現代人に暗い日曜日は存在しない。
渋谷文化村シアターコクーン で下谷万年町物語を観劇した。
唐十郎の戯曲を蜷川幸雄が演出する芝居だ。
この芝居は30年も前に渋谷の西武劇場で上演され大反響をおこした。

セットの大規模と出演者の多さから再演は不可能とされていた芝居だ。
その下谷万年町物語が初演と同じ、唐十朗と蜷川幸雄コンビで再演された。
蜷川は度肝を抜く異色キャストで、宮沢りえを主役のキテイ瓢田に抜擢し登場させた。
この物語は『オカマ』の物語です。

どうして、暗い日曜日とオカマの話しが関連あるのか?
この戯曲の舞台である昭和30年頃の下谷万年町はオカマの街だった。
私は、昭和35年ごろ、新宿三丁目のゴールデン街で息を潜めていた、
オカマ達を知っている。
唐十朗は少年時代を下谷万年町で育ちこのオカマの戯曲を書いた。
私は15歳の時にゴールデン街と縁があった。
オカマは異色の存在で軽蔑されていた、彼らは醜悪で怠惰だった。
オカマは男娼です。
オカマは醜い汚れた存在でした。
オカマたちは息をひそめて世間から隠れていた。私はそんなオカマたちを
よく見かけた。

私はオカマを密かに愛し連帯感を有していた。
オカマは世間に媚びることなく暗い街で秘っそりと生きていた。
オカマは化粧をして衣装をまとっていたがモノトーンだった。
オカマたちと私のキーワードは『連帯を求めて孤立をおそれず』
私の精神的バックボーンが、このキーワードだった。

昭和の中期はアーウトローの時代だった。
皆が生きることに大変で生活に余裕もなかった。

でも輝いていた。生きていればなんとかなる、走っていれば未来はある。
労働者も学生も希望を捨てず闘っていた。
オカマも反権力を貫いた。

下谷万年町物語はこの時代のイデオロギーの芝居だ。
女優の出演者は宮沢りえ一人、彼女は凄かった。
『暗い日曜日』は浅川マキが、あの時代を見事に表現した歌。
学生運動が燃えていた。
闘争に参加していた多くの学生は、東大の華と慕われた加藤登紀子に夢中だった。
浅川マキはアウトローの存在だった。
加藤登紀子を愛した闘争家はみんな転向しエリートの道を歩み以後、
日本の支配階級に成長した。
浅川マキを愛した闘争家は最後までイデオロギーと心中し時代から消えていった。
私の愛した浅川マキ も消えていった。
加藤登紀子は老いても健在だ。
現代人に暗い日曜日は存在しない。
浅川マキや下谷万年町のオカマの時代は、日本の皆が暗かった。
でも希望に向かって進もうと強い意志がみなぎっていた。
現代は暗黒の時代だ。
国は破産状態、高齢者社会、原発危機、無能の政治。
将来の年金が保証できない状況なのに若者は行動しない。
マスコミも真剣に政治を弾劾しない。
この国に明日はない。
だれも無関心。
オカマが日の当たる場所を闊歩している。
テレビのバラエティー番組はオカマだらけだ。
誰もがオカマをお笑い芸人 のごとく扱う。
オカマが照明の中で喝采を浴びる
異次元の世界と決別し、未来の子孫のことを真剣に考えよう。
今、この国は最後の審判を受けている。

オカマはオカマです
人の生き方はそれぞれ、誰がどう生きようと自由だ。
人には人権も思想も有る、無法な侵害は許されないことも確かだ。
でも
下谷万年町物語は、こんな社会を警告している。
思考が止まった社会は破滅するだけ。
表の事象が表に、沈没しそうな体制を浮上させる努力を。
私は暗い日曜日を忘れない。










