まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

秋へんろ サバイバルみたいと 藪の中

2017年11月19日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、冬型の気圧配置となるため、概ね晴れていた。気温は8.4度から12.2度、湿度は80%から60%、風は4mから8mの西風が強くて冷たかった。明日の20日は、気圧の谷や寒気の影響で曇り、昼前から夕方にかけて雨の降る所がある見込みらしい。

 

 今日は「観光ガイド養成講座」の五回目の講義で、「へんろ道を歩きながらの現地研修」ということで、そのサポート役のために、8時過ぎにさぬき市役所に着いた。ここは海岸沿いにあるために、瀬戸内海を渡ってくる風が冷たい冷たい・・・。

 

 一行はバスに乗って志度寺さんへ。受講生のうちの今日の参加者は13名、市役所職員2名、つかさの会から4人。伴走車は市役所1名と私。まずは志度寺さんのお庭にある「真念」さんの道標のお勉強。講師は「香川へんろ研究会」の渡邊達雄先生。

 

 志度寺から「当願堂」まではバスで移動。「当願・暮当」の伝説やら、石碑などの説明を受ける。ここから「広瀬橋」まではまたもバスで移動。

 

 さぬき市造田宮西の広瀬橋から長尾寺までは、徒歩で旧へんろ道を歩きながら道標などを調べて歩く。ここでは「へんろ墓」について説明を受けている。おかねを持っていたおへんろさんは、こうしたお墓を建ててもらえたが、時代の趨勢で、墓地の隅っこに追いやられてしまっている。

 

 市役所を9時過ぎに出発して、長尾寺を出たのが11時前だった。ここではトイレ休憩ののち、チャーターしたバスで「一心庵」に向かう。

 

 さぬき市長尾西にある「一心庵」では小豆島のお接待講の石碑などを学ぶ。ま、歴史がわかるのは石碑くらいなもの。木や板では朽ちてしまう。

 

 一心庵から、この「高地蔵」までも歩き。ここは、旧長尾西村・長尾名村・前山村の村境に建てられ、高地蔵・大師堂・石仏・磨崖仏などがある地点である。このあたりは水害の起きやすいところであった。高地蔵は阿波に多く、阿波の人が多和を越えて讃岐にたくさん訪れていたので、水害に強い地蔵の作り方を伝えたのではないだろうか。

 

 ちょうど12時過ぎに、前山地区活性化センターに到着。ここでお弁当が用意されていた。ご飯は苦手だなぁと思ったが、出されたものはいただいてしまった。

 

 お昼からは「多和地区」に入った。ここは34丁石付近で、昔の旧へんろ道に入って、竹藪の中を藪こぎして歩く。私は、こうしたところで、道路を渡るときに車に注意して安全にみんなが渡れるように合図したりするし、竹藪に先回りをして倒れた竹や倒木を片付けたりする。

 

 竹藪から出てきた一行は、バスで「竹屋敷」まで移動して、こうした旧へんろ道を歩いたり、道標や丁石を確認していく。ここから大窪寺までは完全に歩き。私は車で伴走。

 

 16丁石付近の旧へんろ道を歩く。落ち葉やこけ道だから「雲の上を歩いているよう・・」などとうかうか気分。街の人はこんなところを歩く機会がないというもの。

 

 こうした石碑などにも「阿波」とかの文字が刻まれている。ここにもへんろ墓が集められている。

 

 そして、大窪寺を過ぎて、大窪寺墓地まで歩いておしまい。ここには、大窪寺周辺にあったへんろ墓を集めている。15時前に、この研修は終わって、みなさんはバスに乗って帰って行った。私はここでお別れして自宅に向かって直行した。

 

 今日の掲示板はこれ。「過去や未来に生きることより 二度と帰らぬ今を生きたい」という松山千春松さんの「今を生きたい」という歌詞の一節である。

 なみだがほおをひとつこぼれて
 どうしてこんなにかなしいんだろう
 つぶやくたびに心がすこし
 やさしくなれるとおもえるといい

   こんなじだいと そらをあおげば
   しろくうかんだ くもはながれる

 過去や未来に 生きることより
 二度と帰らぬ 今を生きたい

 というもの。(作詞作曲:松山千春) そうだね・・・というしかないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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