道楽人日乗

ツイッターのまとめ。本と映画の感想文。
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映画「君の名は。」

2016-10-25 10:46:08 | 映画感想

新海誠 監督

昔々高校生の頃、大林監督の「転校生」を見た時と同じくらい純に映画を見ることは出来なくなっている、とは思う。それにしても、題名から想像のつく「あの結末」に至る過程が、なにかいびつで解としてちっとも美しくないという印象。描かれている情景はあんなに綺麗なのに。


主人公達の行動の大目的は「カタストロフを回避するための情報の伝達」だと思う。
要素として、何故それに気づかないのか? 何故それを信じてしまうのか?というのはドラマとしての見せ所な筈なのだけれど、そこがあまりにおざなりな感じ。
映画を見た誰もパラドクスについて何も言わないのは、理屈の通った話ではないとわかりきっているからだろう。

瀧くんは大事件を知っていたはずだ。他人の体で目覚めるなんてことが、もしあったなら、ここは何処、私は誰なの?というのは真っ先に知るべき情報ではないか? 彼等は学校にまで行っているのだ。時間のずれにはすぐ気がついて、カタストロフの情報を周知させることにドラマの主眼がいくほうが自然なのではないか。

逆に、三葉の友達らは、三葉が他人のようになっていて、おまえは誰だ!という状況になったら、そんな人物の言うことなど信じるだろうか?あまつさえ、テロとも言うべき行動にまで踏み切ってしまう。(田舎の高校生がいきなりそんな危険物をなんで作れるの?)

三葉たちの先祖は、千年に一度の彗星から多大な災害を受け、それを後生に伝えようとする、しかし、千年後に再び同様の災害が起こることはわからないし伝えようがないと思う。確率としてもとんでもない確率だろう。この一族は何をしようとしていたのか。

不可解なところは多々あっても、この美しいアニメ世界では、最後まで見せられてしまう。監督の技でつくられた、特殊な世界なればこそだろう。


本編とは関係ないけれど、目が覚めたら体が入れ替わっていた様な状況があれは、心は肉体からの影響を受けるはずで、それが何度も繰り返すなら、違いは平準化され、同じ思考をする(ひとつの自我で行動する)性の異なる二人の人間となるような気がする。

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