まなびの途中

色々な仕事をしてまいりました。
色々な出会いがありました。
勘違いもありますが、
学んだことを書いてまいります。

小林よしのり氏と斎藤貴男氏の対談

2006年06月04日 | 本・映画
土曜の深夜。相変わらず、夜中は頭がまわりません。
ちょっと、面白い記事がありました。
月刊 現代 7月号からです。
激突対談と称して、小林よしのり氏と斎藤貴男氏の対談です。
「中国にまだ謝罪が必要か」というタイトルです。

斎藤氏は、旧日本軍が行った「重慶爆撃」の被害者や犠牲者遺族が日本政府に
謝罪と損害賠償を求めた訴訟を、支持するコメントを出しております。
一方で、小林氏はそれに対しての批判を、行っております。
よって今回の対談は、まさしく直接対決、といったところです。

小林氏は、重慶爆撃を無差別空爆であったゲルニカの空爆になぞらえる
斎藤氏に真意をただします。
斎藤氏は、その表現方法について、素直に軽率さを認めます。

斎藤氏は結局のところ、戦争責任について、端的に「加害者責任」を重要視
いたします。

小林 「ということは、戦争をやったこと自体の責任ということ?」
斎藤 「というか、無辜(むこ)の人間を大量に、まあ人数が少なきゃいいと
    いうもんでもないけど、無辜の人々を殺した責任ですよ」
小林 「でも戦争になれば必ず死ぬよ」
斎藤 「だから、戦争はどんな状態であっても絶対にやっちゃいかん。
    仮にどうしても避けられなかったとしても、戦争を指導した者は
    終わったあとで、自分自身はやむを得ないことだと思っていたとしても
    腹はきらなきゃいかんのです」
小林 「それは戦争に勝っていても?」
斎藤 「そうです」

小林氏は、それはおかしいよ、と反論をしていきます。

正直言って、自分は斎藤氏の本は、何冊も読ませていただきました。
感銘を受けた本もありました。
が、今回の彼の意見は、今まで何度も聞いている、あの戦争の反省が
未だに足りない。というものと変わらないように思えます。
彼が対談中で、贖罪意識を忘れずに持ち続けなければいけない、といいますが、
もちろん、それは、非常に正しい意見だと思います。

ただ、過去の犠牲者に対して、これからも起こってくるであろう訴訟の数々に
対して、積極的にコミットすることと、
今現代の戦争を「抑止」する方法を検討することと、なんだか、大きな溝を
感じざるを得ません。

結局2人は、国際法を論点に話を進めますが、
小林 「あなたが言うようにね、国際法がもっと厳密になって、
    戦争を起こしても民間人からは一人の犠牲者も出してはいけない
    というぐらい国際法が世界に通用するようになればいいなと、
    このわしも思うよ。そうなれば、戦争なんてできないだろうからね」
斎藤 「うん、それでいいじゃないですか」

斎藤 「国際法は大事です。でもどこまで厳密に守ったって、犠牲者は出て
    しまうと思う。だから国際法云々の以前に、戦争はすべていけない。
    その意見は変わりません」

ここにいたって、なんで、こういう人達は、いままでの社会派ジャーナリズムの
人達は、いつも、ナイーブというか、純粋になってしまうのか。
悪は悪。善は善。加害者は加害者。被害者は被害者。
わかるんだけど、そんなの、わかっています。
でも、わかっているんだが、なぜ、その時に戦争がおこってしまったのか、
システムなのか、人間本来の本質的なものなのか、どうなのか。

我々は、全然、成長もしていないのか?学んでもいないのか?
だから、犠牲者の遺族を「支援」してでも、これでもかと「贖罪意識」を
植えつけようとするのであろうか?

小林は最後のほうで、過去の加害者責任とやらをいくら喚起させようとしたって
問題は過去のことじゃなくて、いま現在のことでしょう、という。
過去のことを言い募ったとしても、今に、何らの効果があるとは思えない、という。

で、斎藤氏は「だけど、まったく誰も言わないよりは、僕だけでも発言しておいた
ほうがいい。」に、また行ってしまう。

そして小林氏が最後に、責任を取るということは、何も過去の事例にだけではなく
今現在においても、同じように必要だとし、
アメリカに頼りきって、何一つ、自主的に解決することができない、
解決しようともしない、日本人の「虚無主義」を覚醒させるためにも
自主防衛に「転向」するよう、斎藤氏にエールを送ると、

斎藤氏、反論できない。

全ては、今現在を、どのように「ハンドリング」していくか。
そして起こった事に、どのように責任をもってあたれるか。
その為の、過去の累々たる歴史があるわけで、
勝手な意見だが、あの戦争はこうしたら、負けなかった、という連中の意見と
斎藤氏が言う、これからも戦争被害者を取り上げていく、というのは、
なんだか、どちらも「生産的」でない、同じような意見の気がするのだが、
どうなんだろう。

だめだな、夜中は、本当に頭がまわらない。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿