いそのまさはるの教育間欠泉

中学校教師を定年退職し、現在は大学非常勤講師をつとめる立場から、折に触れ教育課題への発言を間欠泉の如く吹き上げます

講演後の「質問」に答える難しさ

2016年09月15日 | 日記

 仕事がら研修の講師など、講演を頼まれることが多い。で、その講演の最後に「質問に答える」時間が用意されていることがある。実をいうと、これって話す側すると結構難しいのだ。

 質問者が質問している間に、その要旨や質問者がそこに込めた思いをくみ取らなければならない。同時に、すぐに答えられるように頭のなかで答える内容を組み立て置かなければならない。この二つを同時進行的にしなくてはならないので、司会者などが思っておられるほど簡単なことではないのである。

 で、ときにはうまく答えられず、帰りの電車の中で「ああいえばよかった」「「こういえばよかった」と反省することしきり、重たい気分になってしまうこともある。

 今夏、ある市で行われた経年3年の若い教師を対象にした研修でもそうした体験をした。

 講演のテーマは「学級集団づくり」だったが、講演後の質問で、一人の男性教師が「クラスの子どもたちの中に敵対関係があって、一方が暴力をふるい出席停止にせざるをえなかったが、こういうことはどう考えたらいいのか」と発言した。しかし、ぼくは彼の発言を聴きながら、その要旨が十分に把握できず、「出席停止の是非」を訊かれていると思ってしまい、ずいぶんと的外れな答えをしてしまった。彼が納得していないことはあきらかだった。

 で、例によって重たい気分で電車に乗っていてハタと気が付いた。彼が訊きたかったのは、「同じクラスの子に暴力をふるう子がいるなかで学級集団づくりをどうすればいいのか」ということだったのだ。

 だとしたらぼくの答えはこうだ。まず、その暴力をふるう子の心の中に何があるかを考え、その闇に共感しながら、暴力という誤った行為は厳しく批判すること。そして、同じクラスの子に暴力をふるうということは、クラスの中に、不寛容な世相を反映して、「非行」に走る子を排除しようという空気があることが、その子の暴力の矛先をクラスに向けさていると考えられるので、そこに切り込むという学級づくりの課題があると・・・・

 その質問の後すぐにはこう答えられなかったぼくは、まだまだ未熟な講演者だ。

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