無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

まちと森林をつなぐ木づかい全国キャラバン

2015-08-18 13:35:15 | 建築・都市・港

正確には第7回山形県「まちと森林(もり)をつなぐ木づかい全国キャラバン」と呼ぶ長いタイトルの催しが8月29日(土)に山形市のビッグウィングで開催される。

山形県は森林面積が80%近い。森林の活用、保護、楽しみ方など、興味のある方はでかけてみてはいかがだろうか。

同時開催の「東京おもちゃ美術館」がちょっと気になるのだが。

 

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軍艦島

2015-08-05 10:32:12 | 建築・都市・港

世界遺産になった軍艦島。決定前に韓国から妨害が入った。それを撥ね除ければ良いのに、事を急ぐあまりに要求を飲んだ。その積み重ねが悪循環になっている。

明治以降、製鉄の折に鉄鉱石と一緒に純度の高い石炭を燃やすことで、内側からも不純物を焼き捨てられる。その純度の高い石炭は、この軍艦島でしか国内では採れなかった。地底に潜る為に危険度は増すが、当時のここの給料は一般農家の10倍だったという。住宅も福利施設も充実しており、日本で最も近代化された地域で、憧れの職業だったのである。それを何だと、強制徴用だと。馬鹿も休み休み言え。

世界がグローバル化され、純度の高い石炭も安価に輸入されるようになった為、閉山された軍艦島だが、自国の経済を守るのか世界の波に巻き込まれていくのかは、TPPとも繋がって行く。

 

先日の自衛隊の護衛艦あたごの写真と比べても、軍艦島とはよくぞ言ったものだと思う。

 

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酒田本港のハマナス

2015-08-03 14:50:45 | 建築・都市・港

酒田港には過去何度も自衛隊のイージス艦は訪れている。実戦と違いお祭りの賑やかな催しの為に来ているので、それぞれ華やかで美しい。ただ「あたご」は船体を見ると今までのとは違い、でかいツギがあたっていたり船体のデコボコ具合で、古い船なのか任務のせいでそうなったのかと感じる船だった。米軍のイージス艦のような殺気はないが、似ている雰囲気はある。

2010年の米軍のイージス艦in酒田北港 フェンスの向こう

本当に今回はイージス艦1隻なのかと疑って、本港へ回ってみた。過去には水深の深い北港にしか接岸出来ない船を除いて、本港にズラリと並んだことがあったからだ。

本港は平和そのものだった。本港の公園でスケボーで楽しむ若者達の声が聞こえるだけだった。見えているのは海上保安庁の「つるぎ」

公園の緑地には、花を咲き終え実を付けたハマナスが赤かった。熟れすぎた実が殆どで、傷が付いている物も多かった。いつもなら旧の七夕や旧盆の飾り付けで、八百屋でハマナスの実を売っているのが常だったが、この場所で見た限りでは商品価値はなさそうだった。ハマナスはバラ科で、この実は差し詰めでっかいロースヒップと言った所だろう。食べて美味い物ではないが、果実酒にすると独特の風味が楽しめる。1輪だけ季節を間違えて花を咲かせていたが、この辺りのハマナスは一重のバラ色の花を咲かせる。満開になると見た目にも綺麗で、しかも素敵な香りのオマケ付きなのである。

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護衛艦あたご

2015-08-03 01:34:04 | 建築・都市・港

 

酒田港祭との関連で、酒田北港に護衛艦あたごが来ているとの情報を受け、午後の暑い頃を見計らって出かけてみる。甲板には一般市民がずら~~っと乗っていた。一般公開の時間だった。

広い岸壁にはテープが張られ、見学するには持参したバックの中身をチェックする物々しさだ。

内部見学の行列は随分と伸びていた。護衛艦あたごの他にも艦船がいるかなと思ったが、この1隻だけだった。他は忙しいのか、さっぱりしたものだった。

この時期だからだろうか、自衛官募集のコーナー(テント)が広い気がした。

いつかは内部見学をしようかなと思っている。

外部からの写真も撮したしと帰りかけた。

船からトランペット隊が降りてきて、行進を始めた。

 

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あづい,,,

2015-07-23 10:10:50 | 建築・都市・港

22日、山形市へ向かう。気温を見てゲンナリする。多分、風も無いだろうから、暑さは抜群だろうなと思う。

目的地に向かう前に、ラーメンひさ野で、熱々の肉中華を食べる。トッピングのネギのせいか、先日のラーメンよりは熱くない。それでも汗はダクダクで、せっかくの化粧がまるっととれた。酷い。

高速道路での移動がスムーズだったのと、昼前にひさ野に入れたので時間が余った。県民の森で休憩する。山形市内や蔵王はややガスがかかっている。空は夏の風情で、入道雲もそこここに見えた。

ストーブの店に着いた。せっかくなのでペレットストーブに点火して貰う。店内はエアコンがフル稼働なのに、涼しくならない。汗を拭きながら説明を聞く。

キッチンストーブも飾ってあった。右は単独に、左はシステムキッチンに組み込むタイプだそうだが、夏は暑くて使えないとのこと。カナダや北欧では大丈夫なのだろう。赤毛のアンのグリーンゲイブルスを思い出した。

3時前には山形市を後にした。途中、村山の真下慶治記念館に寄るも休館でがっくり。大石田の千本木だんごでお土産を買い、家に帰ってニュースで驚く。さっきまで走っていた道路が大雨で水浸しだった。早めに暑い暑いと言いながらも帰って来られて良かったと思う。山形の大雨は全国ニュースにもなっていた。

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とびしま丸クルーズ

2015-07-13 05:43:21 | 建築・都市・港

とびしま丸クルーズは5時半からで、ここからは探検隊だけでなく、一般の参加者も一緒の行動となる。

桟橋を渡って船に乗り込んだ。

見送りの銅鑼の音と共に、船は離岸した。

瞬く間に、ウミネコが追いかけてきた。

本港に停泊している海上保安庁の「つるぎ」 この甲板には機関銃が装備されているそうだ。もう一隻海保の小型の船が停泊してるが、それは水鉄砲だそうだ。水鉄砲と言っても、我々の遊びに使うチャチな物では無く、消防のホースのような威力の強い物だと思う。

タイヤが沢山着いているのは港の水先案内人が乗るタグボート。

とびしま丸って、こんなに鳥たちと仲良しなのね。

大浜運河近くに停泊していた「くれ」

今朝の九州大分の地震で広島の呉も揺れたらしい。

堤防に囲まれた手前は本港。その後ろは最上川。3基の風車は宮浦の海岸に建っている。右手の遠くの町並みは、湯野浜温泉である。

乗船の前に配られたオヤツのカッパエビセンやポテトチップスは絶好の仕掛けになっているようだ。

白灯台から外港地区へ回る。

中程までやってきた。

2基のガントリークレーンの並ぶコンテナブース。

北港の岸壁に、にっぽん丸が見えた。

皆で写真をバシャバシャ。

共同火力の石炭船も停泊していた。石炭はベルトコンベアーで倉庫に運ばれる。

地震でも壊れない耐震岸壁にも船がいた。

人間もウミネコも、微妙な距離感である。風が強いのでお菓子は投げても海に落ちなかった。船尾の甲板に降っていくのだ。

左に見える煙突が共同火力の煙突である。

本港地区に船は戻ってきた。

青のシャツを着た、港湾関係者。今日のスタッフの皆さんである。

夕日が沈むまでは、まだ間があった。

内陸の子供達は元気なままにバスに乗り込んだ。今は楽しくて興奮しているだろうが、お弁当を食べたら、すぐに眠るんだろうなと思った。また来てね。

 

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発見!酒田みなとの探検隊

2015-07-13 05:13:27 | 建築・都市・港

当日は、日焼けを心配する程の晴天だった。海洋センターの歩道橋の上から見た鳥海山は、すっかり夏山になっていた。

屋根の上に見かけない黒っぽい鳥がいた。ウミネコの幼鳥のようだ。酒田港にいるのはカモメとばかり思っていたが、どうやらウミネコのようだ。見分け方のポイントは、足が黄色がウミネコ。カモメは肌色か黒になるとのこと。知らなかった。

海洋センターに全員が集まり、開会式を行う。内陸からバスでやってきた子供達は、もうバス酔いでぐったりしている子もいた。セレモニーの後に、国交省港湾事務所の課長さんによる「港の話」が始まった。男の子は食いつきが良かったが、夢の中を漂っている子もいた。朝早くから大変だったのだろう。

講義の後に海洋センターを自由に見学し、トイレタイムが終わるとバス2台で大浜海岸に向かった。この浜辺の大きな影は風車のものである。

風車を目の前にして、3班に分かれたメンバーはゴミ拾い競争をする。

綺麗になった浜辺で準備運動を行い、3班は別々の行動に移る。

メインはカヤックの体験である。

A班がカヤックで海に乗り出した。もうすでに海水浴の体制の子供達もいる。

A班がカヤックに乗っている間、私の受け持ちのB班は、海に入り小魚の群れを追いかけた。

女の子が素早く上手に小魚をゲットしてた。

波消しブロックの向こうに、旅客船日本丸の姿が見えた。今日酒田港に入港してくる予定になっていたそうだ。

今度はコンテナ船が出航して行った。

砂を掘るとアサリ(コダマガイ)が沢山出てきた。蟹やらヤドカリ、ヒトデもゲットしてた。

B班集まれ~の号令で、指導員の元に集まる。指導してくれるのは元気王国のメンバーである。

ライフジャケットを着け、パドルの回し方の講義を受ける。

よし、そろそろ出発だ。

初めての経験なのに、綺麗な軌跡を残しながらスピードを上げてカヤックを操る家族もいた。若い兄弟同士は同じ所をグルグル回ったり、バックで進んでいたりと面白い。

風もあったが、波が穏やかで絶好のカヤック日和となった。

さぁ、そろそろ引き上げだ。

皆で記念写真を撮る。

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訃報

2015-07-11 09:37:07 | 建築・都市・港

ふるさと探検隊の昼食の時間に、米沢市のMさんから鈴木千代子さんの訃報を聞かされた。ついにと言うか早すぎたと言うか、複雑な気持ちと悲しみでいっぱいになった。お見舞いに行く約束も反故になってしまった。

鈴木さんとは、山形県の建築士会女性部の立ち上げの頃から一緒に頑張ってきた。庄内に女性建築士の「きーぷらん」と言う勉強会があるのなら、米沢に「バウハウス」を立ち上げて、若い女性達と一緒に活動を始めた。元気な笑顔と笑い声しか記憶にない。

今年の3月、米沢でのシンポジウムに、お誘いの電話をした時に事情を知った。相変わらずの元気な声だったが「サグラダ・ファミリアが出来たら、もう一度バロセロナに行こうよ!」と話しかけたら、「私は無理だから、貴女は行ってきて」と言う返事だった。一緒に行こうと言う気持ちは今も変わらない。もしかして先に行っているかもと思っている。

建築の仲間達とのパリ&バロセロナの旅行は、かつてないほど楽しかった。あんなに笑い転げた旅もなかった。サグラダ・ファミリアは中央部分が何も無く、まぁ2018年までかかっての工事中が続くのだが、友人のおみやげにサグラダファミリアのかけら(煉瓦の欠片)が欲しいと言われたそうで、それならと女子達は自分の分も拾い集めた。白い大理石は、パリのベルサイユ宮殿の欠片(敷地内に落ちていた物)である。これも皆で拾ったが、壺に入れた糞尿を窓からばらまくのがフランス流だと知ったのは、後の話である。(こんなオチにしていいのか!)

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名取市民会館

2015-07-11 08:59:07 | 建築・都市・港

子供の村から名取市へ戻る。どこかでコーヒーでも飲みながら休憩しようと名取駅近くをうろつく。駅前に札幌工場があった。ジンギスカンも食べられる店も付随していたが、生ビールは各種あってもコーヒーはなかった。他の店を探して移動する。そこで見つけたのが名取市市民会館だった。

写真で見ると四角い外観の建物が建っているだけのようだが、実は斜めに歪んでいて、ややもすると平衡感覚を失う。

内部にも潜り込む。喫茶のコーナーでもないかと探したが、見つかったのは自販機だった。しばし喉を潤す。

 

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子供の村

2015-07-10 13:05:10 | 建築・都市・港

 

次の催しまでに時間があったので、太白区の子供の村に移動する。

閖上の被災地では、被災した建物は全て壊されたとおもっていたが、残された物、手つかずの物もあった。高台の上には小さな神社が鎮座している。

さて、子供の村である。子供達はサクランボ狩りに出かけて留守だった。

開村式に訪れた時には準備されていなかった相談室。子供達はこの箱庭を造ることによって、情緒や性格、悩み事などが判るのだと言う。

小さな、様々なフィギアがあった。オトナでも並べる物によってわかるのだそうだ。

今回は住宅の中も見せて頂いた。里親と一緒に住む住宅である。

里親一組に子供が5-6人を一家族とする。里親も募集されていた。

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鶴岡の内川界隈

2015-07-07 17:55:28 | 建築・都市・港

丙申堂を裏側から見る。左の小さなお堂は、聖徳太子を祭った無量堂である。

内川も綺麗になったものだと思う。昔は生活排水も流され、それなりに汚かった。夏になると水草刈りが風物詩になっていた。

羽黒街道の森茂商店でウィンドウショッピングをする。映画おくりびとにも登場したケロヨンの湯桶があった。1300円もするのか!!

新しくなった商工会議所&物産館。まるで南米の装飾品に見えるのは、農作業で使うばんどりだと思う。物を背負うときの背中当てである。

入り口の案内カウンターにあった時計が面白い。ダリの絵のようである。「これは売っていないの?!」

清川屋のトイレ。1名しか使用できない広すぎる個室。入ると洗面台があり、中央にクラゲ(ロボット)が泳ぐ水槽。その奥に洋便器が置かれてあるのだが、センサーで音楽が流れ、壁に赤川の花火を模した映像が流れる豪華な個室だった。鶴岡の物産館に来たら、お薦めのスポットである。

さて、そろそろ解散の時間である。

市役所への道すがら見かけた「タブノキ」の大木。450年ものビンテージである。でかい、でかすぎる。

 

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金物の数々 

2015-07-07 17:15:32 | 建築・都市・港

この見学会で見かけた金物達。

新茶屋

金物ではないが、襖の間仕切りの戸辺り部分

開くと蝶々が出現する。

あれ?もう1種類あった筈だが。

あ、あんな所に!

う~ん、これ以上大きくならないな。

 

これより風間家

母屋

風間家小座敷

釈迦堂 折り鶴のようだ。

 

水草のオモダカをデザインしたもの。

古い日本家屋の金物を見て歩くのはなかなか面白い。本来なら釘隠だけでなく、襖戸などの引き手も面白い。今回は特に目に付く物はなかったように思われる。

始めて建築の金物の面白さを知ったのは、相馬楼の前身の相馬屋の調査の時だった。ここは各部屋がまったく異なる造りになっていて、金物もその部屋独自の物だった。引き手が特に面白かったのを覚えている。現在の相馬楼は内部を模様替えしているので、従来の金物がそのまま残っているかは判らない。それに内部は撮影が禁止だと聞いた気がする。すると、見るだけか。つまらないな。山王くらぶか香梅咲を狙うと面白いかも知れない。鶴岡では三浦屋が良いと思うが、ここは見学も撮影も難しい。

 

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無量光苑 釈迦堂

2015-07-07 16:57:23 | 建築・都市・港

丙申堂とチケットが一体になっている釈迦堂は、明治43年に風間家別邸として建てられ、迎賓館のような存在で使用された。玄関に着く前に素敵な門があった筈だが、それを撮していない。皆に遅れて走ったせいだ。

何故か、玄関前の竹林は写っていた。(--;

玄関の前室を抜けると、二間続きの座敷があった。片方には建物名由来のお釈迦様が床の間に安置され、片方は違い棚付きの部屋があった。この天袋の襖絵が素敵だ。

右から

仕切りの長欄間

螺鈿細工の箪笥。

化粧彫りの箪笥。

庭に出てみる。

 

中央に池があったのだが、新潟地震(?)で井戸の水脈が切れたらしく、水は戻って来なかった。

その池の向こうから釈迦堂を望む。

歩き疲れで、もうすっかり腰を下ろして休んでいる面々。

このデザインは使えると思った塀と戸。

 

玄関脇の路地を撮す。

ああっ、門の扉だけが写っている!(><)

 

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丙申堂

2015-07-07 15:47:41 | 建築・都市・港

旧風間家丙申堂へ向かう。鶴岡市に3年間通っていたのに、私は一度も入った事が無い建物だ。

風間家は元々越後の国沢海藩(そうみはん)の武士だったが、商人となり村上、酒田を経て鶴岡に移住している。酒井藩の御用商人として呉服や太物屋を営み、幕末には鶴岡一の豪商になった。明治の頃に貸金業に転じ、庄内地方では本間家に次ぐ大地主に成長している。例の本間家とのお雛様を巡るいざこざは、無事に解決したようだ。

店(後の銀行)から、母屋(住宅)を見る。

店と母屋の境には、このような格子戸が設置してある。通路側の引き違い戸も板敷き縁側の小さな扉も一体で、敷居や鴨居諸共、枠の右側の丁番でそっくり雨戸の方に折ることが出来る。日本の家屋には、このような面白い建具を多々見つけられるのだ。

この家で一番格式が高い御座敷。

丙申堂の案内の中で、20年に一度の屋根の葺き替えのVTRを見せて貰った。下から、野地板+防水シート+杉皮葺き+置き石載で出来ている。酒田市の鐙屋もこの屋根で葺かれている。神社仏閣や大店は、赤瓦で葺かれているが、風間家は一般の住宅と違わずに、杉皮置き石載せだった。

1階の庇は、木羽葺きかと思われたが、杉皮葺きだった。杉皮は屋根材にするだけの為に、皮の剥きやすい梅雨時を選んで杉を伐採する。丸太の皮に等間隔に切れ目を入れて、皮を剥き、それを乾燥させる。

2階の窓の横に着いていた物。ウダツか飾りか、もう少しよく見てくれば良かった。これが庄内の赤瓦である。

さてさて、ここも庭が素晴らしい。

 

こちらは離れの小座敷の縁側。

ぐるりと回ってみる。

これが小座敷。その床柱の長押は何なの!

見事に釘隠が施されている。古い建物は、このような金物も面白い。

 

トラスとラチスを使った小屋組が見えた板の間。多分食堂に使われた部屋だと思う。左奥の台所へと続いている。

中央に見える箱階段を上ると、天井の低い大工の間に入る。若勢の間かと思ったら、住み込みの大工がいたらしい。酒田の相馬楼の前身である料亭相馬屋にも、庭師と大工は住み込みで雇っていて、補修や造作をしていたそうだ。

平面図には納戸と書かれているが、とてもそうは見えない。家族か女子衆が使っていたのではないか。

縁側のガラス戸の硝子が可愛い。

中廊下に無造作によさげな衝立がたててあったりもする。

家の中に土蔵を巡らし、金庫が数台置いてあった。風間家の銀行は合併などを繰り返し、現在の荘内銀行へと発展していく。

2階建ての店と土塀。2階の窓から見えた赤瓦は、店の玄関の屋根だったことが判明した。

蔵の傍を通り、釈迦堂へ急ぐ。市道へ出る前の敷地の横、側溝の上に被せてあるのは、屋根の置き石載せの棟部分に敷いた棟石の古い物だった。苔むしている。

 

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鶴岡カトリック教会天主堂

2015-07-06 16:49:48 | 建築・都市・港

午後の見学は、鶴岡カトリック教会天主堂から始まる。

私達の他に、団体が入っていて、前庭は大賑わいである。この庭を取り囲むようにして、教会や幼稚園が併設されている。

以前に訪れた時には、教会の建物しか目に入らなかったが、同じぐらい古い司祭館も並んでいた。

中に入ると、パイプオルガンの音色が流れてきた。

オルガンは、入り口の上部にある。

階段は右側の狭い螺旋階段で上下する。細い体型でないと入れないと思えるほど狭い。何としても登ってみたいものだ。

ここは懺悔室である。長崎の浦上天主堂に行ったときに、内部は素敵だったし、懺悔室も大きく見事だったが、残念ながら撮影は禁止だった。やっぱり記憶だけでは、どんなに素敵でも忘れてしまうものだ。

 

 

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