無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

靖国神社の月

2015-02-02 12:40:39 | 建築・都市・港

いつもは、会議が終わると、近くの美術館に走り大急ぎで作品を観た後でアメ横に行く。この時期は運悪く、国立西洋美術館は常設展しか行っていないし、時間が無いので遠くまでも行けない。2月1日まで建築展を開催している国立近現代建築資料館は、旧岩崎邸庭園の隣にあったが、閉館時間が午後4時半と、到底間に合いそうもない。ならばと、靖国神社へ向かう。地下鉄の市ヶ谷が良いのか、九段下が便利なのかと迷いながら、市ヶ谷から一直線に靖国神社の南門へ向かう。実は東門から入った事がないのである。

今年は「きのとひつじ」である。今まで自分たちが想像もしていなかった出来事が起こる年だそうだ。お参りを終え、御札を求めてから、少しだけ境内を歩く。

正門の隣に、能舞台があった。

これが戦争の資料を集めた遊就館である。和洋折衷の建物である。

これが入り口。もう閉館時間に迫っていた。

日本酒を奉納した各地の酒蔵。山形県は内陸だけだった。

正門の右上に、月が輝いていた。

私が門をくぐる頃には、扉は半分閉まって「もうじき、閉門です。お急ぎ下さい。」と警備員が声を掛けていた。閉門は5時だそうだ。中に入ったまま、扉を閉められた人達は、どうなるのだろう。係員の通る小さな扉でもあるのだろうか。そこから帰るのも面白そうだ。

 

 

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全国みちづくり女性団体交流会議2014

2015-02-02 11:22:03 | 建築・都市・港

上京の目的は、「全国みちづくり女性団体交流会議2014」に出席する為である。会場は昨年と同じ日暮里の駅近くのホテルだった。

実は、この交流会議には全国65団体が加入している。今年の参加者は15団体だったが、昨年よりは少しだけ多かった。始めた当初の頃の参加人数はこの4倍で、1団体当たりの持ち時間は非常に少なかった。あの頃は公共事業が削られ、道路の計画は軒並みストップし、物流にも生活道路にも事欠く中で立ち上げられた。それから十数年が経つと、各地の高速道路は完成していく。完成した地域の団体は、参加しなくなる。残っているのは未完成の地域なのである。

今年はそれが少し様変わりした。道路は出来ればそれで済む問題ではない。高速道路が出来てから、素通りされずにどうやって街中に人を呼び込めるか、地域と産業、そして人づくりが最も重要だとの視点から、完成した地域ではどのような使い方を始めたかの発表も聴くことになる。

参加人数が少なければ、おのずと顔見知りになり会話も弾む。年を追うごとに発表の仕方も面白いものになる。

まずは腹ごしらえである。「このお弁当なら、酒田で1500円もしないよね。ひそひそ」 お刺身もマグロの赤身2切れとイカ刺しで、締めて2500円なのである。

お土産も頂く。酒田からは何もない。(^^;

「必ず、説明を読んでね。」と言われた「一里玉」。昔懐かしい味だった。飴を1粒頬張ると、1里を歩く時間の目安になったと言われている。ただし、現在よりも昔の一里玉の方が粒が大きかったそうだ。

さて、本会議が始まった。今年から事務局と会長さんが、九州から四国の徳島へと代わった。若い会長さんだし、メンバーも多いので一安心だ。

国土交通省道路局長さんの挨拶。「仕事柄、女性は苦手だが、おばちゃんは好き。」とセクハラぎりぎりの発言で、会場が大いに盛り上がる。どの団体も10年以上の活動経歴を持つ。昔は誰でも若かったのだ。

各団体の発表が始まる。持ち時間3分で容赦なく打ちきりとなる。

以前から、パフォーマンスが上手いアメノウズメノミコトのような女性が大勢いて、場を盛り上げていたのだが、最終兵器は青森県下北の女性達だろう。去年は白波五人男だったが、今年は相撲甚句に挑戦した。この化粧回しも手作りだそうだ。

事務局を担ってくれる徳島の女性達。中には「私、若く見られるけど歳なのよ。南海トラフの地震の時の津波を覚えているわ」と、自称80歳のびっくり仰天の女性も、この中に写っている。津波の被害を受けたとすると、1946年の昭和南海地震か。徳島の太平洋側は、海から切り立った崖までの距離も短く、その間に道路はあるが、高波や津波ですぐに通行止めになる道路だと言う。四国の瀬戸内海側は道路などの整備は順調だが、特に徳島の太平洋側は迂回ルートも少なく、町から一番近い空港まで2時間を要すると言う。病院に行くにも生活の上でも不便を強いられているそうだ。

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悪天候

2015-02-02 10:36:57 | 建築・都市・港

庄内空港から2便で東京へ向かう。庄内空港には無事に時間前に着いたが、今何時?時計の針がない。雪交じりの水溜まりを避けながら、空港ビルへ急ぐ。

朝は良い天気だったのだが、この日は仙台沖に低気圧があり、冬型の気圧配置と共に、日本海側に強風波浪警報が出ていた。お陰で、行きは良い良い帰りは恐いだった。最終便を待つ羽田空港では、日本海側のフライトが軒並み「着陸できない場合は羽田に引き返します。羽田到着時には電車などの交通機関は終わっておりますので、後は自己責任で・・・。」と迄は言わないが、アナウンスが流れる。引き戻った時には、ANAは面倒は見てくれない。財布の中身を見てみると、お土産の買い過ぎで残りが少なかった。JRで帰る羽目になると交通費しかない、空港のベンチで夜明けを待つのか状態で、ビクビクだった。

結果は、腕の良い機長の操縦で、庄内空港に無事に着陸はしたのだが、着陸態勢に入ってからの揺れは酷かった。滑走路に降りてからも、飛行機はザーッと強風で何度も横に引っ張られ、その都度体勢を整える。雷付きの大嵐の最中だったのだ。

空港からの車の運転でも、横風に揺れながらだったから、飛行機なら尚更だろう。少々恐かったが、家に帰れて有り難かった。

 

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IKEA仙台

2015-01-25 09:39:15 | 建築・都市・港

仙台のIKEAに行く。古い方のIKEAには入った事があったが、新しくなっては始めてだった。

目的は仕事で使う製品の打ち合わせだったのだが・・。

あまりに店舗が大きく迷路のようで、目的の売り場に行くのに一苦労だった。所要時間は1時間半ほどで急いで切り上げたが、一日のんびりと見て歩ければ、どんなに楽しいだろうと思う。

昼食は国分町で牛タン定食を頂く。右側はテールスープだった。

仙台の街中は、勿論雪はない。

少し風は冷たかったが、お天気は良かった。

今回はお客さんに乗せて頂いて、高速道路を走る。ここは途中の月山自動車道路である。3台の除雪車が、雪崩防止の為の除雪をしていた。除雪車は街中を走る物と違い、サイズが大きい。

道路の脇の雪は、はるかに高い。

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雪道

2015-01-21 13:07:41 | 建築・都市・港

今年になって初めての山形行きだった。オンボロタイヤで月山道路を走るのは辛いので、国道で行くと決めではいたのだが、案の定高速道路で交通事故による通行止めのニュースが入り、「やっぱりね。」と自分の判断に自信を持った。この日はなかなか気温が0度から上がらず、家の前の道路は轍のついたまま凍っていた。

行きがけにガソリンスタンドに寄る。軽油が100円台になっていたのでほくそ笑む。まるで民主党時代のようだ。ここで、バックの中に免許証が入っていないのに気がついた。K氏の御父上の葬儀の時のバックの中に入ったままだ。急いで戻ったが、見事に時間をロスした。このまま無事に時間までに着くのか心配だ。

再度、事務所を出発すると、青信号が続く。大きな道路の表面は凍ってはおらず、スピードは落ちていない。最上川縁から新庄での分岐点でも、青信号のままに進む。おかげで豪雪地帯の雪嵩を撮すことが出来なかった。尾花沢でも同じである。確かに清々しい程の雪の量ではあるが、記録的な豪雪と呼べるまでには至らなかった。尾花沢を通り抜け土生田の坂道を下ると、途端に雪の量が減ってくる。これから村山市に近ずくにつれ、益々雪嵩は低くなってくる。いつも気の毒だなと思う場所である。この土生田の交差点でやっと赤信号になった。

村山市の道の駅で休憩をとる。施設の職員さんだろうか、長い棒で雪崩の危険箇所の雪払いを行っていた。

さすがに冬ともなると、道路工事で停められることはない。除雪の為にちょっとの待ち時間はあったが、殊の外スムーズに走る事が出来た。ここは東根の辺りかと思われる。

予定よりも40分も早く県庁に着いた。昼食の時間を削った為でもある。

県庁の駐車場はきちんと除雪がされていてが、街中は酒田よりも雪は多かった。

県庁ロビーのパネル展。おやおや、酒田の夢ネットのパネルがない。

飾られてい啓翁桜。大きな盛り花だった。大寒も過ぎて、あとは春を待つばかりである。

 

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UIAゴールデンキューブ賞

2014-12-22 09:51:09 | 建築・都市・港

UIA(国際建築家連合)のゴールデンキューブ賞(子どもを対象とした建築や都市環境の教育活動)の最優秀賞に、「子どもたちが応援する歴史的建造物の震災復興~地域・小学校等との協働プロジェクト~」(建築と子供たちネットワーク仙台)が選ばれた。

発表する細田さんと渋谷さん

彼女たちの活動は25年前から始まった。初期の頃、私もプログラムに参加させて頂いた事がある。長い間、よく続けて来られたと感心し、最優秀賞を獲得したのも頷ける。本当におめでとう!

今年のUIA大会は、南アフリカのダーパンで開催された。お二人は家を出てから三十数時間かけて会場にたどり着いたそうである。長い・・・。

取り組みは2つ。1つは東日本大震災で破壊された登り窯の修復をこども達と行ったこと。もう一つは同じく東日本大震災で壊れた旧丸木商店の土蔵の修復に、こども達がデザインした紋の格子を飾ったこと。

その紋が素晴らしい。

アフリカらしいトロフィー。

勿論、大会でのスピーチは英語だったそうで、二重の意味で偉いなと思う。

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こどもの村東北 開村式2

2014-12-21 17:09:00 | 建築・都市・港

こどもの村東北が、そんなに重要な意味を持つ建物だとは知らずに、こどもの城(遊びと教育)の延長くらいに考えていた私は、開村式で始めて知る事になる。

仙台は雪だった。バスを乗り継いで茂庭台に着いた私は、公民館で行われたセレモニーには間に合わず、直接こどもの村東北の建物の前での除幕式から参加する。皆で除幕式の綱を引っ張るのだが、幕に雪が載っていて、引っ張っても幕が上がらなかった。笑いと響めきの明るい除幕式になった。

入り口の前にはテントが張られて、全体の写真が撮れなかった。一番綺麗な所は針生先生の写真を載せさせて頂いた。

ここは事務所や家族室から広場が眺められる。

その広場には住宅が3棟建っていた。ここは里親と一緒に暮らす住宅である。

まだ敷地は残っており、予算が付けば別の住宅を建てるそうだ。

エントランス。右に講堂がある。

講堂の中

中央に3.6mのホール(廊下)があり、そこから様々な部屋に入る。また開口部を開けることによって、大きな部屋として使う事もできる。

ホールからエントランスを見た様子。

講堂でのセレモニーが始まった。来賓の挨拶はオーストリア政府の全権大使だった。「SOSこどもの村」は1949年にオーストリアのイムストに、当時医学生のヘルマン・グマイナーによって設立された。

ロバート・キャンベル氏

この女性は、イケアの社長。家具など多大な寄付をされた。顔ぶれがあまりにナニなので、同じ場所にいることにびびってしまう。

講堂の外壁

村長さんとスタッフさんの住まい。

外壁は木の板。内側はカンナ仕上げだが、外側は荒削りのままに塗装されている。

可愛い犬のオブジェと思ったら。

れっきとした美術品で、価格が3000万円だそうだ。こども達はきっと触りたがるだろう。

道路を挟んで向こうが公園と、環境は良い。

この山が太白山だそうだ。

 

 

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こどもの村東北 開村式

2014-12-21 17:08:50 | 建築・都市・港

仙台の針生先生から「こどもの村の開村式に来るかい?」と、お電話を頂いた。JIA東北支部から案内が来ていたので、同じ催しと思い、「はい、行きます!」と返事をした。いつものように建築のグループで行くつもりだったが、師走では無理になった。しかも前日までの爆弾低気圧に恐れをなし、一人だけのバス移動となった。、私の車のタイヤがボロで、非常に心配だったからである。

写真は針生建築研究所提供

 こどもの村東北は、仙台市の茂庭台にある。右側が講堂。中央が村の施設部分、左側が村長やスタッフの住まいとなる。

写真は針生建築研究所提供

こどもの村とは、東日本大震災で両親を亡くした子供達、また家庭の事情で両親や家族と一緒に暮らせない子供達の為の、里親と住んだり専門家による支援を目的にして建てられた。本来なら行政が主導権を取って進めていくべき事なのだが、これはNPO法人が主体で建物や設備など、活動に賛同した民間の寄付でまかなわれている。設計にはJIAが深く関わっていた。

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大山公園・尾浦八景

2014-12-17 00:28:41 | 建築・都市・港

山形県の展望資産として、大山公園の尾浦八景が申請を出している。ここはラムサール条約で有名な下池である。白鳥たちは田んぼに食事に出かけてしまい、3羽しかいなかった。

大山公園には、ビューポイントが沢山あるのだが、今まで斜面の雑木などの樹木が生い茂り、殆ど下界は見えなかった。数年掛けて松と桜を残し、雑木を伐採、視点を幾つか確保したのである。この日は悪い天気ではなかったのだが、右手の鳥海山は裾野しか見えなかった。

もう少し東を見てみよう。下に見えるのは鶴岡市大山の町並み。

月山の頂上ももまた見えなかった。

右手の山は金峰山である。

上池が見える。

元々、大山公園は尾浦城跡だった。城は古くに無くし、雑木で覆われた山だったのを、明治の頃に一人の個人が整備をした。まるで酒田の本間家のようなその人は、清酒大山で有名な造り酒屋の加藤嘉八郎氏である。加藤清正の末裔と言われている人だ。公園を整備した資金は、酒を売ったのではなく、酒粕代だけでまかなわれた程である。それだけ大きな酒蔵なのだ。

彼は東京から彫刻家が招き、生前にこの銅像を造ったそうで、正装して客を招いている様子なのだそうだ。

この銅像のある辺りが、一番広い。広場にベンチなど設置してあるが、雑木が多くて視界が効かなかったのを、高さ50cmに揃えて広くした。

ここには、古峰神社と三吉神社が在る。これは古峰神社の方である。

神社としては面白い造りになっていた。

太鼓橋の向こうにあるのが三吉神社である。

三吉神社の鳥居と参道。緩い石段になっており、散歩するには絶好の場所である。

この鳥居のある辺りからは、金峰山がはっきりと見えた。そこここに東屋が建っている。

こちらは下池と高舘山が見える。看板の奥の方に、テレビ塔が何本も立っている高舘山が見える。

この看板は、建ててから40年は経っているだろうと言っていたが、なるほど丸太の枠は、特に下がボロボロである。よく保ったモノだと感心する。

この公園は、2つの神社と、裾野の方に沢山の個人の方々の土地があり、伐採計画は色々と大変なのだそうだ。特に国有林が混じっている為に、そこには手を加えられないとのこと。尾浦城跡の碑が見える。

その上の高台に着く。右の杉林はまだ伐採していない様子。杉は製材に掛けるほどの大きさでは無く、間伐をしていない為に、ますます細く入り乱れている。ここの斜面は地権者が多いが、伐採して欲しいとの要望が多いそうだ。

人間達が縄張りに入ったのを怒っているヤマガラ。綺麗な色をしていた。なかなか逃げない。彼は小さな身体で、人間を追い払おうとしているようだ。

このベンチの向こうが伐採されていない斜面。今までの公園がこのような状態だった。右側が国有林で、立ち入り禁止の柵があった。

庄内浜から大山公園にかけて、雪の中を歩いたので、私の冬用ボロ靴の中の靴下はグショグショになった。明日は長靴だな。

 

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庄内浜

2014-12-17 00:20:13 | 建築・都市・港

景観審議会のメンバーで庄内浜に行った。風が強かった。海は不思議な色をしていた。

飛島が、まるで富山県沖で見える蜃気楼のように見えた。どんどん下から消えていく。

この後、鶴岡へ行って昼食をする予定だったが、時間が押してしまい、八福神の2階でメニューを広げる。お店の人がしきりにバイキングを勧めるのだが、時間がかかるだろうと海鮮丼系にする。丼にご飯と刺身を載せるだけだからと思ったが、私の頼んだ三色丼はマグロに蟹にイクラが飾ってあった。蟹を剥くのは時間がかかったろう。それと鍋に鱈汁が付いてきた。まるで定食並みである。

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今日のニュースから

2014-12-04 23:05:52 | 建築・都市・港

47ニュースから

ウラジオストク港の関税優遇へ ロ大統領、アジア重視強調

 【モスクワ共同】ロシアのプーチン大統領は4日、連邦議会への年次報告演説を行い、極東ウラジオストク港を自由貿易港に指定し、関税優遇制度を導入する方針を示した。大統領は「ロシアはアジア太平洋地域の大国として高い潜在力がある」と強調し、発展を続けるアジア経済との統合を図る考えをあらためて示した。

 ロシア経済はウクライナ危機を受けた欧米の経済制裁、原油価格や通貨ルーブルの下落によって減速し、来年はマイナス成長となる予想が出ている。来年中の訪問を予定する日本や中国、韓国などの経済力を取り込み、自国の経済回復につなげたい意向とみられる。

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昨日の酒田港ポートセミナーでも質問させて頂いたが、ロシア政府は極東ウラジオストクに特別な予算をつぎ込んで、特区として開発を進めている。それは中国、韓国、そして日本を取り込んで経済発展させたい考えだからだ。ウラジオストクでのAPECの会議の前後に、インフラの整備に力を入れた。(電車を廃止させる憂き目にもなったが)ウラジオストクからハバロフスクまでの高速道路と鉄道にも取り組んでいる。ウラジオストクには特別な観光施設がないと言われるが、巨大なカジノ計画もあり、建設に韓国が手を挙げ、建物などの申請の最中だった。

極東ロシアとの貿易高では、断然中国が高い。国境を接している国同士だもの農作物の輸入も多いそうだ。韓国からの工業製品の輸入も多い。それに比べれば日本はかなり離されているが、日本人に対する信用度はかなり高い。中韓に関してロシアは、始めから騙される事を前提にきびしく当たっている。(逆の目で見れば、日本人はお人好しなので、ロシア人から騙されることも多い。これは別の機会に書こうと思う。)

日本の都市の名前で大都市や京都などが知られているのは当然のことだが、ウラジオストクでは酒田の名前もまた知られている。酒田港も、ウラジオストクとの直の貿易に言及せず、今あるルートを様々に利用して出来ることから行うのが一番だと思う。

日本から2時間で行けるヨーロッパが、そこにある。

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酒田港ポートセミナー

2014-12-04 11:14:50 | 建築・都市・港

11月3日、山形市のパレスグランデールで「酒田港ポートセミナー」が開催された。

無事に時間前に到着し、受付を済ませる。入り口のそばには、酒田港女みなと会議のパネルが展示されている。

会場の中程に陣取り、お喋りしていたので、会場全体の写真を取り損ねる。

丸山酒田副市長の挨拶。

来賓の方々

山形県県土整備部空港港湾課の羽角課長の「酒田港の取り組み」発表

今回のセミナーの目玉。「花王(株)酒田工場の概要と酒田港利用について」の酒田工場長 谷本氏。

資料は最初に渡されたが、これとは違う映像も流れる。それは写真撮影不可だそうだ。中国で大人気の紙おむつメリーズは酒田工場でも作られている。この度、酒田工場ではメリーズの生産の為の工場や倉庫を大幅に増した。今年の春から稼働を始め、雇用も大幅に増えている。庄内に工業高校が多いのがメリットだそうだ。製品の中で、小物で重量の重いのは、どの地域でも工場の設置はOKだが、紙おむつのような軽くて体積のあるものは、陸送で運ぶには不向きだ。1mでも港に近い方が良い。その為、酒田工場は国内外に搬出する港がある事が大きな利点となる。工場での作業をする年齢層が若い。これは良いことなのだが、経験が2年と浅い。実働する為の教育機関を設けて、更なる発展を目指している。その為には、酒田港が狭い。コンテナバースも今のままでの面積だと行き詰まると、国・県・酒田市に緊急に改良を求めている所が凄かった。迅速に動いてくれれば良いのだが。

この後、写真を撮り忘れたが、舟形町にある「(有)舟形マッシュルーム」の若き営業企画部長の長澤氏の話があった。この会社はマッシュルームの生産では全国3位の規模だそうだ。以前は問屋を通して菌床や設備機器を搬入していたが、オーストラリアで開催された世界大会に出席した所、顔を合わせてのネットワークが繋がり、直接海外との取引が始まったそうだ。マッシュルームの生産にはアメリカ式とオランダ式があり、現在はオランダ式を取り入れている。その為、(有)舟形マッシュルームの他、貿易を専門とする(株)舟形インターズを設立し、彼はその代表取締役の好青年だった。

その後、「酒田港を取り巻く情勢について」と、国交省東北地方整備局 空港港湾課 港湾企画室の渡辺氏の話を聴く。彼はなんと酒田港湾事務所にに数年在籍していた。舞台上では眼鏡をかけて誰とは判らなかったが、私が質問に手を上げて名乗ったのを見て、セミナーが終わってから駆け寄ってくれた。眼鏡を外した顔はよく知っている顔だった。子供達の酒田港の探検隊で大変お世話になっていた方だった。

セミナーが終わり、交流会が始まった。

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雪道を走る

2014-12-04 11:01:42 | 建築・都市・港

山形で開催される「酒田港ポートセミナー」に出席すべく心の中に準備はしていたのだが、開始時間を1時間間違えていたのを指摘され、大慌てでパンを囓りながらの出発となった。警報通りに戸沢村辺りから雪道である。道路は除雪されてはいたが、道中ずっとみぞれ交じりの雨だった。道路脇の雪が下水の口を塞いでしまったのか、道路にたまった雨が大きな水しぶきを上げた。これは帰りでも同じで、真っ暗で車のライトが戻ってこない中、自分で突っ込んだ水たまりのしぶきでまったく前方が見えなくなる。スピードを落とさねば走れないほどの悪路と化した。

ここは47号線と13号線が交わる新庄でのICである。

ここは、前回の新庄-尾花沢道路の話の中に、幾度も出てきた尾花沢の花笠おどり観光センターの前である。一晩で積もった雪なのだろうか。仙山線も電車が立ち往生したらしい。悪天候が続いている。

そんな中で、無事に「はやぶさ2」の打ち上げに成功したニュースが入ってきた。嬉しくて、胸がきゅんきゅんする。

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酒田港ポートセミナーの開催

2014-12-01 14:07:25 | 建築・都市・港

 

12月3日、山形市のパレスグランデールにて、酒田港ポートセミナーが開催されます。

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新道路を走る

2014-11-27 09:30:07 | 建築・都市・港

11月26日、酒田みちみらい女性の会のメンバーは、山形県遊佐町女鹿(あの秘境駅のあった集落)へ現場見学会に出かけた。残念ながら日にちが重なって、私は山形のみちづくり評議会への参加となった。月山自動車道路はみぞれだった。

遡ること11月16日、尾花沢-新庄道路の開通式が賑やかに行われたそうだ。18日に山形市で会議が行われ、その新しい道路を通って帰ろうと国道13号線に向かった。辺りはどっぷりと日が暮れていた。尾花沢の花笠おどり観光センターの交差点を通り過ぎ、どこからその道路へ抜けられるのだろうかとキョロキョロしている内に、左手の頭の上を車がスピードを上げて新しい道路を走って行くのが見えた。その日は入り口を見つけられずに帰途につく。

さて、昨日は「絶対に走るぞ!」と意気込んで向かう。この時期は日の落ちるのも早く、またしても尾花沢を走る事には、真っ暗になっていた。しかも雨が降り、良いコンディションではない。会議に同席していた尾花沢の方から、だいたいの場所は聞いていたので、その通りに国道を降りる。降りた場所は国道347号線(銀山方面へ行く道)だった。左上には高架の道路が見え、もしかして間違えたかともう一度国道を戻り、交差点を大石田の方へ向かって見た。それらしき入り口は見えずに国道347号線に突き当たる。347号線を走ってみたが、高架の道路の下を抜け、国道13号線と交わる。

ええ~い、腹が立つ。それなら、逆から入って位置を確かめようと思い切って尾花沢の道の駅まで走った。この道の駅は、高規格道路の上下どちらからも入る事が出来る構造になっている。ついでにトイレ休憩を試みたが、トイレは工事中で仮設トイレが並んでいた。ここでも運がない。(工事は来月いっぱいで完成の予定だそうだ。)

 

さて、無事に走り抜けICを確かめる。この日何度も走った347号の途中から、ICの入り口があった。小さな看板である。降りてまた入り、往復で道路を確かめたが、妙に走りにくい道路だった。道幅がせまい。そんなにカーブは無いはずなのに、何だか恐い。開通して10日も経ち、知る人も多いと思うのだが、断然国道13号線を走り、福原ガソリンスタンドの所から新庄道路に乗る車が圧倒的に多い。ラッシュアワーの時間でさえもである。この開通では、一度国道を降りてICに向かう距離も考えると、それほどの時間のメリットはないのだろう。尾花沢の方は5分の短縮だと言われたが、そうだろうか。

ちなみに、まだGoogle Map には、その道路はない。Google Earth だと、工事中の道路とICが見える。今度その道路を使う時には、それを参考にされると良いと思う。

 

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