サランヘの風景 二
古谷!待っちょれや!どついたるでぇ、はかんくせぇだと!……。
信介は廊下をでようとした古谷を呼びとめた。古谷はじぶんに手向かう同級生はいないとおもっていたのでびくっとした顔でふりむいた瞬間、箒の柄で古谷の顔面をひっぱたいた。まさかとゆだんした古谷は悲鳴をあげてい廊下に蹲った。信介はすかさず柄を背中になぐりおろした。大阪にいた頃、ラポ(鬼ヤンマ)とるのに竹竿ふりの名人だったので狙いは正確だ。ユルセ!ユルセ!と低い泣き声が耳にはいった。金山のどもりもう一度いうてみぃ!顔がつぶれてもええんか!と叫んだ。ほかの者は突然、古谷がたおされたので愕然とした顔つきでまわりをとりまいた。信介はそばに突っ立ったままの金山に、「俺、悪くないやろ!」といった。
「こ、こ、ったらやつ、泣けばいい!」金山もつぶやいた。風間はきかねぇな!風間は朝鮮がすきなんだべ………とつぶやく子もいたが信介にはきこえなかった。
父の経営するミシン工場は南小樽駅坂したの入船川にめんして建っている。
日がな一日中、電動ミシンの唸る音が間断なくひびいてくる。前の広場には樹齢をへたブラタナスの木があって工場棟につづいて道路にめんして伯父の経営する学生服専門問屋があり、前をながれる入船川が二百米ほどさきの岸壁に注ぐ。川の所々に木橋がかかって、橋の真ん中から港のほうをながめると柳並木のトンルだった。川面は夕方になると虹のようにきらめいてさわやかな音を奏でる。
ついこの間まで柳並木の間をしきりに舞っていたアキアジムシがどこかに影をひそめたと思ったら、冷たい北風がふきはじめ、天狗山裾に白っぽい吹雪が集まってきたと思ったら雪がちらついてまもなく街ぜんたいが吹雪につつまれた。根雪にはまだ日があったがたちまち二十センチほどの積雪になった。荷馬車ひきが慌てて馬橇に交換するさぎょうがかしこに見られた。
校庭で金山が首をななめにしながらはしゃいで駆けている。
金山は雪が好きなのか口を大きくひらいて散りおちる小雪をなめている。
「き、き、きょぅお、お、おれのう、うちさ来いば…」と金山がいった。
「うんゆくゆく、…」信介はのどがつかえそうな返事をした。
…ひとめーふためーみやこしーよめごーいつやのーむこさん、ななやでやーくしーきせるではたいたーすこーんと金山は不思議にもどもらずにうたいながらかけだした。
古谷!待っちょれや!どついたるでぇ、はかんくせぇだと!……。
信介は廊下をでようとした古谷を呼びとめた。古谷はじぶんに手向かう同級生はいないとおもっていたのでびくっとした顔でふりむいた瞬間、箒の柄で古谷の顔面をひっぱたいた。まさかとゆだんした古谷は悲鳴をあげてい廊下に蹲った。信介はすかさず柄を背中になぐりおろした。大阪にいた頃、ラポ(鬼ヤンマ)とるのに竹竿ふりの名人だったので狙いは正確だ。ユルセ!ユルセ!と低い泣き声が耳にはいった。金山のどもりもう一度いうてみぃ!顔がつぶれてもええんか!と叫んだ。ほかの者は突然、古谷がたおされたので愕然とした顔つきでまわりをとりまいた。信介はそばに突っ立ったままの金山に、「俺、悪くないやろ!」といった。
「こ、こ、ったらやつ、泣けばいい!」金山もつぶやいた。風間はきかねぇな!風間は朝鮮がすきなんだべ………とつぶやく子もいたが信介にはきこえなかった。
父の経営するミシン工場は南小樽駅坂したの入船川にめんして建っている。
日がな一日中、電動ミシンの唸る音が間断なくひびいてくる。前の広場には樹齢をへたブラタナスの木があって工場棟につづいて道路にめんして伯父の経営する学生服専門問屋があり、前をながれる入船川が二百米ほどさきの岸壁に注ぐ。川の所々に木橋がかかって、橋の真ん中から港のほうをながめると柳並木のトンルだった。川面は夕方になると虹のようにきらめいてさわやかな音を奏でる。
ついこの間まで柳並木の間をしきりに舞っていたアキアジムシがどこかに影をひそめたと思ったら、冷たい北風がふきはじめ、天狗山裾に白っぽい吹雪が集まってきたと思ったら雪がちらついてまもなく街ぜんたいが吹雪につつまれた。根雪にはまだ日があったがたちまち二十センチほどの積雪になった。荷馬車ひきが慌てて馬橇に交換するさぎょうがかしこに見られた。
校庭で金山が首をななめにしながらはしゃいで駆けている。
金山は雪が好きなのか口を大きくひらいて散りおちる小雪をなめている。
「き、き、きょぅお、お、おれのう、うちさ来いば…」と金山がいった。
「うんゆくゆく、…」信介はのどがつかえそうな返事をした。
…ひとめーふためーみやこしーよめごーいつやのーむこさん、ななやでやーくしーきせるではたいたーすこーんと金山は不思議にもどもらずにうたいながらかけだした。