お浪草・・・山県市
むかし柿野という村に、咲いたばかりの水仙のようなお浪という娘がいた。
若い男たちは「柿野小町」と噂した。
お浪は美しいばかりではなく、働き者で、親孝行であった。
とても評判が良かったので、あちらこちらから嫁にほしいという話が多かった。
しかし、お浪は以前から源蔵という若者を好いていた。
お浪と源蔵が好きあっていることは、村の誰もが知っていた。
あれなら、良い世帯をつくるだろうと噂しあった。
源蔵は一日の山仕事がすむと、谷川で顔を洗う。
そこに、お浪は菜っ葉や大根を洗いにくる。
二人は目と目で心を通じ合う。
祝言の日も決まっていた。
紅葉した山で、一日働いて、夕方いつもの谷川に降りてくると、お浪は大根を洗っていた。
いつものように源蔵はお浪の顔を見たが、どういう訳か目と目があわなんだ。
確かにお浪は目をそらしていた。そして急いで立ち去っていった。
「祝言も近いし、ちいと話もしなきゃならない。」と言った。
<何か気に障ることがあるのか。お浪のあんな顔を見たことがない>
源蔵はだんだん心配になってきた。
夕ご飯は喉を通らなかった。夜寝ようと思っても寝ることはできなかった。
その夜は不安で不安でしかたがなかった。
源蔵はむっくりと起き上がった。
そうしてお浪の家に出かける。
お浪の部屋の前に立った。
部屋の中で物音がする。
源蔵は愛しさに思わず、
「お浪」と呼んだ。
すると訳の分からない形が障子にうつった。
よく見ると、太い太い蛇であった。
蛇は鎌首をあげて、大きな口を開けた。
源蔵はひっくりかえった。
気づいたときは自分の寝床の中でがたがた震えていた。
どこをどう走ってきたか覚えていない。腕と膝をけがしたらしく、それが傷む。
その頃から雨が降り出した。
お浪の家ではお浪がいないと大騒ぎになった。
村中の人が探したが、どこにもいなかった。
それから何日もたった。
ある夜、源蔵の枕元にお浪が来てすわった。
「どうか許してください。私はあの山に住む龍の子供を七人も生んでしまいました。
あなたと睦まじいところを山に住む龍に見られて、私は連れて行かれてしまいました。
他の良い人を探してください。」
手をついてそう言ってから、お浪の姿は消えた。
柿野あたりでは、今まで見たことがない白い花が草の中に咲くようになった。
誰かがそれを「お浪草」と呼ぶようになった。
源蔵は山仕事はしないで、お浪草をつんでふらふらと歩きまわっていた。
秋になるとその白い花はあちこちに咲いて、源蔵を呼ぶように揺れている。
(完)
その花に会ってみたい、、、