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80年代の亡霊(荷宮和子「なぜフェミニズムは没落したのか」を読んで)

2005年01月05日 | 読書
僕はフェミニズムというものに対して詳しくない(と思う)。
だから、この人が主張するように80年代がフェミニズムが大きく開花した時代だったのかどうかはよくわからない。
いや、この人は自分を「フェミニズムのようなもの」ストと言っているので、そもそも、フェミニズム自体について議論しているわけではないのだ。
林真理子が「フェミニズムのようなもの」ストだと言うのも初耳だし、そういう系列で林真理子を理解したこともなかった。
というわけで、フェミニズムを知らない人(私)がフェミニズムのようなものを論じる本についていくら論じても、まともな議論になるわけがない。きちんと読み込んでいるブログを見つけたので、こちらを見てください。
ただ、フェミニズムというのは、平塚らいてうや、大正時代の婦人参政権運動から脈々と続くものであるし、上野千鶴子の思想としてのフェミニズムに対し、生活実感から文句を言っても、相当的外れにしかならないのではと思った。
雇用機会均等法が成立したのは90年代の終わりなので、これは80年代フェミニズムの成果でも何でもないしね。

だから、この本は取り上げるに値しない、そんなものを書くのはやめなさいと忠告してくれたのは、うちの奥さんであるが、これは何だか僕の80年代ルサンチマンに痛くヒットしてしまったのです。
80年代というのは、日本経済がまさしく空前絶後と言える好景気を謳歌した時代でした。70年代の終わりに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本が出て、その予言通りに世界最強の日本が出現した時代だったようです。
「ようです。」と言ったのは、81年に高校入学、84年大学に入り、88年に大学院で、90年にようやく就職した僕は、80年代ひたすらに貧乏学生で、好景気とか謳歌とかそういうのとは縁遠い生活を送っていたからです。
高校の時の小遣いが2千円で、当時の映画代が確か学生1500円。映画を見たければ、本もお菓子もジュースも何もかも一ヶ月我慢してようやく見れるという生活でした。
で、僕は、荷宮和子の言う「くびれ世代」の最後に属していることになっているのですが、彼女に「80年代はよかったわよねぇ。」と言われると、少しでも本代を浮かすために、図書館に通い詰めたり、欲しい本を求めて古本屋をさすらったり、大枚はたいて10万円も出してMSXパソコンを買ったばかりに、その後2ヶ月間、昼食は大学食堂の120円のうどんを食っていたことを思い出して、「うひゃあ!」と叫んでしまうのです。
いや、貧乏学生でも女の子とデートしていた友人はいましたが、僕にはデート代を工面する余裕すらありませんでした。
確かに当時の女性は、急激に優雅になりつつある時期でしたが、当時の露骨な財力重視志向(あるいは女性をそういうものだと思わせたマスコミ)により、僕は最初から戦う気力すら失せていました。
メッシーやアッシーの資格すらなかったですからね。

最近、スカパーのフジテレビの懐かし番組で、80年代のものが出てきても、「うひゃあ!」と逃げたくなってしまう僕は、この本を読みながら「うひゃあ!」「うひゃあ!」と言っていて、最後にあなたもくびれ世代だと言われて両手を挙げて降参したい気分になりました。

ちなみに、そういう僕の学生生活の最後に癒してくれたコミックは「大東京びんぼー生活マニュアル」だったりしたのでした。

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