ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

太魯閣渓谷その10 トンネルの橋

2009年05月31日 | 旅行
長々と続いてきた太魯閣シリーズ、最終回です。
九曲を過ぎてどんどん下り、燕子口をめざしましたが、燕子口の手前でタイムアップになったの以前書いたとおりです。
で、その燕子口に向かう途中の光景。トンネルの中を橋が通っている・・・どうやって作ってるんだろうなあこれ。


途中でみかけた観光バス。トトロって龍猫なんですね。この漢字は街中でもみかけました。
って、いいのかよこのバス・・・(汗)絶対許可取ってないよな・・・
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シルマリル再読

2009年05月31日 | 指輪物語&トールキン

というわけで入院中に読破したシルマリルの感想を(笑)
これで読むのは3回目? いや4回目かな。
前回(多分3回目)読んだ時にも思ったんですが、なんだかようやく話についていけるようになったような・・・(汗)
未だにノルドールの家系図とかあやふやですが(特に固有名詞が出てきた時、誰がフェアノールの息子で誰がフィナルフィンの息子で・・・というのがよくわからず(汗)フィンゴルフィンの子供は少ないんでさすがに覚えましたが)、おおまかな話の筋を覚えてきているので、読みながらも色々と理解しながら読めるようになった気がします。
たとえば、全く歴史を知らない国の歴史をいきなり読んでもなかなか覚えられないように・・・・。ある程度勉強してながれがわかってから読むと、ああなるほど、と理解できるようになるものですよね。って私だけか?(汗)
今のこの状態で「中つ国の歴史地図」を観たら、前よりも理解できるようになっているかな?
ホント、中つ国の歴史についての教科書が欲しいですよ(笑)フェアノールの息子たちの名前の暗記の語呂合わせとか誰か編み出して欲しい(笑)
とまあそんな感じで読んでいて、改めて思ったのは、熱心なカトリック教徒だったトールキンが、神と現世とのかかわりについてどのように考えていたのか、というのがよく現れているなあということでした。
神話・伝説に興味を持ちながらもキリスト教の神を信じている、というのをどのように矛盾させずにいたのか、というのがとても興味深いと思うんですよね。
唯一神イルーヴァタールの下に神話で言う神々、実は天使のような存在のヴァラールがいて・・・という設定は、初めて読んだ時には「上手いこと考えたな~」と思ったものです。
今回は一歩踏み込んで?なぜ神が現世に干渉して来なくなったのか、という歴史をトールキンなりに形作ったものなんだなあ、と思いました。
罪を犯したが故に見放され?、神々が離れて行ってしまった過程が、現世では神が具体的に救済してくれるわけではない、ということを説明しているようで、なるほどなあと思うのです。
不遇の少年時代を過ごし、母とは辛い別れをし、後には第一次世界大戦で戦場の無情さも経験しているトールキン。場合によっては「こんなに信仰しているのになぜ神は救ってくれないのか」と思うことはなかったのかな・・・と無宗教な私などは思ってしまうのですが、本当に信心深い人にとってはそういうものではないんだなあ、と改めて思いました。
少し前に、「グイン・サーガ」の124巻で、ローマ時代のキリスト教をモデルにしたと思われるミロク教徒の巡礼が草原の盗賊に惨殺され、それを目の当たりにしたミロク教徒のヨナの信仰の心が揺らぐ、という場面があったのですが、それを読んだ時、トールキンのことを思いながら、所詮無宗教の人が書いたものだな・・・と思ったものです。
ちょうどこの前に「トールキンによる指輪物語の図像世界」を読んで、トールキンが中つ国の神話を考えるにあたって、頭の中に浮かんだイメージをもとにしていた部分が多々あるのだということを知ったところですが、そういう直感的なイメージ+もともとの神話・伝説への造詣、に加えて、トールキンのクリスチャンとしての思想も、中つ国の神話物語のもとになったんだなあ、ということをしみじみ感じました。
で、この本に出てくる伝説的エピソードでは、今まで感じたように、ベレンとルシアンの物語よりも、トゥオルとトゥーリンの物語に惹かれますね。トゥオルとトゥーリンのことについては、今読んでいる「終わらざりし物語」を読んでから感想書きたいと思いますが。
あと、やっぱり白い姫君アレゼルが好きだなー。彼女の奔放さがゴンドリンの滅亡を招いたとは言え・・・
そして、エルロンドの生い立ちがもっと詳しく書いてあったらなあと思ってしまいます。幼少のうちに両親が文字通りお星様になってしまい(汗)連れ去られた先ではフェアノールの息子クルフィンに育てられ、敵ながら愛情が生まれ、双子の弟エルロスは有限の命を選択して永遠に別れ、付き従ったギル=ガラドも戦いに斃れ・・・妻は先に西へ旅立ち、最後には娘と永遠に別れることになり、とかなり数奇な運命を辿っているのに、エルロンドに対する記述があまりないのが残念です。
でも、トールキンも序文に載った手紙で、「エルロンドは全ての物語に出てきます。『ホビット』にさえも」と書いており、エルロンドの存在の数奇さは意識していたんですね。敢えて全てを観てきた傍観者?として、物語の中心には出さなかったのかな、とも思います。
奥方についても思うところはありますが、これも「終わらざりし-」を読んでからにします。
最後の力の指輪の話のあたりは、「ホビット」や「指輪」の話をこういう違う視点で要約すると全然雰囲気違って面白いな、と思いますねー。実際、「指輪」の序章で「ホビット」の話の要約を読んでいて、あとで本編を読んだら、かなり雰囲気が違ってびっくりしたものです。
トールキンの物語は、話の筋も面白いのですが、それに肉付けしたトールキンの描写が面白いんだなあ・・・ということも改めて思いました。これは「終わらざりし物語」を読んだ時にも思ったんですが。同じ話が、要約だけでなく、物語風に詳しく語られていると雰囲気も違うし、話にもずっと入り込みやすくなります。
風景描写や、登場人物たちの描写、軽妙な会話や悲しい会話など、トールキンのストーリーテラーとしての才能はやはり高いなあ、なんてことも思いました。
トールキンにもっと時間があったら、全ての物語を感動的な作品に仕上げてくれたのかな、なんて思っても甲斐のないことを考えてしまいます。せめて「ゴンドリンの陥落」は仕上げてくれていたら良かったのになあ・・・
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太魯閣渓谷その9 九曲洞つづき

2009年05月30日 | 旅行
休みの間にどこまで進められるか、の台湾旅行記の続きです。(2週間でも終わらない可能性あり・・・(汗))
さて、九曲洞の写真の続きです。同じようなのが続きますが・・・(汗)
道はくねくね曲がりながら川沿いに続いています。行く手にまた対岸と究極に近づいた道路が見えてわくわく。


対岸にまた滝が。


さきほどの、究極に対岸に近づいたところからの写真。対岸を見上げて撮りました。こんなに近いんですよ、対岸が! それがずーんと切り立って上から下まで続いているという。
もちろん写真にも入りきりませんが、やっぱり生で観ないとこの迫力はわからないですね~


ほぼ真上です。


進行方向にむかって普通に撮りました。下まで写真撮って合成したら面白い写真になったのになあ。残念。

というわけで写真では迫力をお伝えできませんでしたが、太魯閣渓谷のハイライト九曲洞シリーズはこれでおしまいです。太魯閣もうちょっとだけ続きます。
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トールキンによる指輪物語の図像世界

2009年05月30日 | 指輪物語&トールキン

いや~ようやく読み終わりました(汗)何年も買ったまま放置してたんで・・・
他にも読まないといけない本があったのがそんなに長く放置した最大の理由ですが、それだけでなく、わりと論文ぽいので、気軽に読めなかったというのもあります・・・(汗)そんなに難しいわけではないんですけど。
読んでみて、色々と面白かったです。もっと早く読めばよかったなあ。
ほぼ公式伝記と言われているJ.R.R.トールキン―或る伝記でも、トールキンの絵についてはほとんど触れていなくて、そういう意味ではトールキンの全てを書いてあるわけではないんだなあと改めて思いました。トールキンと馬とのかかわりも書いてないしね・・・
そうそう、今までずっと謎だった、「ホビットの耳はなんでとがっているのか」(エルフも)の謎があっさり解けました・・・(汗)以前どなたかに「どこかでトールキン自身がそう言ってたときいたことがある」と教えていただいたことがあったんですが、この本に書いてありました~。出版社への手紙の中で、ホビットの耳はとがっている、エルフほどではなくわずかに・・・と書いていたんですね~。やっとすっきりしました(笑)
この本の中ではトールキンの絵を年代別、種類別に分けて解説しています。
少し残念なのは、他の本に出ていない絵を掲載することに重きを置いているため、他の本で扱われている絵は載っていないことが多かったことです。
とくに、今ではユーズドで高値でしか手に入らないらしいPictures by J. R. R. Tolkienに載っている絵はがかなり載っていなかったので、観たいなあと思ってしまいましたよ・・・
まずは幼少期から書いていた風景画ですが、なかなかの画力にびっくりです。特に水彩画なんか素晴らしい出来でした。
結局人物画が苦手で風景画の方が得意、というのもあるのでしょうが、後に指輪やホビットの挿絵でも、風景がメインで人物は豆粒のよう、という絵を描くようになる素地がこの時すでにできていたのかなあと思います。
アラン・リーやジョン・ハウも似たようなアプローチで挿絵等を描いていましたが、トールキンの作品には合っていたんですね。というか、トールキンのそういう作風を知っていてそういう風にしたのかな。他の画家も風景を中心に描く人が多いですよね。
トールキンの風景描写の巧みさも、風景画を描く才能がある人の目で観たものを文章で描いているなら・・・と納得します。
しかしトールキンはある時期以降風景画を描くのをほとんどやめてしまい、幻想的な、自らishnessという名づけた一群の絵を描くようになったそうです。このあたりの絵は、サンタ・クロースからの手紙の絵に近い感じになって、トールキンの絵としては親しみ深いかも。
これらの絵がトールキンのイメージの中にあったのだとしたら、かなりヤバイ感じ・・・(失礼(汗))トールキン自身も嫌っていたというように、シュールレアリスムとは違うんですが、何とも形容しがたい不思議さと不気味さがありますね。
ただ、実写的な表現からこういう抽象的な表現になってくるあたり、トールキンの画家としてのレベルが上がって行ったんだろうなあということも感じさせますが。
しかし、こういうイメージからヴァリノールの光景などが構築されていたんだなあと思うと、トールキンの描いた絵というのはかなり重要なファクターですね。
しかも、後のホビットや指輪と違い、物語のために絵を描くのではなく、頭の中のイメージから膨らませて物語が生まれて行ったというのが面白いなあと。
トールキンにとっては、エルフ語に発展した言語の創作や、詩とともに、絵のイメージからもあの神話世界が生まれていたんだということがよくわかります。
そして、ホビットや指輪物語の挿絵等になると、逆に、物語を書く上で、地形や建物の形などをはっきりイメージして、矛盾しないように書くために絵を描いていたことが多かった、というのが面白いと思いました。
もちろん、頭の中にイメージが浮かんで、というのが前提にあるのでしょうが。
ただ、トールキン自身、自分の絵をあまり評価していなかったといいますが、確かにプロの画家に比べると技術的に不足している部分はもちろんありますし、絵によっては、文章から受けるイメージよりも劣るというか(汗)想像力を膨らませるためにあるべき、というトールキンの考えとは逆の方向に行っているかな、という部分もあるかなと思いました。やはりアラン・リーやジョン・ハウ、ポーリン・ベインズの絵は素晴らしいですね。それらとくらべるとどうしても・・・
でも、トールキン自身の絵が残っていることで、トールキンがどういうイメージを持っていたのかがわかるのは興味深いし、後代の人が挿絵等を描く時に、トールキン自身のイメージから遠くないものを描くことができるという意味でも重要だったのですね。PJ映画にも少なからず役立てられたはずですし。
あと、「サンタ・クロースからの手紙」などからも窺えますが、トールキンのデザイン能力の高さにも唸らされましたね。自らホビットや指輪の表紙のデザインにもこだわっていたとは。「誰か他の人がやってくれれば」といいつつも、出版社の案にはダメ出ししたりして(笑)
噂には聞いてましたが、モリアのマザルブルの間で見つかった焼け焦げた本を再現するのにこだわったりとか、ちょっとマニアックなこだわりがあったようで(笑)単なる文章だけ書く作家ではなく、視覚的なイメージも含めてのこだわりがあったのがうかがえて面白いです。
作中には歌もよく出てきますが、本当は音楽にもこだわりがあったんじゃないかなあと思うんですけどね。絵以上に専門性を持っていなかったので残っていないだけで。The Road Goes Ever onにはドナルド・スワン氏のガラドリエルの曲にダメ出しして、トールキン自ら歌ったメロディを元にした歌が収録されてますしね。
あと、ちょっと気になっていた、やはり絵のイメージから作品を書いていたミヒャエル・エンデとの関係?について、訳者あとがきに書いてあってなるほど、と思いました。エンデはどうしてもシュール・レアリスムの影響があるため、物語に不自然なところがあるという指摘もあるそうで、トールキンとはまた違うようです。
そんな訳で、なかなか面白い内容でした。これを読まずに多少なりともトールキンを語ろうとしていたことが恥ずかしいくらい、必読本でしたね~。
そうそう、文中に引用されている原作からの文を、既訳の岩波版や評論社版とは別に改めて訳していたようなのですが、不適切な訳だとも思わないし、まずい訳だとも思えないんですが、やはりどこか瀬田訳のような魅力を感じないな・・・と思ってしまいました。指輪なんか、瀬田訳のような丁寧語ではなく、である調の方が合っていると思うのにもかかわらず・・・。瀬田貞二さんの文学的センス?のようなものを改めて感じましたね。
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さかもとえいぞう@江古田マーキー 09.5.23

2009年05月30日 | 音楽(主に日本のHR?)
英三さんのアコギツアーファイナル初日になる江古田マーキーのアコギライヴに行ってきました。
今回は元H2Oの中沢賢司さんが対バンということで、イベントタイトルも「想い出がいっぱい」。
「想い出がいっぱい」と言えば英三さんのあの曲が・・・というのもあったのですが(笑)
オープニングアクトがありました。さわやかに歌ってたんですが、α波が出ていたのか、あっという間に意識を失ってしまって覚えてません・・・ごめんなさい(汗)この日5時起きだったからなあ・・・
2バンド目で英三さん登場。永野さんもサポートで最初から登場。
いきなり「中沢さんには謝らないといけないんだけど」と・・・あの曲のことですね(笑)
あと、永野さんのこと、「普段は永野CAP啓司名義で活動してますが、今日から『新さかもとえいぞう』を襲名することになりました」なんていきなり言い出してました(笑)英三さん「新加勢大周」ネタ好きだよな・・・(笑)永野さんはいまひとつ嬉しそうではなかったですが(笑)でも、襲名を機会に英三さんと同じスターブーツ(気に入ってて6足目に突入しているという(笑))を買うと自ら言い出したそうですが。
1曲目はいつものようにGuten Tagだったんですが、2曲目か3曲目で、なんかこの曲絶対知ってるんだけど初めてやるよな・・・という曲があって、途中で英光塾の「視界良好」だと気がつきました。(多分・・・(汗))アルバム持ってるけど聴いてないんだよな・・・(汗)
今回は永野さんのギターがいつにも増してカッコ良かったような気がしました。特に「ギターを弾こう」とか。聞き惚れちゃいましたよ。
で、だんだん練馬チックな選曲になって来たんですが、ダンサーとしてGeorge@佐藤氏&ロナルド・オスカー氏登場。狭いステージにでかい二人がはじっこに登場して、すごい存在感というか違和感というか(笑)
初めてのお客さんに「アコースティックのライヴになんでダンサーが必要なのか・・・はっきりいっていりません!」と言ってウケてました(笑)
曲は「蜘蛛伯爵」。前回やった時はダンスがなくて曲だけでちょっと寂しかったので、ダンサーの二人の登場は嬉しかったですねー。懐かしい振り付けが嬉しかった♪
相変わらず、踊らないところは無表情に突っ立っていて、とっても妙でした(笑)ついついダンサーに目が行ってしまいましたが、ちょっと永野さんを観たら笑いを堪えてる感じでした(笑)
で、間奏に入ったらじょーじ氏が後ろを向いてなにかしてるな・・・と思ったら女王様風の妖しい羽根つき仮面を被ってて、その格好で二人で千手観音をやったんですが、途中で仮面の周りに電飾がピカピカ光りだして、すごいおかしかった(笑)
で続いて「ハローワーク99」だったんですが、いきなりの激しいハローワーク体操?に中沢さんのファンがウケまくっていて嬉しかったですねー。
そして最後の「6時前には家に帰ろう」と共に走って退場していた二人・・・(笑)
その後は名曲「茜色」に続いて、最後は問題の?「紅茶の美味しい床屋さん」でした。最後に取っておいたんですね(笑)
中沢さんファンはどう思ったでしょうかあの歌詞・・・(笑)
というわけで、いつものようにまったりと楽しいライヴでした。
アコギツアーは今回で最後ということですが、江古田でだけはまたやりたいというようなことを言ってたので嬉しいですね。また江古田で練馬な英三さんが見たいです。

トリは中沢賢司さん。H2Oってあの曲しか知らず、どういう人たちだったかもよく覚えてなかったのですが(汗)
登場した中沢さんはきさくでとても自然体な人で、あ、こんな人だったんだ、とちょっと意外。
透明感のある歌声も昔のイメージとさほど変わらず、曲のイメージもさほど変わってなかったかな。昔もいい曲だと思ってましたが、改めていい曲書く人なんだなあと思いました。
MCも、特に笑わせようというのではなく、自然体でまったり喋ってる感じなんですが、なんか可笑しいんですよね。MCも楽しかったです。
英三さんが「中沢さんに嫌われたらどうしよう」みたいなことを言ってたのを受けて、「嫌いじゃないですよー」といいつつ、「紅茶の美味しい床屋さん/大人の階段駆け下り~」なんて歌ってくれて、「楽屋で大笑いしてました」って。いい人だ~
後で永野さんのブログとか観たら、英三さん、永野さんと3人で記念写真撮ってましたね。やっぱりいい人だ~
昔ヒット曲があった人って、昔のヒット曲をライヴでやったりするの嫌じゃないのかな、と思ったんですが、初めての客のことも考えてか、しっかり「想い出がいっぱい」も歌ってくれました。
しかもアンコールでは「想い出がいっばい」を「皆で歌いましょう」って。とても和やかなライヴでした。
英三さんも言ってましたが、マーキーは老舗ライヴハウスらしく、毎回対バンも実力派揃いで楽しいんですよね。
また対バンも含めて、英三さんの江古田でのライヴが楽しみです。
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ついに・・・

2009年05月29日 | グイン・サーガ
ついにこの日がやって来たか、という感じです・・・栗本薫さんが亡くなられましたね。
樋口宗孝さんの時もネット落ちしてた時だったので、入院中にあるんじゃないかな、という予感はしてたんですが。
27日の夜、消灯時間が過ぎているのに妹からメールが届いて、「あ、亡くなったな」と思いました。妹は帰宅してから夕刊で知ったそうです。
グイン・サーガをずっと読んでいたので、あとがきで病気のことも知ってましたし、「ガン病棟のピーターラビット」を読んでからは病状も気になって、HPもちょくちょく覗いてました。
12月くらいだか、食事をした後にお腹が痛い、と日記に書いていて、やばいかな・・・と思ってました。父もそうだったんですが、腹水がたまり始めているサインなんですよね・・・
3月くらいには足がむくんでパンパンになって・・・ということも書いていて、これはかなり危ないなあと・・・(家族がガンで亡くなると、ガンがどういう経過をたどるかわかっちゃうから、自分がガンになった時に自分の状態がわかっちゃうよね・・・と妹と話しておりました(汗))
しかし、そんな状態の中ライヴを敢行していたりして、若いから案外大丈夫なのかなあなんて思っていたのですが。
HPの更新日記、だいたい10日くらいのペースで更新していたのが、4/28を最後にずっと更新されてなくて、入院するなら今までは入院前に更新していたのにそれもないし、いよいよかな・・・とこの1ヶ月くらい覚悟はしてました。
毎日YAHOOを観るたび、訃報を見る事になるんじゃ・・・とドキドキしながら。(樋口さんの時も昼休みに職場でYAHOOを観て知ったので・・・。周囲に樋口さんを知ってる人がいなくて、一人で騒いでしまった・・・)
そろそろ危ないんじゃ、と思う人は多かったんでしょうね。だんだん以前書いた「ガン病棟のピーターラビット」の感想の記事のアクセスが増えてまして。で、27日以降はかなりのアクセスになってます。更新してない間にアクセスが上がってるのって(笑)それまでは「ハリー・ポッターと死の秘宝」の感想の記事が一番のアクセスだったんですけどね。
ご主人の今岡清さんも4月下旬に手術をされていて(胃の線種というから初期ガン?)、どの程度回復されていたどうかわかりませんが、さぞ大変だったことと思います。
ついに・・・という思いは強いですが・・・56歳は若すぎるし、もっとやりたいことがたくさんあったと思うし、HPの日記でも常に良くなることを前提に前向きなことを書いていたので(まあ外向けのものかもしれないけれど・・・)、きっと悔いは多かったことでしょう。
今はとにかくご冥福をお祈りいたします。


ついに、と思うのは、やはり「グインの続きはどうなるんだ」という思いがあるからなのですが。
こちらによると、129巻までは完成、130巻の途中で絶筆ということになったそうです。129巻までは刊行し、130巻途中までの原稿も公表する予定だとか。
でも、作者の後書きは次の127巻までだろうなあ・・・と思うと何とも言えない気分です。(6月10日発売だそうです)
正直、1年前、いや半年前だったらそんなにショックでもなかったんですが、今ちょうど話が動いて来た・・・というか、やっとリンダが話の中心に出てきたのになあ、というところで終わってしまうのが残念で。リンダはパロに戻って以来なんかずっと日陰の存在になってた感じで、グインを読み始めた時にリンダと同じ歳だったのもあって結構思い入れはあったので、ずっと残念だったんですよね。
タイスで寄り道してなければもっと話進んだのに・・・と思わずにはいられませんが・・・(いやそこだけの問題じゃないですが・・・(汗))
もう、グインの正体は、とか、ランドックは、とかノスフェラスの秘密は、とかも、なんとなくわかって来たので、むしろこれ以上知りたくないような気もしていたし(なんかあまりにもSFの世界なので・・・(汗))、リンダが豹頭王の花嫁になるところも別に読みたいとも思わなかったし(リンダじゃないってことはあり得ないよなあ)、完結にはこだわってなかったんですけどね。
129巻でどこまで話が進んでいるのかな・・・
そう言えば、アニメを見ていて、グインが「3人の女に出会う」と夢で予言されていたということを思い出しました。すっかり忘れてた・・・
2人はリンダとシルヴィアだとして、3人目はまだ出てこないままだったのかな。それともアウラが3人目の女? まあそんなに気になることでもないんですけど。忘れてたくらいだし(汗)
最終巻までのプロットでもせめて発表されれば、なんてことも言われてますが、当初の予定と大分話変わっていそうだし、そもそもそういうプロットがあるのかどうか。おおまかな途中までのタイトルは決めてあったということですが。
なんだかご本人もあとがきで、先のことは書いてみないとわからないなんてことを書いてましたから、全ては頭の中にあって常に変化していたのかなあと・・・
そういう意味では話の続きも一緒に持って行ってしまったんだなあと思います。
残念ですが、後は残り3冊を読むばかりですね・・・。作者の没後も刊行が続くというのもなんとも言えない気持ちになりますが・・・

そう言えば、サイキックラバーのYOFFYがブログで訃報のことを書いていてびっくり。「グイン」を読んでいたばかりか、なんとミュージカルも観に行っていたらしい・・・! 意外すぎでびっくりでした(大汗)
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復活しました

2009年05月29日 | 雑記
予告どおりちょうど1週間でネット復帰しました。
実は入院してまして、これから2週間ほど自宅療養です。
入院1週間(本当は6日間)というのでもわかるように、たいしたことではなかったんですが。全然命に別状ないし。入院の前日には江古田にライヴ観に行ってましたしね(笑)
(本当は23日入院予定が病院の都合で一日ずれたので、英三さんのライヴは行けてしまったという(笑)さすがにURUGOMEは行けなかったですが)
しかし、入院生活は思った以上に暇でした。症状たいしたことないから、看護師さんも先生もあんまり来ないでほぼ放置状態だし(笑)テレビカード買うの面倒でテレビも一切観なかったし、PCも持ってかなかったし。(長期入院ならさすがにPCは持ってったでしょうが)
どれだけ暇だったかというと、シルマリルを2日で読破してしまったという(笑)普通に読んだら2ヶ月くらいかかるところですよ~
まあ、シルマリルイッキ読みなんてなかなかできないことなので、いい機会だったなーと思います。そのまま続けて「終わらざりし物語」を読んでますが、シルマリルと続けて読んだ方がわかりやすくていいですねー。「終わらざりし-」は途中で退院しちゃいましたが、引き続き読んで行きたいと思います。
あ、長年放置してた「トールキンによる指輪物語の図像世界」もついに読み終わりましたよ~!
自宅療養も、事前にネットで調べてたら1週間くらいかな・・・と思ったら、退院から2週間と言われて、長っ! と思いましたが、仕事の算段とか目星がついて来たら、「2週間も休み! 何しよう~」とウキウキしてました(笑)
というわけで、これから2週間ばかり、変な時間に更新したりとかしてるかと思いますが(笑)
この機会にサイト更新とかできたらなーとかも思ってますし、朗読CDも進めたいし、読みそびれていたRotKサントラ完全版のANNOTATED SCOREも読みたいし、LotROも毎日できるかもだし(平日朝っぱらからオンラインゲームって一度やってみたかった(笑))、色々と計画だけは立ててます。
夏休み前に計画だけ立てて全然実行できない小学生のようにならないといいんですが・・・(汗)
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1週間ほどネット落ちします

2009年05月22日 | 雑記
明日から1週間ほどの予定でネット落ちします。
まあ、最近1週間くらい更新しないのもザラなので、たいして影響はないとは思いますが(汗)
コメントの返信や、トラックバックの承認が遅れると思いますので、ご了承ください。
サイトのBBSはスパム対策のため復帰まで閉鎖します。
復帰後はしばらくガンガン更新できる予定ですが・・・さてどうなりますやら。
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容疑者Xの献身(ネタバレ)

2009年05月21日 | ミュージカル・演劇
小説でも映画でもなく、演劇集団キャラメルボックスがやっている舞台版を観てきました。
実は小説も読んでないし映画も観ていない私。話題になってましたが、「いつか何かで観る(読む)機会があるかも」とネタバレを避けていたら、まさかキャラメルで観る事になるとは。というわけで新鮮な気持ちで観ることができました。
いやー、話題になってただけあって、よくできた話ですねえ。ミステリーって基本的に好きではないんですが、ミステリーの中でも、殺人に至る経緯等が見事な人間ドラマになっていたりすると、傑作と言える作品になるんだと思いますが、まさにそういう一作かと思いました。
また、人間ドラマが「殺人に至る経緯」ではないところが斬新でもあると思うし。
まあ、ちょっとピュアすぎるかもしれませんが、そういう意味ではキャラメル向きでもあったんだなあと思いました。
で、舞台ですが、悪い意味での(というか私があまり好きではない(汗))キャラメルらしさが抑えられていて、大人な作品になっていたというか、素直にいいなあと思える舞台になっていたと思います。
今まで小説の舞台化では、クロノスシリーズは好きになれないし、柳美里原作のは見事にキャラメル風になっていたし・・・で実はあまり期待してなかったのですが、予想外の出来、だったかな。
まあもちろん、あくまでもキャラメルではありましたけど・・・でも、このくらいなら私はむしろ楽しめるかな、と思いました。
ところどころに出てくる無意味なギャグなんかは、いい意味で(というかこれも私が結構好きな(笑))キャラメルらしさを残していて、重いストーリーのアクセントになってたと思います。湯川と石神の乾杯のシーンとか意味不明ですごい好きです(笑)
ゲストが多かったのも、いつものキャラメルっぽい雰囲気とは違う空気を持ち込んでいて、これも好感度大でした。草薙刑事とか、キャラメルの人がやっていたらかなり雰囲気違ったと思いますね。
草薙刑事の上司の人(名前忘れた・・・)がアドリブ連発で面白かった(笑)
ヒロイン靖子もゲストでよかったかなあと。西牟田恵さん、基本的に悲劇のヒロインて感じで演じてるんですが、時々真顔でツッコむ感じがかなり笑えました(笑)
なんか浅田真央ちゃんに似てるなーと思ったのは髪形のせいでしょうか・・・(汗)
岡田達也さんの湯川は、まあこんな感じかなーと。って実はドラマの福山雅治をちらっと見た程度なんですけど・・・(汗)ある意味福山ガリレオを意識してた感じ?
しかし、岡田達也さんと西川さんが同期ってのは厳しくないですか?(汗)そりゃ若々しいでしょう湯川・・・と思っちゃいますね(汗)
そして、西川さんの石神が良かったですねー。ずっと無表情で通していて、時折表情が動くところにかなりやられました(笑)
結構原作を大事にした舞台化だったらしく、原作の地の文を出演者が入れ替わり立ち代わり、原作の本を手にしながら朗読していたのも好感度大でしたかね。
でもまあ、良かったとおもったのは、原作の力ではあるかなと。原作の持ち味をすっかり殺すことも可能なので、原作の良さを上手く伝えられるだけでも成功ではあると思うんですが。
思い通りではない人生に絶望しかけていた石神が、今自分にできる生き方を見出したということに打たれましたね。
「ただ健気に生きているだけで誰かを救うこともできるのだ」という件にも。
ラストは、人によっては「救いがない」と言われているそうですが、私も加藤プロデューサーと珍しく(汗)同意見で、究極のハッピーエンド、と思いましたね。思いが通じた、ということですもんね。石神にとっては望んだことではなくても・・・
やはり人を殺したということの罪は償わなければならない、という意味でも、すっきりするラストだったかな。
結構前の席だったので、役者さんたちがマジ泣きしているのが見えて、つられてかなり泣いてしまいました。
しかし、発想は面白かったんだけど、ミステリーとしてどうなんだろう・・・と思ったところも。原作ではちゃんと説明されてたのかもしれないけれど。
肝心の富樫の死体をどうやって隠したか、というのが説明されてないのがちょっと・・・。湯川は「石神はレンタカーは借りてない」と断言してたけど、死体を県外に隠したんなら車は使ったんじゃないの?
あと、石神の自供で「誘い出した富樫から電話がかかってきた」という証言を聞いていて、「石神の携帯の着信記録を調べたら違うのがバレるのでは」と思ったんですが、電話をかけたのが富樫の身代わりのホームレスならなるほど・・・と思いかけたんですが、富樫の電話からの着信じゃないことはすぐバレますよね・・・。このあたりのツメは甘かったと思うんですがねえ・・・
あと、いくらなんでも刑事の前であんなこと喋っておいて、「聞かなかったことにして欲しい」はないだろ、と。刑事の方でも職務から言って知った事実を隠蔽しているのはまずいんじゃないの? まあ、最終的には全部バレたんでしょうから問題なかったけれど。
とまあややツッコミどころもありましたが、全体としては良かったです。ボロ泣きさせられましたしねー。

カーテンコールで、まず三浦剛さんが挨拶を始めたのですが、そのうちに「ここで皆さんにお知らせがあります。今日は西牟田恵さんのお誕生日です!」といきなりお誕生日おめでとうコーナーに。
ご本人の西牟田さんは「楽屋に戻ったら何かあるかなーとは思ってたけど(笑)」と意表をつかれた様子でした。「こんなに大勢にお祝いしてもらう誕生日もこれが最初で最後だと思います」とも(笑)
小さなケーキも登場して、客席も皆でハッピーバースデーを歌ってお祝いする、和やかなカーテンコールでした。
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太魯閣渓谷その8 いよいよ九曲洞

2009年05月15日 | 旅行
さて、とぼとぼと歩いていくと、いよいよ太魯閣観光のハイライト、九曲洞にたどり着きました。
トップの写真が九曲洞への入り口の旧道。左端の部分が崩れたために車道が通行止めになり、車は現在は違う道を通っています。この旧道は徒歩での観光にのみ使われています。
後で歩いてみて、この道車が通ってたのか・・・とびっくりしましたね。
まあ、車が通ってたらゆっくり歩けないので、徒歩専用になったのは良かったかもしれませんが。
でも、あちこちに「崩れるかもしれないから注意」とか「立ち止まるな」とか書いてあって、ちょっと怖いですねー。


手掘り(いやさすがにつるはしとかだったそうですが)で掘ったトンネルの内部。ちょっと暗いかな。画面が暗いと真っ黒かも・・・


反対岸の崖がこんなに近くまで迫ってます。川の水の力だけで、これだけの深さが抉られたんですね・・・!
このあたり、写真でしかもこんなに縮小したのでは、全く迫力が伝わらないんですが。


左側の崖の真ん中あたりの横に黒く筋が入っているところが道路がトンネル状になっているところです。あそこを歩くのか~とみながらすでにわくわく。


反対側の崖で滝になっているところがありました。

そういや、下を流れる川の写真を1枚も撮ってませんでした・・・(汗)
どうせカメラのフレームに入りきらないから・・・と諦めてたんですね。
でも、前回の記事で、試しに上下を2枚に分けて撮った写真を切り取ってつなげてみたら、自分でも切れ目がわからないくらいの出来に(笑)
こんなことなら九曲でもこの手で上下に長い写真撮れば良かったな・・・
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