ぐるぐるねこぐるま

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「忠臣蔵」

2016-10-29 23:05:42 | よもやま

 「時は元禄十五年・・・・」
 その台詞を日本人はどれだけ聞いてきただろうか。

 先日、里見浩太朗主演の「忠臣蔵」の話を書いたので見たくなって、
 長い時間だけどTVで見た。

 この作品は泣き所が満載で、
 今日でも私は何度泣いただろう・・・。
 いや、歳を取って涙もろくなっているのかもしれないけれど、
 この作品に含まれているエピソードがどれもこれも切ない。

 ある武士は大工の棟梁の妹と許嫁になり、
 吉良邸の絵図面を手に入れようとする。
 そしてまたある武士は吉良邸の腰元と結婚を言い交わし、
 これまた邸内の様子を聞き出そうとする。
 
 大石内蔵助が東下りをした際に「垣見五郎兵衛」と名乗った宿に、
 その本物の垣見五郎兵衛がやって来て、
 巻物のふくさに描かれた浅野家の紋所を見て正体を見破り、
 自分がかぶっていた「日野家」の紋所のカブトを進呈する。
 「日野家の家紋、本物には本物がよく似合う」
 そう言って武運を祈るシーンがあってもの凄く泣ける。

 また矢頭右衛門七という元服前の年少者が、
 父の病気で出立が遅れ、年老いた母と東海道を急いでいるとき、
 ある関所で「女手形」を要求される。
 右衛門七は「赤穂まで母を送って帰って、また急いで立ち戻る」と言うが、
 その母は「冷たい箱根の清水が飲みたい」と言って汲みに行かせて、
 その間に道ばたで首を切って自害する。
 「これ以上、同士の方々に迷惑をかけてはいけない」と言ってコト切れる。

 そして討ち入り前夜、内蔵助は亡き主君、内匠頭の妻である瑤泉院の元を訪ねるが、
 密偵がいることを察知し、
 藩の財務処理が終わったので明細を受け取って欲しいと言葉を濁す。
 討ち入りや仇討ちの決起を伝えられないままの内蔵助に、
 瑤泉院は怒って罵って返してしまうが、
 その仏壇に供えられた巻物は浪士の血判状だった。
 内蔵助が雪道の南部坂を帰っていくとき、
 瑤泉院はその真意を知るのだった。

 この話は今から300年程前の、一つの小藩の忠義の話だが、
 歌舞伎にも仕立てられ、日本人の精神に脈々と伝え続けられていると思う。
 主君にここまで忠義を尽くせた当時の武士。
 改易になり、浪々の身となりながら1年半以上も苦難に耐えて、
 その間に情報を密かに集め、そしてその長い時間・・・・
 それでも「主君の恩を忘れず、忠義のみに生きる」四十七士。
 「BUSHIDOU」と外国人が理解できもしないのに憧れるのも無理はないと思う。

 私はこの話が300年経っても日本人の心を打つのは、
 主と臣下という枠を越えた、錄を与える形だけの付き合いだけではなく、
 本当にこのお殿様に仕えたいと思える信頼に憧れるからだと思う。

 内匠頭が江戸城の平川門(不浄門)から駕籠で出されるとき、
 お側に仕えていた忠臣が、橋の脇に控えて並び、
 「片岡源五右衛門でござる!」
 「磯貝十郎左衛門、ここに!」
 と、顔も見えない主君に声をかけるシーンが、それを物語っている。

 

 

 

 

 くぅ

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