いそのまさはるの教育間欠泉

中学校教師を定年退職し、現在は大学非常勤講師をつとめる立場から、折に触れ教育課題への発言を間欠泉の如く吹き上げます

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「教育勅語」の復権をめざす人たちのアナクロニズム

2017年04月04日 | 日記

 いわゆる「森友問題」が表面化していらい、「教育勅語」を肯定する人たちの発言が相次いでいる。もっともそういった戦前回帰をめざす人たちは、決して「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」(万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ<ウイキペディアより>)という「教育勅語」の本質には触れない、というか意図的に隠している。

 で、曰く「教育勅語にはいいところもある」というわけである。これは戦前回帰をめざす人たちの常套手段で、自分たちが本来復権させようと思っているが、未だ国民の支持を得れないことは隠して、言葉尻だけで受け入れらそうなことを持って「いいところもあった」と喧伝していく。そして時間をかけて本質の部分をも受け入れさせることを企図しているのだ。

 しかし、彼らのいう「いいところ」は、本当に「いいところ」なのか。彼らは「父母に孝行」「兄弟は仲良く」「夫婦は協力」などが「いいところ」だという。しかし、こうした徳目はどのような社会状況の中で掲げられたのか言うことをしっかり押さえておく必要がある。

 そもそも「教育勅語」が発布された1890年における日本の産業構造は、第一次(農林水産業)従事者が75%前後。全家庭の4分の3程度が農家だった。また、都会の勤労家庭でも夫婦の共働きなどはほとんどなく結婚した女性の大半は専業主婦であった。

 そのような家庭の状況の上に、父親を中心とした家父長制と長子相続が家庭の在り方の基本をなしていた。戸主たる父親は家族対する絶対的な権限を有し、明治憲法下の旧民法で家族の婚姻や養子縁組に対する同意権を持っていた。また、妻は「禁治産者」とされ、個人で契約を結ぶことはできなかったし、刑法上、妻だけに姦通罪があった。制度的にも男尊女卑で貫かれていた時代であったのである。

 戦前回帰をめざす人たちのいう「教育勅語」の「いいところ」というのは、こうした男尊女卑社会、家父長制を前提にし、そこに異議をとなえない「父母に孝行」「兄弟仲良く」「夫婦は協力」なのである。これが、男女共同参画社会、個々の人格を大切にする現代社会とマッチするはずもない。

 TPPをみてもわかるように、日本の保守政治家は今以上に日本の農業を破壊し、農業従事者の減少させる政策を進めている。また、勤労家庭でも、父親のみの給料で家族の生計がなり立つようにはなっていない。さらに長時間労働で家庭における父親の存在は低下し続けている。こうした状況をより進めていきながら、精神だけは戦前に回帰させようとするのはアナクロニズム以外の何物でもない。

 ましてや、「教育勅語にもいいところがあった」とうそぶく女性保守政治家が、実は戦後の男女平等と個人の自由化の進展の中で誕生した人たちだということは滑稽ですらある。

 

 

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