まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

寒桜 カメラマンの手に 念珠あり

2017年02月13日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は2.6度から9.2度、湿度は86%から60%、風は3mから5mの西の風が一時は強かった。明日の14日は、気圧の谷や寒気の影響で、概ね曇りで、朝は雨や雪が降る見込みらしい。

 

 月曜日は資料館も図書館も博物館もお休みなもので、ぽっかりと空いた日をどこですごそうかと考えて、久々にここに来てみた。

 

  丸亀市綾歌町栗熊西にある「梵音山真興院福成寺」という浄土真宗本願寺派のお寺さんである。

 

 ここには、このように、住職さんが植えたとされる「寒桜」があって、今を盛りと咲いている。通りかかったおじいさんが、「一ヶ月も咲いたら、散り出したのぉ~」と、独り言を言いながら歩いて行った。一ヶ月前いうたら、1月の13日やないかい・・。そんなに早くから咲いておったんかいな・・・。

 

 「寒の桜は強いのぉ~。染井吉野は一週間から十日で散るけんのぉ~」と、もう一人のカメラマンにも話しかけて通り過ぎた。そっかぁ・・、もう、終わりなのか、道理で人が少ない筈だ。

 

 この、福成寺の開基は、聖武天皇の頃、行基の開山と伝えられる。嘉承元年(848)真言宗に、応永28年(1421)、中興の祖、了圓により、真宗に改宗した。後小松天皇の応永元年(1394)、長尾大隅守の執権職であった幡多惣左衛門正家が68歳の時、出家し了圓と号し、この地に福成寺を再建した。

 

 了圓の後、 長尾元高の第9子、高乗をその嗣とし、乗高と号し、当山第二世となった。以後、法灯連綿今日迄及ぶ・・・とある。諸堂宇も整い大いに盛んであったが、天正の兵火で焼失。以後再建され、天正14年には、羽柴秀吉から京都大仏殿供養に命ぜられている。

 

 そんなことを、本堂の上の額に詳細に書いてある。ご本尊様に合掌お念仏。

 

 風が吹くと、ハラリ、ハラハラ・・・と花びらが散っていく。

 

 香川のNHKのテレビもラジオも、この話題ばかり。さぬき市沖のなまこ猟の網に、この「白いナマコ」がかかったというている。で、さぬき市大川町にある「雨滝自然科学館」という所に移されて展示されている。数年前にも、同じようなことで、そこで展示されていて、そのときの画像である。突然変異で白くなったものだが、非常に珍しいものだというていた。

 

 昼から、担当区域内を歩いてパトロールしてきたが、今年は梅の花が少ないなぁと思う。菜の花はあちらこちらで見かけるけれど、ふきのとうは全く見かけなくなった。

 

 人影は見かけないが、サルの姿だけはあちらこちらのひだまりで遊んでいる。

 

 もう、そのあたりは排泄物だらけ。気をつけて歩かないと・・・。

 

 東かがわ市の「湊川」沿いに行ってみたのだけれど、そこに植えられた「河津桜」はほんの数輪が花開いた程度。ここの見所はまだ先のことのよう・・・。

 

  今日の掲示板はこれ。「よく自分に問うてください。一度きりの人生をどのようにいきていくのかを・・・・」というもので、今日、お邪魔した「福成寺」さんの入り口にあったもの。「よく自分に問うてください。一度きりの人生を、どのように生きるかを。善人になるより、悪人と気づくことのほうが難しい。」というのが元の言葉らしい。山本有三さんの言葉に「たった一人しかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら 人間に生まれてきた甲斐がないじゃないか」とある。私たちは一度きりの人生をどう生きるかを、よく自分に問うてみなければならない。人生は何が起こるかわからないもの。時にまさかということも起こってくる。いつ人生が終わるかもわからないのだから、まさに、いまが大事なのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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