無題・休題−ハバネロ風味−

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

防災セミナー

2014-10-21 09:51:03 | 建築・都市・港

向かった先は、どんしゃん祭りと併せて開催された防災セミナーだった。日本災害復興学会・前会長の室崎益輝氏(むろざき・よしてる)の基調講演を聴く。

酒田大火の日は、台風並みの低気圧で、平均風速10m/sec、最大25m/secの暴風雨の中で発生した。消防のホースの水が、風下からかけても、風で戻ってきて火に当たらない。風上から燃えてしまった所に掛けなければならなかったと、聞いていたのだが、皆が知っていた訳ではなかったらしい。

復興は早かった。それは酒田が商人の町だったこと、大火に慣れていた(?)ことが大きい。時間は金だ。復興は時間との勝負だと、3年後には区画整理も終わり、建物が建ち始めた。今回の東日本大震災とは大きく違う。その酒田の復興を「酒田方式」として、神戸の震災でも使われた。(一部の行政は悪用したようだったが)当時の酒田市長の大沼さんが「神戸へ仮設トイレを送ったよ。何が必要なのかが、酒田は知っているからね。」と仰った言葉が思い出された。

火の回りにはスピードが伴う。酒田は逃げられるスピードだった。と言うか、大沼デパートがある程度延焼を止めて置いた時間がある。このRC造の建物が燃えた時、かまど現象と言うのだそうだが、一気に火はあらゆる方向に燃え広がる。防火建築物が壁となって連立していれば良いのだが、木造建物と混合していると、このかまど現象によって手のつけられない状態になる。

続いてパネルディスカッションを聴く。

それぞれの立場からの酒田大火の話を聴くことが出来た。

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秘境駅・女鹿

2014-10-13 00:41:48 | 建築・都市・港

TVの旅番組で、「秘境駅・女鹿」が目についた。旅チャンネルや鉄道チャンネルのように、そのものだけ24時間放送しているCSのテレビ局がある。かなりマニア向けなのだろうなと思っていたら、最近は普通の地上波でも、その撮り鉄や鉄子、鉄道に詳しい人が出演し、鉄道番組を放送するようになってきた。それにしても、女鹿が秘境駅だなんて、どうなんだろう。それも1つ2つの番組ではない。山形県を紹介する番組にも載っていた。試しに番組を見てみると、なるほど秘境度は高い。それなら本物を見て見ねばと出かけてみた。

ところが、Google Mapで見ても、女鹿駅はあるのだが、駅への道が判らない。この辺だろうと何度か往復して、やっと見つけたのがこの看板だ。何のことはない7号線の吹浦バイパスで、女鹿の集落に入る信号の吹浦寄りの右側にあった。気をつけないと見逃してしまうほどの、林道のような小さな道路である。

道を100mも入らぬ内に、行き止まりになり駅は見つかった。出た言葉が「TVと同じだ!」

戸を開けて、駅舎に入る。もちろん無人駅である。

女鹿駅は、吹浦と小砂川の間、山形県遊佐町女鹿にある。それも集落の中ではなく、何もない林の中にある。元々は駅ではなかったらしい。

この時刻表が凄い。TVで見た時には、午前中に2本、午後に3本しか無かったが、午後は4本に増えていた。(^^) これでは、酒田方面にしか、用事を足すことが出来ないダイヤである。さすが山形県の駅だわ。TVの放送でも、吹浦駅から電車で女鹿には行けなかったので、タクシーを飛ばしたとある。そうだろう。

駅舎の中には、自由ノートがあり、中には遠くから来た客が「やっと来ました秘境駅女鹿」の書き込みがされていた。

1番線ホームに降りてみる。こちらは秋田方面を見た所。

こちらは吹浦方面だが、線路のすぐ上に陸橋が架かり、7号線が走っていた。線路は複線になってはいるが、2番線の方は電車のすれ違いの待機の線路で、あまり使われないのか表面が錆びていた。手前の線路はピカピカ光っている。

ホームの床も、1番線はコンクリートで出来ており、2番線の方は単管足場を組んで木板を張った物だった。残念ながら2番線ホームは歩いていない。

あらら、女鹿駅は秋田支社管轄なのね。

ホームを歩きながら撮していると、ふいにカンカンカン・・と信号機(?)が鳴り出した。

秋田側から、酒田行きの電車がやってきて、スピードも落とさずに通過していった。

電車が行ってしまえば、ホームは元の静けさに戻る。

消された文字が気になる。

水は鍵がないので出てこない。この水栓を見たのは何十年ぶりだろう。

サルナシや栗やアケビが道ばたにあり、この駅に続く道も素敵だった。

後から、もう少し写真を載せてみようと思う。なんだか心がほっこりと温かくなる秘境駅だった。

駅の帰りに、女鹿の集落に寄った。ここは水汲みに来て、タンクが黴びていたので水汲みを断念したあの町だ。今日は無事に汲むことが出来た。

その女鹿の町の上を電車が駆け抜けて行った。

秘境駅に行こうが面白い。秘境駅でも上には上があるもので、駅に行く道が見つからないなんて言うのはまだ可愛い方で、本格的に道がないだの、周りが断崖絶壁もあるようだ。女鹿駅の駅舎で塗りつぶされていた文字は、「女鹿信号場」だった。

 

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アオーレ長岡

2014-10-02 01:17:15 | 建築・都市・港

東京で散々見た隈研吾作品の最終見学として選んだのが、新潟県長岡市にある「アオーレ長岡」である。

駅前の大通りから広場を抜けて、このアトリウム(光の入る屋根)の下のナカドマがポイントの施設である。非常に開放的で、どこからでも入る事が出来、平日でもワンサカ人が集まっている。前方左下の部分に、コンビニやハンバーガーショップが入っている。

この施設の見学を1時半に申し込んで、ここに着いたのが1時ちょい前だった。急いで食事をと店に入ったが、混んでいて無理だとわかり、コンビニでスパゲッティやパンを買い、ナカドマの開いている席で昼食を摂る。席に着いたのが1時8分、せわしない食事だった。

何の施設かと言うと、まぁ複合施設である。しかしメインは長岡市役所なのだ。

ナカドマを囲んで西棟、東棟に分かれ(勿論2階部分はデッキで繋がっているが)、奥にはアリーナも併設している。

こちら側は、1階に議事堂、大ホールがあり、2階にはNPOの事務所や、市民に開放された小ホールが並んでいる。

デッキは回廊式で、ナカドマやアリーナも見る事が出来る。こちらにはエスカレータがある。

東棟の方は、市役所の機能が入っていて、1階が市民課である。その仕掛け(ソフト)が素晴らしい。正面の××の付いている部分はエレベータであり。その傍には階段がある。地下へ降りると駐車場へとたどり着く。

この日は晴天だった為か、実際に見るよりも写真は光が邪魔をして綺麗に写らない。この2階の廊下の奥は、長岡駅へと続くデッキがある。

それがこれである。

エレベータと階段はこのような感じである。

3階の屋上庭園の下では、やはり市民向けの貸しホールになっていて、今日はみんながヨガを行っていた。

屋上庭園の隣の部屋は、市長室だそうで、執務が外から見えるのだという。この施設は小学生や幼稚園児の遠足の最終目的ににもなっていて、お弁当を広げて食べている所に、市長さんが降りてくる風景も多いと言う。

これは1階にある議会室である。

議会中を市民が外から見る事が出来るという。

滅多に座ることが出来ないだろう議長席。勿論外からだけでなく、議会上の回りには傍聴席が用意されている。また、ガラス窓で区画された親子席も準備されている。ただ、実際は少し音が漏れるようである。

隈研吾お得意の木材を使ったオブジェ。これは長岡の花火を表したものだそうだ。ただ、凄いなと思うのは、これだけ板を並べて、その上に照明器具を付けても、議会席のテーブルに陰が出来ない。

オーダーの椅子は、人間が座ると前に移動する。テーブルにはエアコンが仕込んである。このテーブルは天童木工の作品だそうだ。なかなかシャープなのである。

大ホール前の壁は、地元の和紙が貼られており、中に照明器具が入っていた。この壁の側面は鉄板で、壁をふかしてある。

一番奥にあったアリーナ。座席は可動式で5000人収容できる。スポーツの他、コンサートも可能だ。この辺りの写真はピントと言うより設定を間違えて写しており、間違いに気づくまで延々とボヤけた写真が続く。(なんてこった)

東棟の市民課に入る。ここでは必要書類を貰うのに、課から課へのたらい回しがない。「引っ越し」なら必要な物が向こうからやってくる仕組みを作ったのだそうだ。カウンターに「?」マークが付いているのは、ここで最初に何処のカウンターへ行くのかを案内してくれると言う。

驚くことに、この市民課は正月3が日を除いて、無休だそうだ。土日祝日も夜の8時まで行っており、職員はその為にシフトを組むと言う。市役所の役人は、究極のサービス業たれ。市長の言うトップのなせる技である。

その市民課の中に、突き出てハンバーガーショップが幅をきかせている。ちなみに、普通はあるだろう市役所の食堂は、ここにはない。職員はお弁当か、外に食事に行くのが当たり前だろうと言う考え方だ。

市民課は8時までだが、西棟にあるホールは、24時間市民に開放されている。施設自体も画期的だが、ソフト面でも大きく改革されている。

実は、旧長岡市役所はここから2kmほど離れた幸町にあった。中越地震で被害を受け(電気が使えなくなった)、耐震が50〜60%と診断され、補強するか立て直すかと迫られた時に、長岡駅前の活性化を頭に入れ、現在の場所にあった厚生会館と小さな公園の敷地に移転計画することになった。賑わいを取り戻す為には、単なる事務所ビルではいけない。市民が集まりたくなる仕掛けが必要とコンペを開始する。集まった数が87社で、隈研吾作品が優勝する。

市役所としての機能は、正直言うと手狭である。その為、大通りに面した空きビルを利用し、商工エリア、農林エリア、子育て支援エリアと4箇所に分け、市役所職員がビルを行き来することも賑わいの一つだと言う訳だ。やはり、トップの考え方が凄いと思う。

ちなみに、この長岡は、山本五十六の生誕地である。大東和戦争で真珠湾攻撃をしたが、そのホノルル市と長岡市は姉妹都市であり、今年長岡の花火を真珠湾で打ち上げたそうだ。まさに政治家だ。長岡市長は東大卒で建設省から市長になったそうだが、どこかで似た経歴の人がおったような。酒田の工事中の単なるオフィスビル市庁舎を思うと、決断できる人間がいないなと思うのは私だけだろうか。

最後に、アーケードに面した施設のベンチを撮そうと思ったら、人が居すぎて近くで撮せなかった。土日祭日には、ナカドマでなにかしらイベントがあると言う。最初は市役所で仕掛けを作ったが、現在はNPOや市民達が争うように催しを行うので、沢山の人達が集まってくると言う。

 

 

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新潟を走る

2014-10-01 23:38:47 | 建築・都市・港

時間の関係で、ひた走る。鶴岡で待ち合わせのOさんとの時間も、道路が混んでいて遅れてしまった。それが後々まで尾を引いた。

山形から新潟への県境は高速道路は繋がっておらず、村上の朝日まほろばICから乗る前に、道の駅に入る。村上は鮭が有名なのだ。この手作りの鮭も見事である。

snow peak から長岡に向けて車を走らせる途中に見た街の風景。フロントガラスに反射して、綺麗に写っていないが、どうかご勘弁を。さすがに雪国である。雁木で店や住宅の前が整備されている。この雁木は個人が歩く人達の為に用意している。昭和の町の雰囲気が素敵である。

あ〜行って、こ〜行って長岡に着いた。ここも雁木が設置してある。

綺麗に並んでいるが、それぞれに個性は出ている。

駅前や大通りになると、普通のアーケードに変わる。突き当たりが、長岡駅である。

これが駅前大通。目的地はこのすぐ近くである。

 

 

 

 

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snow peak

2014-10-01 20:33:19 | 建築・都市・港

新潟県長岡市にある建物を見に行く約束をしたのは春だった。ついに向かう事になったのだが、楽しみにしていたNさんは現場の都合で欠席になる。Nさん見てる?と言うことで、報告書らしき物を書いてみる。

高速道路を燕三条で降りて、snow peakに向かう。どんどん山の中に入って行き、ちょっと岩手のPSに似た雰囲気はあったのだが、いかにも現代建築だった。「おお!」と歓声が上がる。

車を停めて、客用入り口に入る。

こちらは店舗部分。ここを通り抜けるとキャンプ場へと続く。

奥には山や谷を利用したキャンプ場が広がっていた。

店舗に入る。snow peakは、スポーツ用具でアウトドアが得意の製品を製造販売してる。元々は金物を作っている店だったそうだ。

欲しい製品が沢山あった。これはクッキングテーブル。天板に穴の開いた部分は流し台になっている。素敵だが、お値段は手軽に買える物ではない。

店舗を出て、事務所と工場の見学をさせて貰った。事務所は吹き抜けの2階の廊下から見下ろす事が出来る。自分のロッカーから資料とパソコンを準備して、何処でも作業できるフリースタイルな事務所だった。スポーツ用品店よろしく、事務所内にエクササイズマシーンなどが置いてある。見せて良い作業は見えるのだが、顧客管理などは丁度応接スペースや廊下部分の下にあり、なるほどの設計になっていた。工場部分もまたしかりである。

カナダから届いたばかりの鹿のオブジェ

草ぼうぼうの真っ只中にある。多分銅板と思われる金属板や棒状の物がメッシュなどで細かい繋ぎ合わせてあり、どこかが切れるとバラバラになりそうな作品だった。案内をしてくれた男性は、この鹿を「ちょっと恐い顔している。」と言ったが、私の写真では、ダルダルな顔に写っている。この他、柵から逃げ出した子鹿もいた。

 

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日沿道建設促進大会

2014-10-01 09:01:58 | 建築・都市・港

日曜日、秋田県にかほ市の象潟シーサイドホテルで、日本海沿岸自動車道 山形・秋田県境区間建設促進大会が行われた。私はいつものど派手なピンクのユニフォームで前の方へ座る。

新潟県境と秋田県境は、事業化が決まったが、のんびりしていると、どんどん後回しにされるので、気持ちを引き締めて地元民の集会は続ける。国交省と国会議員の方々に、我々の熱意をしつこく知って貰う為である。

財務副大臣(秋田)   衆議院議員(秋田)  衆議院議員(山形)

御法川氏           村岡氏          阿部氏

   国交省・秋田・山形                秋田県議

 基調講演・桂 三若(前秋田住みます芸人)

 意見発表 極楽鳥海人・太田氏

来賓のご挨拶と祝電で、時間の過半数が費やされた。もう我々の意見発表に重きを置く次元では無く、いかに国会議員の方々に動いて貰うかにかかっているので、話を拝聴する。さすが地元の議員の方々は、トンデモナイ発言はしない。ただ秋田県選出の議員が国からの予算で山形県が秋田県よりも100億多いので、それをぶんどる的発言が出た。それに対して、山形県の道路進捗が国内でも下から2番目の遅れであるので、もうじき終わりの秋田県と違って、それは当然だと返す。両県とも、復興予算がそろそろ終わりになるので、国の予算そのものが減ることに危惧している。

 

 

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トラム

2014-09-28 01:21:44 | 建築・都市・港

自分の買った車と同じ車種が、やたらと気になる時期はなかっただろうか。これから買うのはまだしも、買った後と言うのが摩訶不思議である。旅も同じで、行く前よりも行った後に、TVのニュースなどの映像が流れると気になる事が多い。今回のウラジオストクは、予習もしていかなかった。自由時間が取れないしと始めから諦めていたのと、予習するほどネットでも情報はなかったからである。

(ちなみに、このトラムは、広島市のものである。広島市のトラムも様々な車両が運行しており、レトロな物からモダン車両まである。残念ながら乗ることはなかったが、とても綺麗な車両ばかりである。)

2-3日前、うたた寝半分でTVを見ていたら、見知った街が出た。違和感があったのは、そこにトラム(電車)が走っていたからだ。私は一度も見かけなかったし、説明でも公共交通はバスだけと聞いていた。それにしても、このトラムのボロイことと言ったら、まるで走る屑鉄である。いやいやそれを言ったら失礼だろうが、走る世界遺産とでも言おうか。同じ車両がなく、バラバラで、どこの廃材置き場から拾ってきたの?と思えるほど、見事にくたびれた車両の数々だったのだ。

わぁ、こんなに面白い風景が見られたのね。でも何故に消えたのと、考えられるのは2012年のAPEC会議のせいだろう。プーチンがやらかしたのか。街を一新したのに、トラムの車両を新しくするのではなく、廃止したのは何故だろう。きっと恥ずかしかったからだ。道路が狭い。それも原因の一つだろうが、ウラジオストクにはトラムが似合う、トラムが必要な街だったと思う。住民の不便なんて考えない国なんだろうな。その結果が道路への三縦列駐車なのだ。

その番組の最後に、ソ連からロシアに変わっても、ウラジオストクは長いこと日本人が入れない街だったと締めくくっている。でもね、この番組と言うか、映像は古すぎるんじゃないの。無い物を流してどうする。その番組の名前は「路面電車紀行・ウラジオストク」で、観ている人の大半が真実を知らない。いやいや、知らなくても誰も気にしない紀行番組だからなのか。

私は買わないけど世界路面電車紀行

シベリア鉄道を制覇した方のブログ 風、土、植物とレイル

2010年に訪れた方のブログ 明日は明日の風が吹くのか

 

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親と子の建築講座

2014-09-20 11:15:06 | 建築・都市・港

9月19日(金)、酒田市立浜田小学校にて、LIA山形主催の「親と子の建築講座」が開催された。

講師はJIA山形のA先生で、この浜田小学校の校舎の設計を行った方である。浜田小学校の改築を通して、酒田の歴史、浜田小学校の歴史も一緒に勉強した。

次時限目は、東北芸工大の相羽先生の講義で、まちなみ建築と目印建築・建築家の話である。

子供達からの質問で「建築家は儲かりますか?」には、返答が詰まった。今回は6年生を対象にした授業である。

 

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荒沢ダムに潜入

2014-09-18 11:59:07 | 建築・都市・港

「もし、興味があったら、ダムの中を見てみるかい?」とのお誘いに、二つ返事でダムの中へ潜入する。入り口は管理事務所側の一見小屋風の入り口だ。

垂直に回り階段で距離を稼いだ後に、斜めにコンクリートで出来た階段を降りる。これが急なのだ。

それから斜めの隧道の中の階段を降りる。

二股に分かれた水平の床を歩いて行くと、排水の為の機械が設置されていた。ダムの中は涼し過ぎる。機械の結露などを防止する為に、電気ストーブは常設だそうだ。

荒沢ダムが出来たのは、50年ほど前になると言う。この作業の為の階段が急勾配なのは、ダムの幅が狭いのと、旧式な為だそうだ。最近の新しいダムでは、階段は緩やかに、またエレベータも設置されていると言う。

一番下に降りてみた。

林の中からは、獣の叫び声がする。どうやら猿が喧嘩をしているようだ。勿論、この辺りには熊も出るだろう。

長い年月、水と戦ってきたダムにも、水は染みこんで、石灰分を溶かしている。

階段も、パムッカレの石灰棚を連想させるように、白くなっていた。

この階段はきつかった。羽黒山の階段以上に筋力を必要とした。帰りは登りなのに、外に出たら脚がブルブルと震えた。

これはダム湖の側である。

流木止めの浮きロープが見える。

奥へ道路を走らせる。湖底が見えた。

道路を横切って走る猿を発見。カメラで追ったが、見事にぶれている。

 

 

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鶴岡の料亭の見学会

2014-08-22 10:44:37 | 建築・都市・港

鶴岡のNさんからメールを頂いた。鶴岡市内の料亭文化を留めている「割烹・三浦屋」が一般公開されると言う。期限は9-10月の数日に渡るようで、各々の申し込みが必要だ。荘内日報にも参加応募の記事がさらに詳しく載っている。

しかし、なんだねぇ。どちらにも住所が載っていない。荘内日報には本町2丁目までは記載されてあるのだが、これは鶴岡市に住む人なら誰でも知っている場所で、鶴岡市民だけの見学会なのだろうか。まぁ、ググれば出てくる世の中なので、自分で探すことは可能なのだが。そのググりで見かけた昨年の見学会では、室内の撮影が不可能だと書いてあった。これはちょっと残念だ。

 

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先進地視察by秋田県

2014-08-09 15:01:33 | 建築・都市・港

秋田県は、本当に風力発電の施設が多い。山の稜線にも海側にも、その数は多い。しかも秋田県には自社で風車を作っている工場もある。別の意味合いからも先進地なのだろう。

秋田市新屋に到着する。小雨の中、説明を受ける。

洋上風車かなと期待して行ったが、陸上のしかも随分と古い風車だった。聞けば日本の風車の先駆けである山形県立川町の翌年に、2基の実験用の風車を建てたのが始まりらしい。

この場所には大小併せて10基の風車があった。

管理者は秋田ウィンドパワー研究所である。

・補助金もない時代に設置し、古い物は16年を経過した。

・震災前の売電価格は9円/kwhで、経営は苦しかったが、東日本大震災後には22円/kwhになり、安定する。

・故障も多い。一番危険なのは雷被害。落雷を直接受けることもあり、避雷の流れが計画通りなら良いが、ずれた場合はブレードが裂けたり、ローターが壊れたりする。ローター部分は修理で4~5000万円かかったが、国内の業者が行えるようになり2000万円台で済むようになった。大型のクレーンも費用も大きい。修理が高額な為、あらかじめ予算を計上し積立金によりメンテも行う。落雷は直接だけでなく、近くに落ちた雷が地面を伝わって被害を受ける場合もある。秋田市の別の風車では、通常の電線で送電をしていたら落雷に遭い、水道管などを伝わり被害が増大した。

・砂による被害も大きい。飛び砂によりブレードの先端がボロボロになる。ボックスの中に砂が入りブレードを風向きに合わせるギアボックスの摩耗も多い。ヨーロッパの風車は一定方向から風が吹くのが多いが、秋田では少なくても3回/日〜5回/日と、頻繁に向きが変わる。

・当初の計画は日本での資料が不足していた為にデンマークのを参考にした。最近のデンマークでの情勢は、大型の地上設置の風車を廃止し、洋上に切り替える傾向にあり、現在41%になっている。個人経営の農場脇に設置する75kw程度の風車には制限はない。大型の風車も地域を限定してまとめてきているようだ。

・計画する時に注意しなければならないのは、コンサルタントが出した数値である。そのままでは経営は成り立たない。もっとも有効な風速は7m/hだそうで、それに近い数値を提出してくる。実際は振り幅が大きく、風が弱くても回らないし、強ければ回転を中止させねばならない。7.1m/hで提出されたものを6.9m/hに打ち直して経営に取り組んだが、なかなか軌道には乗らなかった。年々風が異常になっている。強風も多い。不安定要素を元に計画しなければならない。

・鳥獣のアセスは、現状が判らずに想像で打ち出している所が多い。2年間に渡り、週1の割合で調査した。結果は2羽の事故があった。カラスとノスリだそうだ。

設置当初は物珍しさもあって、風車をライトアップした時期もあった。最近は風車の数が増え、照らすことはないそうだ。風車のフェンスの隣に秋田市の都市景観賞の記念碑があったが、これはどうなんだろう。酒田市でも山形県でも、これは選ばれないと思う。

ブレードのさきと中央が赤くペイントされていた。見学者達は可愛いと、酒田でランドマーク代わりに色を付けたらと言っていたが、恐らく景観審議会で許可が下りないだろう。

秋田市の年間の雷注意報は、100件を超えると言う。1年の1/3は雷に注意と言うことだ。酒田も同様に雷は多い。最近の新しい風車は避雷針の箇所が増えていて、上手に落雷を逃がすことが増えているそうだ。風車の開発も日進月歩である。

山形県では震災以来、知事の肝いりで「再生可能エネルギー」に取り込んでいる。単に風力発電を設置するだけでなく、風車の開発も県内の企業がやっていけたら良いのにと思う。海外の製品はメンテや故障で倍以上の経費がかさむ。地元でそれが行えれば、一石二鳥だと思うのだが。

ぬかるみに足を取られ転びそうになること1回、ヤブ蚊に襲われること2回。途中まで雨に濡れたが、親切な方に傘をかして貰う。そして貴重な意見が聞けたと感謝する。

風車の耐用年数は、EUでは16年ほど、日本ではFIT(再生エネルギー固定買い取り価格)に併せて20年と見込んでいる。この秋田ウィンドパワー研究所でも、そろそろ新しい設備を導入する計画を立てている。現在よりも大規模な大型風車を検討しているそうだ。洋上も検討するのかしら。

 

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洋上風力発電

2014-08-09 14:10:19 | 建築・都市・港

8月8日、酒田港風力発電導入検討協議会が行われた。内容は公開だそうで、少しだけ触れてみる。海洋センターの講堂で会議を行い、山形県からの説明を受ける。今回特別に協議会が開催されるのは、陸上に風車を設置するのではなく、山形県でも始めての洋上風力発電の計画だからだ。

会議は30分で切り上げて、現地視察を行った。ここは酒田北港灯台の展望台から北側を見たところである。離岸堤に設置した風車が近くに見える。その他、砂浜にも風車が見える。ちょっと薄曇りで見えにくいが、遊佐町に設置した風車も見える。

これは南側を眺めた所である。大浜に設置された風車が近い。真ん中の風車は昨年の建築士会女性部で見学した風車である。右奥には宮浦の海岸に建てられた風車も見える。

西側を見た所。水平線の上に飛島がくっきりと見えた。防波ブロックの並べてあるのは北港の中、中間に見えるのは防波堤である。今回、山形県で示した洋上風車の適地が、防波堤よりも海側に100mほど行った場所である。ここは、県が管理する酒田港湾区域で、共同漁業権も発生せず、最上川河口付近から赤灯台を含む鳥獣保護区からも離れており、庄内空港からの領空にも接せず、防波堤一部開口部を利用する小型船舶の航路にも当たらず、騒音や低周波を心配する住宅地から500m(本当はもっと離れている)以上であり、現存する風車に風の影響を受けない場所として、引き算をしていったらここが残った。

説明を受ける委員達と関係者。

ついでに、灯台の電球を撮す私。

山形県の景観委員の立場から飛島が隠れるのではと心配する私。

ここで情報が入る。これから秋田市へ先進地視察をする予定だったが、国道7号線県境付近で交通事故が発生し、道路は封鎖されているそうだ。迂回道路がない為、もしかするとここで解散になり、1日使った協議会はパーになる恐れがある。市内から参加した委員はそれでも良いのだが、遠くから参加の委員には気の毒だ。判断する為の時間は要したが、開通することを願って、向かう事になった。

 

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やくしま&はまぎり

2014-08-02 15:41:03 | 建築・都市・港

酒田北港に602掃海艇やくしまと155護衛艦はまぎりがやってきた。酒田港祭りの2日目、今日は花火大会なのだ。

絶好の快晴、暑さは半端じゃない。

この旗の意味が解読できない。読めたら面白いだろうに。

さすがに護衛艦は大きい。午後から体験航海が行われるので、予約していた人達が並んでいる。

護衛艦の前には沢山のテントが並んでいる。休憩所や自衛隊のパネル展があったり、売店で左翼の人が見たら頭から煙が出そうなグッズを売っている。

若い女性が携帯で待ち合わせの人と会話している。「ここ、ひどい田舎なのよ。食べる所が何にもないの!」 はい、その通り。テント内で食べるしかない。

日陰がない。

甲板には、羽根をたたんだヘリコプターが、ロープで結わえてあった。

ちょっと載ってみたい。

子供達も制服組になれる。

そろそろ乗船が始まった。

 

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茅葺きの技術・日本と世界

2014-07-29 11:46:15 | 建築・都市・港

7月28日、山形市の山形県産業創造支援センター多目的ホールで、茅葺きのシンポジウムが開催された。主催は一般社団法人山形県建築士会である。実は半月ほど前に事務局から電話を受けていた。茅葺きのシンポジウムを行うので、パネラーをして貰えないかと言う相談だった。私は一度も茅葺きに携わった事がなく、その役には向いていないと断ったのだが、「まぁ、いいから、いいから。」と言われ、誰といつどんな話で行うのかも知らず、約束通りに1時間前に現場に着いたのである。こんなに不安なシンポジウムは初めてである。

時間通りに事務局は到着せず、参加者だろう人がホールで待ってはいるのだが、彼らも内容を知らないと言う。開始15分ほど前になって全員が集まり、それから段取りを決める。時間の配分は2時間程度の予定だったが、実際は時間が押してしまい、45分ほどになった。黒い私はほくそ笑む。

基調講演は文化財建造物修復技術者 日塔 和彦氏である。様々な大学の客員教授をやっておられて、出身が山形県の河北町だそうだ。

主に世界各地を渡って茅葺きの研究をされていて、国ごとに使う材料も作業方法も異なっていたのが面白かった。東南アジアやアフリカでは、現在も現役として茅葺きが使われている。

ヨーロッパでは、茅葺きがステイタスとして大規模な住宅でも、マンションの屋上や劇場にも使用されている。

もっとも憂慮する火災においては、下地に耐火板を敷くことによって可能にしている。ただ、これは日本の法律には則っていない。

高断熱高気密も可能だそうだが、ヨーロッパの気候と、日本の高温多湿の気候では、呼吸できない茅葺きは問題が残るのだろう。

火災の実験の様子である。この野地板方式も、日本では用いない。

茅葺きで一度火災実験をしてみたら、なかなか消防の放水が茅の中に入らず(茅の表面が雨を流す為)、少しの種火が残っていても、数時間後に再度発火し全焼に至る事が多いそうだ。

全ての映像を撮っておきたかったが、そうも行かず出来るだけ落書きをしてみる。

頂いたレジメには載っていない各国の茅葺きの映像は、大変に興味深かった。特に住宅は住む場所によって姿が変わる。建築は住宅から始まり住宅に終わるとは、名言である。

帰りに見た大きな赤い太陽が印象的だった。

 

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山形の夜

2014-07-19 11:11:57 | 建築・都市・港

JIA山形の「さくらますの学校」に参加する為、3人で出かける。「さくらますの学校」と言うのは、公益法人であるJIA(日本建築家協会)が、自分たちの研修だけでなく、一般人向けの建築に関する講習を目的とした物で、山形県の県魚の名前を取って作られた。学校が始まる前の腹ごしらえで、七日町の紅の蔵でお蕎麦を食べた。久しぶりの美味しいお蕎麦だった。

先日の建築士会女性部のふるさと探検で出会った「聴雪窯」の作品が、大堰の小間物屋さんに飾られていると言うので、寄ってみた。半地下のような一角に、素敵に飾られていた。個数は少なかった。

柳の下では、浴衣の美人が2人、雑誌の撮影だとスタンバイしていた。大堰の水は綺麗で涼しげである。

会場まで歩く。その通り道に屋台村を見つける。

わ〜い、楽しそうだ!

ほっとなる横丁。酒田の中町にもあれば良いのにと、運動をした人達がいたが、実現出来ずにいる。町作りの話し合いは、10人いれば20通りの意見が出て、「何をするにも反対」の頑固者がいる。町作りは本当に大変なのだ。

 

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