北海道美術ネット別館

美術、書道、写真の展覧会情報や紹介。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメント、トラバはお気軽に。略称「ほびねべ」

■駒澤千波作品について (4) ハルカヤマ藝術要塞2017 FINAL CUT (6月11~18日、小樽)

2017年07月11日 22時33分59秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
承前

 駒澤千波「ゆるり」

 駒澤さんは札幌の日本画家。
 「ハルカヤマ」の直前にも、5月から6月にかけてギャラリーRetara で、[空宴 Empty Party]と題した個展を開きました。
 そこでは、レタラの壁面2面をフルに使った長さ13メートル(高さ45センチ)に及ぶ大作を発表し、話題を呼びました。

 立つ少女に始まり、ウサギや鳥、熱帯魚、フラミンゴ、水牛といった動物たちと、黒と金の川などの文様とを組み合わせた、絵巻物のように展開する作品は、駒澤さんの画業でもひとつの区切りのような位置を占めたと思います。

 しかし、筆者のような、理屈っぽいところのある人間からすると、ハルカヤマの作品のほうがおもしろく感じられるのです。



 19世紀フランスを代表する詩人で、文芸や美術に幅広く批評の筆をふるったボードレールは、絵画と彫刻について、つぎのように書いています。

彫刻は、自然と同じく粗暴で明確であるのに、一度に見せる面が多すぎるから、曖昧で捉えにくくもある。彫刻家がとる視点をひとつだけにしようと努めても徒労である。(中略)絵は、画家が望むとおりのものにほかならない。正しい照明で見る以外の絵の見方はないのだ。絵画には視点がひとつしかない。絵画は排他的で専制的なのである。だから画家の表現の方がはるかに強力なのだ。
(「1846年のサロン」) 



 筆者には、視点が複数もてることのほうが、すぐれているように思われるのですが、それはさておき、絵画(タブロー)を見る視点は、一つではありません。
 タブローにおいては、絵の具は層をなして重なっており、層によって光沢の有無も異なります。つまり、作品の前で見る位置を変えると、色合いなども微妙に変わってくるのです。
 まして、絵の具はいつも平滑に塗られているとはかぎりません。とりわけフォービズム以降は、絵の具を盛り上げるのは平常の手段となりました。

 ですから、厳密にいえば、タブローを、印刷物で完全に複製することは不可能なのです。

 ところが、今回の駒澤さんの作品は、見る側が視点を微妙に変えるのではなく、絵のほうが動きます。しかも、表になったり裏になったりします。
 モビールという形態はこれまで彫刻のカテゴリーでとらえられてきましたが、この作品はモビールの絵画なのです。

 彫刻が複数の視座から見られるのと同じように、この絵画はおのずから複数の視点から見られることを望み、存在しています。そういう絵画の存在のしかたそれ自体がおもしろいと思うのです。 


□ブログ http://chinakoma.web.fc2.com/

駒澤千波展 (2013)


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