北海道美術ネット別館

美術、書道、写真の展覧会情報や紹介。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメント、トラバはお気軽に。略称「ほびねべ」

■伊藤光悦展 (2014年3月8〜16日、札幌)

2014年03月11日 14時46分18秒 | 展覧会の紹介−絵画、版画、イラスト
 
 膨大な被害をもたらした東日本大震災からちょうど3年。
 北広島の画家、伊藤光悦さんが、震災をテーマにした個展を開いている。

 震災と、それに続いて発生しいまも収束していない東電福島第1原子力発電所の事故に、大きな衝撃を受けた美術家は多いが、直接的に震災を描いている画家は決して多くないだろう。
 妙な言い方かもしれないが、伊藤さんは、その任に、道内ではもっともふさわしい画家である。
 なぜなら、原発事故は「現代文明の危機」という様相を強く持っているが、伊藤さんこそは、現代文明の危機を、表層的にではなく、精神の深い部分で、とらえようとしてきた一人だからだ。

 伊藤さんは、1994〜95年には「石棺」「石棺の街」という、チェルノブイリに材を得た絵画を発表している。
 それらは、ただのプロパガンダではない。もっと静かに、重苦しく、人間の存在の危うさというものに迫っている。

 図らずも、それらの作品は、予言になってしまった。
 2002年の個展の紹介文で、筆者は
「伊藤さんは、現在という位置から、廃墟を幻視できる目の持ち主なのかもしれません。」
と締めくくったのだが、本当にその通りになったのではという思いがぬぐえない。
 つまり、抽象画家が戦中にいきなり戦争画を描き始めたようなあり方とは正反対といえる、ある種の「持続する志」を、そこに感じるのである。


 冒頭の画像、大きな2点の絵に挟まれて並んでいるのは、スケッチや小品である。

 伊藤さんは、震災後2度、被災地を取材しているが
「なんだか悪い気がして、とくに1度目はほとんど写真は撮れなかったし、スケッチブックを開くこともためらわれた」
とのことである。
 わかる気がする。

 なので、会場にあるうちのかなりの部分は、現地でスケッチしたものではなく、北海道に戻ってから記憶を頼りに描いたのだという。

 手前にあるのは「ぼくの海」。
 二紀展に出品した作を100号にダウンサイジングして再制作したもの。
 防波堤で釣りに興じる子どもを題材にした、一見おだやかな光景だが、コンクリート壁には、人物の影がうつり、震災で亡くなった人たちを暗示している。
 これは、まさに絵画でなくてはできない表現方法だと思う。

 奥にあるのは「鯨の浮いた日」。
 核兵器をめぐるドタバタを描いたギリシャ映画「魚が出てきた日」に着想を得たという。
 ただし、核物質のために浮かんだ大量の魚は、ここでは描かれていない。
 クジラの巨体の存在感が、圧倒的だ。
 美術雑誌の二紀展の評に「この目は震災を目撃していた」という意味のことを書かれた。
 なるほど。




 「営業中」。
 昨年12月、札幌時計台ギャラリーで開かれた第8回北海道現代具象展でも展示され、印象に強く残っていた1点。
 気仙沼の海岸沿いに奇跡的に残っていた、3階建ての理髪店を描いている。周辺には、津波に持って行かれて跡形もない家が多かったらしい。
 1、2階は大きな被害を受けており、とても散髪ができるとは信じられない。
 しかし、理髪店の象徴である、赤、青、白の回転灯がふたつ健在である。

 これが回っているかどうかは、絵画や写真といった静止画像ではもちろん判別できない。
 伊藤さんにお聞きすると、この回転灯は、動いていたとのことだ。
 何もかもが壊された被災地で、こういう建物に出合うと、うれしいという気持ちはよくわかる。「どっこい生きてるぞ」という人の声が聞こえてくるようである。




 左側は、「祈りの海」。
 1度目の被災地訪問から帰ってきても、現地の様子をストレートに描く気にはなかなかなれなかったという。
 海底の様子なら想像で描けるかもと思って、2点を制作したうちの1点。

 海の中らしさという観点であれば、もう1点の方がリアルなのかもしれないけど、筆者はこちらの方が好み。中央のいすが、人間の不在を象徴しているように感じられるからだ。

 もう1点の大作「ぼくの街」は、土台だけになってしまった仙台市若林区荒浜の、かつて住宅地だった一帯が舞台。ただし、実際には、遠景にちらっと見えている海は、手前の方向らしい。
 手前に、少年の影が描かれている。
 現場に黄色いハンカチが10枚以上もはためているのは、実景らしい。伊藤さんは「夕張に間違える人が多くて」と言っていた。視界に山が入らない場所が夕張にあるわけないでしょうが、と、その言を聞いて思った。




 「大地の記憶」は、今回の個展で唯一、震災前の作品。
 だが、廃墟となった飛行場を描いたこの絵の前に立つと、伊藤さんが、震災前から、「災後の風景」を見ていたことがよくわかるのだ。
 実は作者は完成後も手を入れており、遠景には福島第1原発の建屋を思わせる四角い建物が海沿いに見えるほか、その横には、汚染水を入れるタンクのような点が延々と並んでいる。


 小品の中では、「釜石市街地を通る」が印象深い。
 骨組みだけが残った家並みで、男が2階の窓からふとんを出そう(あるいは、入れよう)として動いているのが、伊藤さんの記憶に刻まれたという。


 伊藤さんは今回の個展で、震災を主題にした絵は一区切りとしたいと言う。
 やはり、テーマに引きずられるので、あらためて造形性に意を用いた作品に取り組みたいとのことだ。


 
 絵画とジャーナリズムの写真・映像が異なるのは言うまでもないことだ。そして、伊藤さんの絵が、ジャーナリスティックなものを目指しているのでないことも自明であろう。
 しかし、実は、それほど異なるものでもないような気もする。すぐれた絵画も芸術も、そしてジャーナリズムも、声高には語らなくても、ひとつの通奏低音を響かせつつ、そこにずっと存在しているのだから。
 その響きは、こういうことだ。
「忘れない」

 わたしたちは、決して忘れない。


 出品作は次のとおり。

祈りの海 II
大地の記憶
祈りの海 I
ぼくの街
営業中
ぼくの海
鯨の浮いた日

(以下、スケッチ、小品)

瓦礫堆積場 石巻市
瓦礫の道を帰る
廃棄物仮置場 福島
耐え抜く木 雄勝町郊外
釜石市街地を通る
稔りの無い畑 陸前高田郊外
気仙沼にて
幸せの黄色いハンカチ 若林地区荒浜
高田への道 陸前高田
防波堤から 譜代村付近
南相馬海岸通り
あの夏の防波堤
新築の工場

HOT SPOT
能取岬灯台
初雪の頃
浜の風景


2013年3月8日(土)〜16日(日)午前10時〜午後6時、火曜休み
茶廊法邑 (札幌市東区本町1の1)

第15回北海道二紀展 (2009)
伊藤光悦展 (2008)
伊藤光悦展(2006年)
伊藤光悦個展 (2002)



・地下鉄東豊線「環状通東」駅から約790メートル、徒歩9分

・札幌駅北口か環状通東駅から、中央バス「東64 伏古北口線」に乗り、「本町1条2丁目」降車。約180メートル、徒歩3分(1時間に1本)

・中央バス札幌ターミナルから中央バス「26 丘珠空港線」に乗り、「北13条東15丁目」降車。約460メートル、徒歩6分。なおこの路線は、環状通東、元町、新道東、栄町の東豊線各駅とも連絡

・地下鉄南北線「北18条駅」から中央バス「東62 本町線」に乗り「本町2条1丁目」から約450メートル、徒歩6分
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