
(承前)
東北新幹線はやて37号は、21:28に、新青森に着いた。
21:38に出る普通列車に乗り換え、青森へ。
新青森駅のプラットフォームから見る景色は大雪で、いよいよ北海道が近づいてきたという実感がわいてきた。
新青森−青森間はわずかひと駅。
21:44に青森に着いた。
ここで誤算だったことがある。
2008年、八戸から青森まで、在来線特急「つがる」に乗り、青森で夜行急行「はまなす」に乗り換えたときは、青森駅のプラットフォームのキヨスクで、ビールやらおつまみやらを買い込んで「はまなす」に乗車した。
ところが、この夜は、プラットフォームの店舗は、すべて閉まっていたのである。
盛岡フェザンでお酒を買っておいて良かった。
改札口を出てみたが、駅舎の中にも店は見当たらず、座って休めるいすも少ない。
3年半のうちに、これほど「はまなす」利用者が冷遇される事態になるとは…。
(そもそも、「はまなす」が新青森発着でなく青森発着というのは、相当にめんどくさい)
青森駅で、この旅行記の最初のエントリを書いて、アップした。
「はまなす」は22:42発。
いまや、JRに残る数少ない急行列車である。
1988年の青函トンネル開業と同時に生まれた列車なので、意外と歴史は新しい。
いす席の車輛やカーペットカーなども連結しているが、筆者は老人なので寝台車である。これまた、数少なくなった、個室でもデュエットでもない、昔ながらのB寝台である。

ご覧のように、寝返りも打てない幅の狭さである。しかし、それでも、シートに座って寝ていくよりは、よほど楽だ。
2段式だが、けっきょく上の段には、だれも乗ってこなかった。
札幌に翌朝6:07着。
エキナカで軽食。
札幌発7:21の特急「オホーツク1号」に乗車。ほぼ満席だが、なぜか筆者のとなりには誰も乗ってこなかった。
正午少し前に北見着。
所用があって会社に寄り、市内バスで帰宅。
以上で、旅行記は終わりである。
長々とおつきあいいただき、ありがとうございました。
東北新幹線はやて37号は、21:28に、新青森に着いた。
21:38に出る普通列車に乗り換え、青森へ。
新青森駅のプラットフォームから見る景色は大雪で、いよいよ北海道が近づいてきたという実感がわいてきた。
新青森−青森間はわずかひと駅。
21:44に青森に着いた。
ここで誤算だったことがある。
2008年、八戸から青森まで、在来線特急「つがる」に乗り、青森で夜行急行「はまなす」に乗り換えたときは、青森駅のプラットフォームのキヨスクで、ビールやらおつまみやらを買い込んで「はまなす」に乗車した。
ところが、この夜は、プラットフォームの店舗は、すべて閉まっていたのである。
盛岡フェザンでお酒を買っておいて良かった。
改札口を出てみたが、駅舎の中にも店は見当たらず、座って休めるいすも少ない。
3年半のうちに、これほど「はまなす」利用者が冷遇される事態になるとは…。
(そもそも、「はまなす」が新青森発着でなく青森発着というのは、相当にめんどくさい)
青森駅で、この旅行記の最初のエントリを書いて、アップした。
「はまなす」は22:42発。
いまや、JRに残る数少ない急行列車である。
1988年の青函トンネル開業と同時に生まれた列車なので、意外と歴史は新しい。
いす席の車輛やカーペットカーなども連結しているが、筆者は老人なので寝台車である。これまた、数少なくなった、個室でもデュエットでもない、昔ながらのB寝台である。

ご覧のように、寝返りも打てない幅の狭さである。しかし、それでも、シートに座って寝ていくよりは、よほど楽だ。
2段式だが、けっきょく上の段には、だれも乗ってこなかった。
札幌に翌朝6:07着。
エキナカで軽食。
札幌発7:21の特急「オホーツク1号」に乗車。ほぼ満席だが、なぜか筆者のとなりには誰も乗ってこなかった。
正午少し前に北見着。
所用があって会社に寄り、市内バスで帰宅。
以上で、旅行記は終わりである。
長々とおつきあいいただき、ありがとうございました。












「河北新報のいちばん長い日」など、震災関係の本も読み、しっかりと記憶に、心にとどめておきたいと思います。ありがとうございました。
>震災後、10ケ月も経つのに街の風景は痛ましいですね。ここに人が住んでいて、生活があったはずですから。
まさに、そうなんですよね。
しかも、自分が見たところ以外にも、壊滅状態になったところがたくさんあるのですから…(その上、今回は福島第一原発が状態をさらに難しくしている)。
あと「河北…」は、自分と同業なので感じるところがあったという点が多々あると思います。
わたしは震災関連の本はあまり読んでないので、ご自身の興味のありそうな本を選ばれたらよいでしょう。