんと汲みとるようにしましょう、っていう当たりまえの結論になりますか。

日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること (MURC BUSINESS SERIES 特別版)
中谷 巌
ダイヤモンド社

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