村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

「小説の語り手が書けること」の日英比較(259)

2017-02-12 11:44:08 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその最後の文の英訳である。

そのアパートにはいろんな人間が住んでいた。若い独身の勤め人から、大学生から、小さな子供のいる夫婦から、独居の老人にいたるまで、住人の層はばらばらだ。人々は無防備に望遠レンズの視野の中を横切っていった。年代や境遇によって多少の差こそあれ、彼らはそれぞれに生活に疲れ、人生に飽いているように見えた。希望は色褪せ、野心は置き忘れられ、感性は磨り減り、あとの空白に諦めと無感覚がそれぞれ腰を据えていた。まるで二時間前に抜歯手術を受けた人のように、彼らの顔色は暗く足取りは重かった。
 もちろんそれは牛河の誤った思い込みかもしれない。
But he may have been mistaken.

「誤った思い込みかもしれない」がmay have been mistaken(間違っていたかも知れない)と訳されている。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「小説の語り手が書けること... | トップ | 「映し出されている」のは「... »