ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

メリーのこと

2012年01月03日 | ペット
猫の話、今回でひと段落です。
家に来て2ヶ月ほど経った頃、メリーがまさかの発情期に入りました。3ヶ月ちょっとで・・・例がないことはないようですが、それにして早すぎます・・・体重もやっと1kgを超えたくらいの小さな体で発情している様はちょっとかわいそうでした。
メリーが発情してしまったので、ピピンの去勢手術が終わるまでは2匹を隔離しないといけないことになりました。去勢手術も6ヶ月を過ぎないとできないので、3ヶ月は隔離生活になります。
どちらをどう隔離するか、という話になったのですが、当時はピピンの方が体が弱かったので、ピピンを1階の皆がいるリビングに置いて、メリーは2階の母の部屋に置くことになりました。
2階の部屋には皆かわるがわる行ったりしていたのですが、どうしても2階にいる時間は少なくなってしまい、メリーに寂しい思いをさせたんじゃないかと思います。夜は母と寝ていたとは言え・・・。
2階に様子を見に行くと、テレビ台の後ろに隠していたおもちゃ(袋の切れ端とかレジ袋を結んだやつとか)をいそいそとくわえてきて、遊んで、と足元に置くのがいじらしかったです。それも2人いたら2人交互に足元に持ってくるんですよね。
袋の切れ端はすぐにソファの下に突っ込んでしまうので、取り出してやろうとしてると一緒に覗き込んで来るのがかわいかったなあ。
引き離した当初は2匹で呼び合って鳴いたりしてましたが、しばらくすると別々の暮らしに慣れてしまったらしく、たまに2匹を対面させても、特にメリーの方が興味ない、という感じになってしまいました。あんなに仲良かったのに・・・と悲しかったですが・・・
ピピンが人間にものすごく甘ったれるようになったのもこの頃からでした。メリーと一緒にいられない分、愛情が足りなくて寂しかったんでしょうね。その点、メリーの方がクールでした。今までオスメス2匹ずつ飼いましたが、どうも女の子の方がクールで男の子の方が甘えん坊な気がします。
なんだかんだとピピンの手術をすることができたのが5月末で、4ヶ月余りでようやく2匹一緒にすることができました。
ところが、離れている間に体格差も開き、ピピンはメリーを追いかけるけどメリーはしつこくされて嫌がる、という図式になってしまいました。ピピンがメリーに飛び掛ってメリーが嫌がって悲鳴をあげる、というのが続き、あまり険悪な場合はメリーを2階に避難させたりしていました。ピピンは体格が2倍近いのに全然手加減しないんですよね・・・。一方メリーも、実はたいして噛まれたりしていないのに、ちょっと噛まれると大騒ぎしていた節が。ピピンは思いっきり噛まれても全然鳴かなかったりしていたのですが。
そんなこんなで、でもなんとか時々は仲良くするようになって来たかな、冬になって寒くなったらもっと仲良くするよね、なんて言っていた矢先、8月にメリーの体調が悪くなってしまったのでした。
ピピンはメリーの具合が悪いのにも気にせず飛び掛ってたので、監視なしで一緒にすることはできませんでした。具合が悪いとかわからないんですね・・・小さい頃ピピンの具合が悪い時にはメリーが飛び掛ってたものでしたけど。どうしても一緒に遊びたくなってしまうのでしょうか。
メリーも決して一緒にいたくないわけではなかったと思うのですが、ピピンがしつこいと嫌がってましたね。ピピンがもう少し優しくてやってくれれば一緒にいさせてあげられたのですが。
ただ、おもちゃで遊ぶ時だけは、メリーに譲ってあげてました。一緒に遊びたかったんでしょうか・・・
それでも、最後の日には少し一緒にいられたみたいで良かったです。

メリーはピピンのようにストレートに甘えて来る子ではありませんでしたが、ちょっと野生的なところもあり、猫らしい子だった、と思います。
頭が良くて探究心がある子でしたね。
うちのねこたちのロングヒットおもちゃに「袋の切れ端」があります。野菜などの袋の先を結束テープで縛ってあるやつの先を切り離したものですが、そもそもこれで遊ぶのを開発したのはメリーでした。メリーが遊ぶのを見てピピンも真似して、今ではピピンも一番好きなおもちゃです。買ってきたおもちゃは飽きてしまって、やっぱりいちばん袋の切れ端がすきなんですよね。
メリーは発情する直前くらいからしきりに部屋の外に出たがって(当時はまだ廊下に出るのを禁止していたので)、なんとか扉を開けようとしていましたが、まだ体重が軽いので開けられず・・・
引き戸を人間が開けるのを観察していて、取っ手のところに開ける秘密があると思ったのか、取っ手のところに一生懸命ジャンプしてタッチしていました(笑)
後に引き戸を開けられるようになった時、2匹別々に開けられるようになったのですが、2匹とも、扉の中ほどの引っ込んでいるところに前足をかけて開けるようになりました。(メイは扉の端をガリガリやって開けてましたが、確かにメリピピのやり方の方が効率が良いです。頭良いな・・・)
ピピンは豪快にガラっと開けるのですが(笑)メリーはまず少しだけ開けて、足りなければもう一度開けに行ってました。前足をそろえてそーっと開ける姿がなんかお上品でかわいかったんですよね。しかも2度開けって正式な礼儀作法の引き戸の開け方らしくて(笑)ちなみにピピンは最近片足でガラっと開けるようになりました。どんどん仕草がおやじっぽくなって行く・・・(笑)
トップの写真もそういうメリーの上品さ?が出ていると思います。棚の上の細かい置物をちゃんとよけて歩けるんですよね。体が小さいこともあるとは言え。ピピンだったらなぎ落として歩きますよ(笑)今まで飼ってた他の子たちもそうだったなあ。
紐をつるしたのをそーっと引っ張る遊びとか、壁から出てる画鋲とかピンを抜くとか、繊細?というか地道な遊びが好きでしたね。
運動神経もよくて、ピピンとは全然能力の高さが違いました。ピピンが日本人ならメリーはアフリカ系くらい違いました(笑)椅子の背もたれの上を軽々と歩きましたが、ピピンは上ることは上ってもよたよたして危なっかしかったですね。
高くて細いところにも上ってしまって、三面鏡の天辺に上ったり、天井近い高さがある本棚の上に上ってたりしました。ピピンはもちろん上れません。
3ヶ月くらいからどんどん胴体が長くなって行って、とても細長い子になったのですが(汗)ちょっとエジプシャンとかアビシニアンの血が入ってるんじゃない? なんて言ってました。同じきょうだいなのにピピンとは体型が全然違いましたね。(ピピンは超日本猫体型・・・)
チャレンジャーで、どんどん高いところを制覇しようとしてましたね。リビングの一番高い食器棚に上るために、エアコンの上から食器棚の手前の開いている扉の上に飛び乗って、そこから食器棚に飛び移ろうと何度も挑戦してました。幸いエアコンと天井の隙間が狭すぎてジャンプできなかったので実行はしませんでしたが・・・
そうそう、そのエアコンから降りる時、あとずさりした後に斜め横の別の食器棚に飛び降りるのですが、勢い余って食器棚から落ちてしまい、慌てて見に行ったら、近くの竹製のついたての裏側にバンザイの格好で前足だけでぶら下がってたことがありました(笑)着地失敗したショックからか呆然としてたのがかわいかったなあ(笑)
あと、これはピピンもそうなのですが、病院大嫌いなんですが、先生を引っかいたり噛み付いたりは決してしませんでした。逃げようとして暴れはするんですが。お医者さんにも「いい子だね」と言われてました。昔飼ってたアレはひっかくは噛むはでは大変でした、そう言えば。
病院通いを始めた頃、私が抱き上げようとすると「シャーッ」と威嚇するようになってしまったのですが、威嚇する割には別に噛んだり引っかいたりしないんですよね・・・そう言えばピピンもよく威嚇されてましたが、平気でメリーに飛びついていたなあ。猫の威嚇って、もしかして「あたし怒ってるんだから!」という意思表示なだけなんですかね?(噛んだり引っかいたりする猫は威嚇しつつ噛んだり引っかいたりもするんでしょうけど)
猫を4匹飼いましたが、いまさらながら、1匹1匹性格って全然違うものなんだなあと思いました。あたり前のことなのかもしれないけれど。人間と同じなんだなあと思いました。
メリーは体調が悪くなってからは行動範囲も狭くなり、あまり遊べなくなりましたが、1ヶ月ほど元気になっていた時に、上れなくなっていた三面鏡の上に上っていたそうです。
もっとたくさん遊ばせてやりたかったな、というのが心残りです。天国で思いっきり好きなように遊べているといいんですけど。
でも、今まで4匹の犬猫を看取って思ったのは、人間と違って、病気になっても絶望したり悲観したりせず、その時々の体調の許す限り、出来る範囲で今までどおりに生活しようとするんですよね。本猫はできる範囲で精一杯生きていたんだろうと思います。
それでも、もう少し長く生きさせて、色んな楽しいことさせてやりたかったな、と思いますけど・・・
ピピンはメリーの遺体が冷たくなってからは全く反応を示さなくなりましたが、メリーがいなくなってからは、メリーがいた2階の部屋に入ろうとしなくなりました。メリーがいたころは、入らないようにドアノブの下にバリケード?作っても飛び越えて扉を開けて侵入していたのですが。
メリーがいなくなったことが判っているのでしょうか。なんだか神妙で、甘えん坊になってます。
これからは残されたピピンをメリーの分までかわいがってあげるしかできることはないですが・・・
そうして、短い間だったけれど、メリーと一緒に過ごした時間を忘れないようにしていたいと思います。
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メリーとピピンがうちに来た日

2012年01月02日 | ペット
まだメリーとピピンがうちに来たいきさつを書いてなかったので・・・
一昨年6月に17年いたメイが逝ってしまい、しばらくは次の猫を、とまで考えられなかったのですが、何ヶ月か経って、猫なしの生活が寂しく感じるようになり、次の子たちを探すことになりました。
メイの時は飼い猫が自宅で出産した子猫の引き取り先募集でみつけたのですが、最近は飼い猫は避妊するのが常識のようになっているためか、あまりそういう募集をみかけませんでした。
そんな中、近所のスーパー(今は閉店してしまいました・・・)に里親募集の貼紙を見つけました。野良猫を保護している方のようでした。
募集の中に、3ヶ月のキジトラ白の男の子と黒白の女の子のきょうだいがいたので、きょうだいで2匹欲しいと思っていたので、連絡しました。
ところが、一歩違いで引き取り先が決まってしまったということ。でも、近々保護猫の譲渡会がありますよ、と教えてもらい、私は都合が悪かったので妹と母が見に行きました。
私はルックスはともかく仲良さそうなきょうだいがいいと思っていたのですが、妹はルックス重視。飼ってしまえばどんな子でもかわいくなるに決まってるんですけどねえ。譲渡会にはきょうだい猫も何匹かいたのですが、妹が選んだのはキジトラの女の子=メリーでした。
譲渡会で申し込んでもすぐに里親に決まるわけではなく、申し込んだ後にどこの家に渡すか決めるので連絡を待っていると、保護した方から連絡があり、「きょうだいで探していると聞いたんですが、実はもう一匹男の子がいるんですが一緒にどうですか?」とのこと。きょうだいだと嬉しかったので、即返答して、2匹が家に来ることになりました。
ところが引渡し予定の日になる前に連絡があり、「男の子の方が風邪をこじらせていて、治ってから連れて行きたい」とのこと。かなり風邪がひどくなり、片目が腫れてしまって鼻水で顔もぐちゃぐちゃ状態だということでした。後から思えば譲渡会にいなかったのも風邪ひいてたからだったんでしょう。風邪が治ってから渡すつもりだったんでしょうが、思ったよりも治りが遅かったんでしょうね。
あまり待っていると子猫大きくなっちゃうしな・・・と、風邪の治療はこちらで引き続きするので予定どおり連れて来てもらいたい、とお願いして、11月下旬にようやく2匹がやってきました。
子猫の名前は、2匹飼ってメリーとピピンとつけるのが夢?だったので、ちょっと女の子っぽいメリーをキジトラの女の子、ピピンを黒白の男の子の名前にしました。
しかしこの名前、家族には「長い」と不評・・・3文字なのに(汗)今まで全部2文字の名前でしたからね・・・
そのうちにメリとピピに省略されてしまいました。今ではピピンのことピピンなんてほとんど呼びませんね。ピピって呼んでます(汗)
名前と性格が合ってないなあと思って、2週間くらいして名前を変えようと思ったのですが、ちょっとそれぞれの名前を呼んでみたら、ちゃんとそれぞれの名前に反応することがわかり、変更できなくなりました・・・(汗)2匹いつも一緒にいて、一緒に呼んでいたのに、ちゃんと自分の名前を判別してたんだな、とちょっと驚きでした。
来た当初のピピンは風邪がかなりひどく、治りかけてはいましたが、右目が腫れて、顔も鼻水でぐちゃぐちゃでした。かわいくないことこの上なかったですね・・・(汗)
右目は失明の恐れもあったのですが、なんとか目が開くようになって、眼球も無事なことがわかっていて、後は目薬をしながら回復を待つだけになってました。
これは目は治ったけれどまだ鼻がぐちゃぐちゃな頃の写真です。

今では顔もすっかりきれいになって顔の模様も判るようになりましたが、未だに涙とくしゃみは治らず、ひどくなったら病院に行っています。慢性になっちゃったみたいですね・・・
小さい頃はピピンの方がずっと体が弱かったんですよね・・・
この子たちはもともとはとある工場の物置で生まれたそうです。が、ある日、その工場の人が箱に3匹の子猫を入れて工場から出てくるのを保護した方のお友達が見つけ、「猫欲しがってる人がいるんで譲ってください」と言って引き取ったんだそうです。その時見つからなかったらどうなってたんですかね・・・
ちなみに3匹のうちの他にもらわれて行った1匹も、昨年の5月くらいにFIPになったと連絡がありました。おそらくもう亡くなっているでしょう。今では小さい頃は一番体が弱かったピピン1匹だけになってしまいました・・・
生い立ちのせいか2匹ともとても臆病で、特にピピンは決して膝に乗ってこないし、隅っこでぶるぶる震えている子だと言われていました。大嫌いな目薬を無理矢理入れられていたせいもあったと思いますが・・・小さい頃は目薬をいやがって暴れて、一人では目薬をさすのが困難なくらいでした。今は5kg超えてますけど一人でできますけどね。
ところが、家に来たとたん、2匹とも怖がってはいましたが、ピピンは部屋中探検しだしました。「ここ俺の縄張りだ」ってわかったんですかね。メリーは最初の日は怖がって部屋の半分も進めないくらいでしたが。
ピピンは当初膝にはなかなか乗らないかわりに、人の足の間に入るのが好きでした。しゃがむと必ず足の下に入りに来てましたね(笑)膝に乗るのは怖いけど、なんとなく人の傍にはいたいという・・・
2匹とも上から手を伸ばしてなでようとすると嫌がりましたね。スプーンを差し出しても嫌がりました。小さい頃何か怖い目にあったのかな・・・どこから手を出しても全く怖がらなくなるまではかなりの時間がかかりました。
2匹はとても仲が良くて、遊ぶのも寝るのもいつも一緒。走り回って追いかけっこしてました。2匹が仲が良かったので、あまり人間になつかないかな、というのはありましたが。
1匹が膝に乗ってくるともう1匹も膝に乗ってこようとしたりとか、かわいかったですね。

小さい頃は、メリーの方が気が強くて、ちょっと体の大きいピピンよりも強かったんですよね。ご飯食べてる時、ピピンが横取りしないように、頭を前足で押さえ込みながら食べていた時には笑ってしまいました。
メリーが強かった頃の証拠写真?

体格が2倍以上違ってしまってからは、ピピンが一方的に強くなってしまいましたけど。
ピピンの風邪もなんとか落ち着き、このまま元気に大きくなると思ってたのですが・・・
猫の話、もう一回続きます。
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メリーの病気のこと

2012年01月01日 | ペット
新年早々暗い話題で申し訳ないですが・・・
昨日の大晦日、動物霊園にメリーを連れて行きました。
今まで引き取りに来てもらっていたので初めて行きましたが、結構たくさんの人が遺体受付に来ていました。年末年始は持ち込みのみだから余計にだったのでしょうが。うちだけじゃないんだな、と思ったら少し救われたような気がしました。
霊園や納骨堂のお参りの人もたくさんいましたね。
最後のお別れもできるし、休みの日だったら直接行くのもいいかなと思いました。ただし車があればですけど・・・
最後は二階の部屋で寝たきりだったにもかかわらず、いなくなってしまうと寂しくてたまりません。なぜか家の中が静かに感じます。ただ寝ているだけでも家族の一員だったんだなあと。
残されたピピンも、メリーがいなくなったことを感じているのかどうか、神妙にしていたり甘えたりと、いつもと少し様子が違うような気がします。むしろ人間の様子がいつもと違うことを感じているのかな。

メリーの病気のことについて、書き留めておきたいと思います。私も病名を知った後に色々検索して、少しでもたくさんの事例を知りたいと思っていたので、これからこの病気と闘う方たちに少しでも参考になればと。
病名はFIP(伝染性腹膜炎)でした。猫エイズ、猫白血病と並んで三代疾病と言われています。治療法がなく、発病したら高い致死率であるところが共通しています。
伝染性という名前ですが、実際には感染力はそんなに強くないそうです。
原因となるウィルスは猫コロナウィルスというウィルスで、このウィルス自体は猫の半数が感染していると言われているそうです。
実は人間や犬もコロナウィルスに感染しますが、感染してもほとんど症状はなく、軽い下痢などがある程度で終わるそうです。猫だけが、数パーセントの確率でコロナウィルスがFIPウィルスに変異して発病するそうです。
発病の原因はストレスだという説もありますが、因果関係はないと言われたりもしているそうですね。病院では発病の原因については何も言われませんでした。
メリーの場合、発情が続いていたのがストレスになっていたと思うので、それが原因だったかもしれません。でも標準よりも体も小さくてとても避妊手術はできなかったと思うし、避妊手術が引き金で発病した例もあるらしく(それも予想でしかないと思いますが)避けられたものかどうかもわかりませんが・・・
そして、関係ないと言われはいるのですが、どうも兄弟間での発病率が高いような・・・うちの子たちも三つ子のうち2匹がFIPになってしまいましたから。
症状はウェットタイプとドライタイプに分かれ、ほとんどがウェットタイプだそうです。ウェットタイプは腹水が溜まってお腹がパンパンになるそうです。腹水が溜まりだすと数週間で死に至るそうです。
腹水が溜まらないのがドライタイプで、こちらは死に至るまでに数ヶ月くらいだそうですが、最終的には神経が犯され、神経症状が出てくるそうです。
ドライタイプは早めに適切な治療をすれば治る場合があるという説もありますが、獣医学的には致死率100%ということになっているようですね。2ちゃんねるのFIPスレを見ていたら、獣医関係の人は治る場合があるという説は真っ向否定していました。ネット上では治った例もいくつか出てきますが・・・
ウェットタイプでも症状が治まって寛解という状態になることがあるそうですが、高い確率で再発するそうです。
また、FIPの検査値が高くても、発病していない場合、発病しないままで済むこともあるようです。
検査値は、100倍以下は感染なし、100倍~1200倍はグレーゾーンで、コロナウィルスには感染しているが、FIPに変異しているかどうかについてはわからない、1200倍以上はFIPと判断されるそうです。(1200~3200倍はウェットタイプ、3200倍以上はドライタイプであることが多いそうです)
しかし、検査する時によって値が大幅に違う場合もあったりするようです。検査で6400倍と出ながら発病せずに生涯を終えた子もいるとか。
私が調べた範囲ではこのような病気であるようです。

メリーの場合は腹水が溜まらなかったので、ドライタイプだったようです。幸い神経症状まで至らないうちに亡くなりましたが。
最初に具合が悪くなったのは8月でした。急に元気がなくなり、食欲も落ちてほとんど食べなくなりました。
病院に連れて行って、注射をしてもらえば治るだろうと思っていましたが、抗生物質を何回か打ってもよくならず、インターフェロンを打っても治らず、更に熱が高くなって行く状態でした。
病院の見立てでは、抗生物質もインターフェロンも効かないので、エイズか白血病だろうということでした。治療法はないので、治る見込みはないと。
この時点でFIPの可能性について聞いてみたところ、腹水が溜まっていないから違うだろうと。ドライタイプもあるんじゃないの? と、この時既にFIPについて調べていたので(他にもらわれて行ったもう1匹の兄弟がFIPになったという連絡を以前に受けた時に調べていた)思ったのですが、どちらにしても治療できないという点では同じかな、ということでそれ以上は聞きませんでしたが。
注射をやめて抗生物質の薬だけ続けることにしたのですが、1ヶ月半くらい経った9月半ば、熱が下がり始めて少し元気になってきました。もうダメだと思っていたので、元気になってきて、このまま治るんじゃないかという期待も出てきました。
ところが、今度は目に異常が出てきてしまいました。熱が高かった頃から、目が少し白く濁っているような・・・と思っていたのですが、病院ではあまり気にしてくれず。そのうちに、高いところに上る時に手探りをするようになり、瞳孔は開いたままだし、「もしかして見えてない?」と・・・
通っていた近所の病院では「もう治療法がないから・・・」と以前黒白のためにもらっていた抗生物質の目薬をさすくらいしか対応をしてもらえず、でも目はどんどん濁ってくるし、目薬はさすと悲鳴をあげるくらい痛がるようになったし・・・目もほとんど見えなくなつてしまったようでした。器用に家中歩き回っていましたけど。
ピピンの声だけを頼りに、階段の吹き抜けのところの手すりの上に飛び乗った時は心臓が止まりそうでしたが・・・(汗)

目の専門がある病院で見てもらった方がいいのでは、と思って通っていた病院で相談したところ、あまり乗り気ではない感じでしたが、大学病院を予約してくれました・・・が、予約は2週間先。それまでとても待てなかったので、眼科の専門の先生が院長をやっている個人の動物病院に行くことにしました。
診察してもらうと、「これはFIPでよく出てくる症状ですね」と・・・。ブドウ膜炎というのを起こしているために水晶体が曇って見えなくなっているということでしたが、このブドウ膜炎がFIPでよく出てくる症状なんだそうです。眼圧も高くなって来ていて、緑内障にもなりかかっていると。(視力がなくなっているのは緑内障ではなくブドウ膜炎による水晶体の曇りが原因だったそうですが)
1日4回の目薬と抗生物質と炎症止めの飲み薬をもらい、注射もしてもらいました。(痛みを止めるためには抗生物質だけではダメで、炎症止めが必要なのだとか。目薬にも炎症止めが入っていました)
そして血液検査も一緒に行ったところ、エイズと白血病は陰性。FIPは400倍と確定できない値だったので、1ヶ月後に再検査することに。その他の血液検査はタンパクだけが高く、他は正常値でした。タンパクが高くなるのはFIPになると出てくる症状だそうです。
最初は目薬をいやがって暴れていましたが、そのうちに痛みがなくなって来たのか、我慢して目薬させてくれるようになりました。1回さすごとに逃げてましたけど・・・
飲み薬の錠剤も、なんとか飲み込んでくれるようになりました。
そうして薬を続けていましたが、目の症状がどんどん進んでいて、薬が効いていないようだといわれました。少し元気もなくなってきていましたね。予定を早めて2週間後にもう一度血液検査をすると、今度は3200倍。FIPの診断が確定しました。
この時点ではウェットタイプになるのかドライタイプになるのかは判断できないと言われたのですが、8月から具合が悪かったのに腹水が溜まっていないので、ドライタイプじゃないかとは思いました。
今後は対症療法ですこしでも楽にしてあげることしかできないこと、ドライタイプの場合、最終的には神経症状が出てくるので、あまり苦しそうなら安楽死させる必要があるかもしれない、ということも言われました。
多分あと数ヶ月だろうから、かわいがってあげてくださいとも・・・
少しでも動けるうちに好きなことをさせてやろうと、猫立ち入り禁止の部屋に入れてやって探検させてやったりしました。

ところが、病院を変えて1ヶ月くらい経ったころ、目の症状が改善されてきました。水晶体の曇りが取れ、目の充血も収まってきて、眼圧も下がりました。視力もかなり戻って来て、ほとんど見えるようになりました。
体調もよくなり、食欲も出てきて体重も増え、おもちゃで遊んだりもするようになりました。具合が悪い時は二階の部屋で寝たきりでしたが、自分で下に下りてきたがったりもしました。
お医者さんもびっくりするくらいの回復ぶりでした。
ただ、今度は別のところに症状が出てくるかもしれないとは言われました・・・

もしかしてこのまま良くなるのでは? と期待し始めたのですが、1ヶ月半くらい経った12月上旬、下血するようになりました。合わせて元気もなくなって行き、食欲も急激になくなりました。えさはほとんど食べなくなって、ペースト状の栄養剤をかろうじてなめる程度になりました。
急激に体力がなくなったのか、トイレに行かなくなり(行けなくなったのかも)、寝たまま下血だけでなく下痢や尿もするようになってしまいました。ケージに入れることも考えましたが、できるだけ好きなところにいさせてやりたいと、いつもの寝場所の母のベッドの上に、ベッドカバーの上にペットシーツを敷き詰め、ペットシーツの上に直接寝るのは嫌いなので、ペットシーツの上に更にまた古いカバーを掛けて寝かしてやりました。
病院では、本当は入院させたほうがいいんだけど、家で家族と過ごした方が良いでしょうと、注射に毎日通うことを勧められましたが、病院が片道45分とちょっと遠かったので、平日連れて行く母の負担などもあり、3日に1度くらいになってました。もう助からないのに病院通いするのは延命治療なんじゃないかとか悩んだりしたりもしましたが・・・
注射をしても、その日のうちは少し体調が良くなってもまた悪くなったり、最後の方は注射してもほとんど体調が変わらない感じでしたが・・・
最後の日は、息が苦しそうになって、1時間半ほどで亡くなったそうです。(私は立ち会えなかったので)
亡くなる前日まで水も飲んだし、栄養剤も舐めたりしていたので、こんなに早く逝くとは思いませんでした。今までの子たちは水を飲まなくなってから亡くなるまで数日かかっていたので・・・
でもこれも病院に通って少しでも楽にしてもらっていたおかげなのかな、と思ったりもしています。
結局メリーがドライタイプだったのかどうかはわかりません。腹水は溜まらなかったけれど、もしかしたら胸水が溜まって呼吸が苦しくなって・・・だったかもしれないし。
でも、ドライタイプは最後は神経症状が出て辛いことになると聞いていたので、そこまで至らずに、比較的苦しまないで済んだのかな、と思いたいです。安楽死なんて絶対無理、と思ってましたから・・・

昨年17年生きたメイを送った時には「17年のうちの半年の闘病だったから」と思いましたが、メリーは1年2ヶ月のうち5ヶ月弱が闘病生活でした。もっとたくさん遊ばせてやりたかったし、これから大人になってどんな猫になるのかも観たかったです。
それでも、病気になってから1ヶ月ちょっとくらい元気になった時期があったので、遊んだり部屋を探検したりさせてあげられたのが少しは救いです。
もっと一緒にいたかったけど・・・天国で思いっきり遊べているといいなと思います。
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メリーが逝きました

2011年12月30日 | ペット
今日、うちのきょうだい猫のうちの1匹、メリーが逝きました。ツイッターでは毛色でキジトラと称んでました。
もう大分悪かったのですが、まだしばらくはもつのではないかと思っていたので、まさかこんなに早いとは・・・
私は出かけていて最期には会えませんでしたが(最期看取れたことないな・・・)、いちばんなついていた母が最期はずっとついていて、もう一匹のきょうだいのピピンとも少し一緒に過ごせたようです。
今は好きだったダンボール箱の中に丸くなって、好きな焼きカツオと、お気に入りのおもちゃだった袋の切れ端と紐と一緒に入って大人しくしています。
明日は休日診療で病院に行く予定だったのですが、代わりに動物霊園に行くことになりそうです。(まだ連絡ついてないので行けるかどうかわかりませんが。年末年始は引き取りサービスやってないらしいので持ち込まないと行けないようです)
病気のこととか色々書こうと思っていたのですが、まだちょっとそういう心境になれませんね・・・
落ち着いたら改めて書きたいと思います。
しかし、2年連続で猫を送ることになろうとは・・・このペットカテゴリーもすっかり訃報ばかりになってしまって(汗)
2匹がうちに来た経緯もまだ書いてなかったのに。こちらもおいおい書いて行きたいと思ってますが。
うちにいたのはわずか13ヶ月でしたが、悲しいのには変わりありませんね・・・まだ若かったから、もっとたくさん遊ばせてやりたかったとか後悔もありますし。
あと、昔飼ってた猫のアレが逝った時の犬のグラの反応を見ても思ったのですが、やっぱり普通犬猫には死を認識することはできないようです。
ピピンはメリーの体がまだ温かいうちは舐めてやったりしていたそうですが、冷たくなってしまったら見向きもしなくなりました。グラも同じような反応だったんです。アレのこと大好きだったのに。
時々、犬が飼い主の死をちゃんと理解できるような話も聞きますが、きっと頭の良い子なんだろうなあ。それともうちの子たちがおバカさんなのかもしれないけれど。(バカなのは否定できない・・・特にグラは(汗))
ピピンは何もわからず、相も変わらず無邪気に遊んで甘えてます。それに少し救われています。三つ子だったのにとうとう一人っ子になってしまいましたが・・・(もう1匹のきょうだいも亡くなっているので)
また落ち着いたら色々と書きたいと思ってますが、今日のところはこのくらいで・・・
メリーのかわいい写真も探しておかなきゃなあ。
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さよなら、メイちゃん その2

2010年07月19日 | ペット
すっかり間が空いてしまいましたが、書きかけだったメイちゃんの追悼文の続きです。
なんかかわいい写真がないんだよなー。なんて目つきが悪い・・・

メイが家に来たのは17年半前の冬でした。10月15日生まれなので、12月くらいだったかなー。もうあんまり覚えてない・・・
前に飼っていた猫が逝ったのが8月末だったのですが、4ヶ月も経ってたかなあ。
グレータビーのアメショーに憧れがあったので、母親がグレータビーのアメショーの血統書付きのミックスの子をもらってきました。(妹が)グレーのトラ猫ですね。
でも、グレーの猫って、くちびるとか肉球が黒いんですね・・・肉球はピンクがいいよな・・・それに黒い肉球ってなんか固いような気が・・・
まあ、それ以前に肉球ほとんど触らせてくれなかったんですが・・・

当時家には犬のグラがいたのですが、しばらく一人っ子状態を満喫していたところにやってきた子猫の存在にかなりショックを受けて、すっかりいじけていたのがかわいそうでしたね・・・

さてこの子猫ちゃん、やって来たのはいいのですが、なんと全然人間になつかなかったのでした・・・
触ると噛み付くわ、爪出したままでひっかかれるわ・・・もちろん抱っこなんてもっての他で、肉球触らせてもくれませんでした。
冬の寒い時期なのに、膝に乗っても来ない・・・膝に乗るようになるまでに数年かかりましたね・・・
というわけで一番かわいい子猫の時代にほとんど触れないという残念な状態でした。
今思うと、意志の疎通も全くできてなかったですね。怒られても全然わからないというか。ウサギかハムスターのような反応だったかも・・・
そんな中、寒い日には人間には近寄りもせず、犬のグラにくっついて寝てましたね。グラには嫌われているのも知らずに・・・というか気にせずに(汗)
グラは子猫のこと本当は大嫌いなのに、自分より小さい生き物をいじめたりしなかったんですよねー。優しい子でした。で、気がつくと、大きな毛布の真ん中に子猫がちんまりと円くなっていて、毛布のはしっこでグラが大きな体をまるめて狭そうに寝ていたりして・・・不憫(汗)
そのうちに、頭だけは触らせてくれるようになったのですが(掻いてもらうと気持ちいいことがわかったらしい)、首から下をちょっとでも触るとかぷっと来る・・・
全身触らせてくれるようになったのは本当に晩年でしたねー。しかも肉球は最後まで触らせてくれなかった・・・寝たきりになった頃には触れなくもなかったんですが、嫌がるからかわいそうで触りませんでした。(妹は亡くなってから触りまくったと言っていた・・・その手があったかー)
全身触れるようになってからでも、気持ち良さそうに撫でられていても、「もういい」と思った瞬間に噛み付くので、気が抜けませんでしたねー。
ブラシも大嫌いなので常に毛だらけ・・・
爪もなかなか引っ込められなかったですねー。完全に爪を引っ込めて猫パンチとかするようになったのも晩年でしたね。常にちょっと爪が出ていたという・・・今思えば、やっぱり人間を完全に信用しきれていなかったのかな・・・

あまりに凶暴なので風呂に入れられず、結局17年間一度もお風呂に入りませんでした・・・(汗)
外に出ないのでそんなには汚れないけど、それでもなんとなーく汚くはなるんですよね。あんまりひどくなると、ドライ用シャンプーのスプレーをかけて布で拭いてましたが。
ノミは外に出さずに薬を飲ませてたら、全くいなくなりました。ノミって絶滅させられるんだ、とびっくりしましたねー。ノミがいないから体もあまりかいてませんでしたね。

そんなこんなで人になつかないかわいくない子猫時代だったのですが、その後避妊手術をしてから激太り状態に。あれよあれよと体重は最高で8.2Kgに。10Kg超のでぶ猫もいますから、8Kgくらいたいしたことないと思われるでしょうが、元がかなり小さいメス猫ですからねー。かなりのものでしたよ。横になるとまん円なクッションみたいになってたし・・・
重くて抱っこしても1分と持たないし、膝に乗られた日には足しびれるし・・・(笑)
人間の赤ちゃんなら8Kgの子を抱っこって可能なんですが、やっぱり猫は人間がだっこするように出来てませんからねえ。なんだかんだと8Kgを片腕で持たないといけないんですよね・・・あれはキツかった。抱っこ嫌いな子で何よりでしたよ・・・
膝に乗る時も、私の場合、膝に前足だけ置いて「どうしようかなー」と考えられるんですが、これが小さい足の2点に体重が集中して痛い! 「どっちにするか早く決めんかい!」という感じでした・・・(そして乗らないことが多かった・・・(笑))
そして、ここまで重くなると、猫なのに高いところに登れなくなるんですねえ。テーブルはおろか、椅子にも登れませんでした。座卓とかソファの一番低いところにはなんとか・・・でもそれも、おしり振りながらかなり狙いを定めてからえいやっという感じでした。しかも時々失敗してたり、「今日はやめとくか」とやめたり・・・(汗)
猫のくせにテーブルの上に置いておけば安全、というのは楽っちゃあ楽でしたけど(笑)
太らせないためにダイエット用のドライフードしか与えなかったんですが、それをまた飽きずにどんどん食べるので、どんどん体重は増え続けていたという・・・
人になれないくせに他所の人には興味津々で、宅配便の人とか来ると絶対に覗きに行っていたのですが、いつも「うわあ、猫か」とびっくりされていたそうです(汗)
こんなに太ってるから長生きはしないよね、と言っていたのですが、結局17歳まで生きましたからね。ドライフードばっかり食べてたからかも? 歯も歯槽膿漏とか全然なくて、最後まできれいでした。(亡くなる前って、衰弱するからか、歯槽膿漏もひどくなっちゃうんですけどね)

このままどんどん太るのか・・・と思われた10歳の夏、突然何も食べなくなりました。
獣医さんに連れて行っても原因はよくわからず・・・とりあえず抗生物質を打ってもらったのですが、それが効いたのかよくわかりませんが、その後カツオの焼いたのとか高級品を与えてみたら、少しずつ食べるようになって、復活しました。絶対ダメだと思ったのに・・・そして7年生きたという(汗)
でもそれを境に食べる量が減って、体重もどんどん減っていきました。最終的に亡くなった時は2kgになってました。まあ3週間の絶食の後でしたけど・・・

で、体重が減りだしたら、自分でも体が軽くなったのがわかるのか、だんだん高いところに登れるようになって来ました。不思議なものですね。自分で「今日はいけそう」とかわかるのかな。
でも筋力があまりないからか、もうテーブルに直接乗ったりとかできませんでしたが。でも、だんだん色んな経路を使ってなんとかテーブルの上に達するようになりましたが・・・
それでも、普通の猫に比べたら行動範囲も狭いし、かなり手がかからなかったですね。
おっとりしていて、盗み食いとかしなかったですしねー。与えられたものしか食べないという。「食べ物くれー」とは要求するんですけど。
以前人間にはちょっと生臭い刺身をちぎって少しずつ与えてたら、刺身持ってるほうの手じゃなくて、刺身ちぎってる方の手をちょんちょんとつついて「早くくれー」と要求してましたからね・・・
テーブルの上にうっかり焼き魚を置いたまま目を離してたら、焼き魚を舐めていたという・・・(汗)ちぎってもらわないと食べれないんですよね。前の猫なんか、一度パックに入ったさんまを骨も残さずに丸ごと食べちゃったことありましたけどねえ。この子は野良猫としては絶対生きていけないなーと思ったものです。
そう言えば、実家が立て替える前は障子があったのですが、メイは一度も障子を破きませんでした。どうも障子が破けるものだと知らないままだったのではないかと・・・(汗)前の猫なんか、怒られると腹いせに障子破いたりしてましたけどねえ。

何年かするうちに人にも少しずつ慣れて来て、冬には膝に乗ったりもするようになりましたが、既にかなり大きくなっていたので膝に乗り切らず、ちょっと乗っては自ら降りて行ってましたね。
やはりいつも家にいる母が一番好きで、昼間は母にくっついて歩いていたようです。(昼寝してない時は)洗濯物を干しに行くと一緒に二階までついて行って、母が洗濯物を干し終わると、洗濯かごに入って下まで下ろしてもらうのが好きだったそうです。晩年はあまり二階に上がることがなくなったのでいつの間にかやらなくなったそうですが。
抱っこは最後まで嫌いでしたが、無理やり少しずつ抱っこしてたら(獲れたての魚のようにびちびち暴れるのを無理やり捕まえて(笑))そのうちに最初は我慢するようになりました。少し我慢したら下ろしてくれるものだとわかったようで。でも長くなると暴れてましたけどね・・・(笑)
まあ基本的にあんまり触って欲しくない子だったんですが、慣れてくるにつれて変なところが寂しがりでしたね。誰もいない部屋よりは誰かがいる部屋に一緒にいたがるという。リビングに誰もいなくて、他の部屋で話し声がしてると、「入れて」と扉をガリガリやってましたねー。
ピアノが置いてある部屋は立ち入り禁止だったのですが、母がピアノを弾いている時は待たないとダメ、とわかっていて、扉の前でずーっと待ってました。(時々飽きてリビングに戻って寝てたけど(笑))
私と妹が話しこんでいると、二人の間あたりに座ってみたりして。一緒に参加してるつもりだったのかな(笑)
リビングでも、高いところに登れるようになると、なるべく高くて部屋の中央の、家族全員が見えるところに陣取るのがすきでした。私たちは「見張ってる」と言ってましたが(笑)ソファーの背もたれが定位置でしたね。(エアコンの風が一番当たるところでもありましたが・・・(笑))
雷が鳴っても地震が来ても、人間が慌ててないと自分も慌てずにのんびり構えてました。野性の本能がほぼないなーと思いましたね(汗)
年取って来ると、背もたれの上で箱座りして起きているつもりでもいつのまにか寝てしまって、頭が下がって下についてたりしました。

こんな感じで(笑)頭をまっすぐ下げてる時もあって、そっちの方がおかしかったんだけど、上手く撮れませんでした。気がついて「はっ寝てた」と済ました顔しておきてしまうので・・・(でもすぐまた寝てましたが(笑))

私が実家に行くと、気が向くとお出迎えしてくれましたが、そうじゃない時は自分の場所に陣取ったまま、じーっと私のこと観てるんですよね。
で、ちょっと寄って行ってなでてやると、気が済んでそっぽ向くという。
もしかして「来たんならなでていかんかい」ということだったんですかね。こっちに言わせれば「なでて欲しかったら自分でこんかい」なんですけど・・・でもついなでてやってしまってましたが(笑)
でもやっぱり私は一緒に住んでないのでやや部外者で、母と妹になついてましたね。(それでも父よりは私の方がまだなつかれてましたけど)
特に母になついていたので、母が旅行中には食は細くなるし便秘になるし・・・と様子がおかしくなってました。
一度母が朝からでかけていて妹も旅行に行っていた時、様子を観に寄ったら、私のこと無視してずーっと母か妹が帰ってくるのを待ってました。彼女にとっては母も妹もいないというのはかなりの異常事態だったんでしょうね・・・

いつの頃からか、寝ていて目が覚めると「なでて」とばかりにじーっと近くの人を観るようにも。起きぬけのマッサージをしてもらうのが好きでした(笑)
あと、起きたばかりのねぼけている時に名前を呼ぶと、なぜか走って寄って来るんですね。エサもらえると思うのか・・・。時々途中で目が醒めて「はっわたしったら何を」と気がついて立ち止まることもありましたが(笑)

あと、風呂場で水を飲むのがすきでしたねー。なぜか普通に水入れに入ってない水が好きでしたね。流し台に上れた頃は流しの水も好きで、洗い物溜めておけなくて大変だったそうです。花瓶の水を飲もうとして倒していたことも何度か・・・
人が飲んでる水とか牛乳も欲しがりましたね。一度面白がってペットボトルのふたにちょっと入れて飲ませてやったらやみつきになって、私が水飲んでると飛んで来ていた時期もありました。

最初人になついてなかったのを幸い、夜はリビングに閉じ込めていたのですが、特に猫用ベッドを用意しなくて、好きなところに寝てました。
そうしたら、ソファーの上で寝るようになり・・・
でも、メイが寝た後ってなんとなーく薄汚れて汚くなるので(何しろ風呂に入ってないし)、専用にタオルや毛布を置くのですが、それが汚いので人間が座れず・・・なんか猫用ベッド買った方が安上がりだったような(汗)

そんなこんなで、最初は人になつかないかわいくない子猫でしたが、いつのまにか人間を信頼してくれるようになり、家族の一員になってました。私も、実家に行くとまずメイの姿を捜してましたが、母も妹も家に帰るとまずメイの姿を捜したそうです。
具合が悪くなってからはすごく寂しがりになり、何かとなでて欲しがるようになりました。その1にも書きましたが、病気が苦しくて助けて欲しかったのかもしれません。起き上がれなくなっても、頭だけ起こして必死に「見張ろう」としてましたね。
あんなに人間を信用してなかった子が、最後にはそこまで人間を信頼してくれるようになったのは、嬉しいことでした。

ようやく猫がいない家にも慣れてきましたが、まだ時々カーテンのふくらみを見ては「メイが入っているんじゃないか」と思ったりしてしまいます。
今実家のテーブルには箱根のガラスの森美術館で買ってきたヴェネチアングラスが置いてあるのですが・・・猫がいたらとてもそんなところに置いておけないですね(汗)
長々と書きましたが、17年半の思い出をまとめて書いておきたいと思ったので・・・お付き合いくださった方、ありがとうございました。
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さよなら、メイちゃん その1

2010年06月20日 | ペット
先日、実家の猫のメイが逝きました。ブログでもmixiでもTwitterでもプロフィール写真に使ってる子です。
17歳8ヶ月・・・もう十分生きたといえばまあそうなのですが。(あ、写真は7,8年前のですが。トップのも)
半年くらい闘病していたので、楽になって良かったね、という思いもあるし、正直ホッとした部分もなくはないのですが、やっぱり寂しいですね・・・
うちの犬猫はみんな長患いなんだよな・・・ある日突然亡くなってしまうのはショックですが、長いことだんだん弱っていくのを看取るのも辛いものがありますね。人間を看取るのよりはずっと楽だとは言え。
今日も実家に行ったら、リビングの窓のところからメイがお出迎えしてるんじゃないかと思ってしまって・・・(いつもお出迎えしてくれたわけではないけど(笑))
リビングに入ると、ついついメイの姿を捜してしまう・・・そんなに溺愛してかまってたわけじゃないのですが、部屋の中の風景のように、いるのが当たり前になってたんだなあと。ミネラルウォーターを飲んでると、メイがいたら欲しがって寄って来るだろうなあと思ったり・・・(人が飲んでる水とか花瓶に入った水が好きだった・・・)
そんなメイちゃんの思い出についてはその2で書くとして、今回はメイの病気の経過のことを書いておこうと思います。
病気のことがわかった時、積極的治療はしないで家で最後まで観てやろうと決めたのですが、あとどのくらい生きられるのか、最後はどんな状態になるのか知りたくてネットで検索したけれど、全然ヒットして来なくて・・・
ここに書いておくことで、いつかどなたかのお役に立てることもあるかなと思って、書き残しておこうと思います。

病名は、おそらく鼻腔内腫瘍でした。おそらく、というのはちゃんと検査はしなかったので・・・
大学病院でCT検査をするにしても、全身麻酔しなければならないし、放射線治療するにもいちいち全身麻酔しなければならないらしいし、手術でも完全に切除するのは難しいらしいし・・・
17歳という年齢から、何回も全身麻酔するのは体力的にも厳しそうだし、経済的にも厳しいものがあったので、ちゃんと検査して治療するのはやめたのでした。病気治してくれていると理解できない犬猫にとって、病院での治療を続けるのもストレスだと思ったし・・・
最初に飼ってた猫が腎臓を悪くした時に、少しでも生きていて欲しくて、無理に治療してかわいそうな思いをさせたので、なるべくストレスを与えないで看取ってやりたいと・・・
もっと若かったら、違う選択をしたかもしれないですが。
しかし、腎臓を悪くしないようにドライフードばかり与え、外にも出さずに育ててきて、おそらく内臓は異常なかったと思うし、歯もきれいで、全然歯槽膿漏になっていなかったのですが・・・腫瘍では防ぎようがないですね・・・
歳を取ると免疫が落ちて、癌になりやすくなるんだと、獣医さんも言っていましたが・・・

最初に症状らしきものが出てきたのは昨年の10月頃でした。もともとくしゃみは結構していたのですが、くしゃみがどんどんひどくなり、30連発、40連発くらいのくしゃみをするようになったのでした。
そのうちの透明な鼻水が出てくるようになったのですが、その鼻水に血が混じるようになりました。
この時点でネット等で調べて、鼻腫瘍の可能性もあると知りました。猫は(犬も)人間のように簡単に鼻血が出るようにはなっていないので、鼻血が出たらかなり深刻な病気を覚悟しなければならないということも・・・
でも、鼻をぶつけた等で傷がついて出血する場合もあるというし、鼻炎でくしゃみがひどくて出血ということもないことはないようでした。血が黒っぽい血ならほぼ腫瘍だけれど、傷の場合は鮮血だということで、この時は鮮血だったので、少し様子を見るか・・・ということになりました。
ただ、鼻水が出るのが左側の鼻からだけだったので、腫瘍の可能性も高いという覚悟はしていましたが・・・
が、血の量はどんどん増えていき、そのうちに鼻水というよりも鼻汁のような膿のような黄色いものが出るようになり、ついに目からも逆流して出てくるようになって、ついに病院に連れて行きました。12月上旬でした。
病院では、真っ先に鼻の腫瘍の可能性があると言われ、鼻に腫瘍ができた犬のレントゲン写真を見せてもらいました。
ネットで調べて知っていたとおり、猫はなかなか鼻血は出ないので、鼻血が出たら結構深刻なのだということも聞きました。
ただ、ウィルスに感染している可能性や、いわゆる風邪のようなものの可能性もあるというので、とりあえず抗生物質を2週間分もらって様子を見る、ということになりました。それでよくならなければ、腫瘍を疑って大学病院で検査をすることになったのでしょう。
でも、様子を見ても治らないようなら、治療はしないで家で看取ってやろう、とこの時決めていたので、それきり病院には連れて行きませんでした。

で、抗生物質の薬を飲ませ、目薬もさしていたところ・・・
薬が効いたのか、たまたま症状が治まったのか、鼻血も鼻水も出てこなくなったのでした。
これで治ったとは思っていませんでしたが、それでも楽そうになってホッとしました。
今まで具合が悪かった分、体が楽になって嬉しかったのか、すっかり元気になって走り回ってましたね。

しかしそれも長くは続かず、1月半ばにはまた鼻水と鼻血が出るようになりました。
だんだん出血量が増え、また目からも出血するようになり・・・
ついにはどろっとした黒っぽい血が鼻からも目からも出るようになりました。目は左目だけですが、鼻は右側からも少し出るように・・・
3月半ばには、出血がひどくなり、目から出た血が固まってくっついて、左目が開かなくなってしまいました。まあ固まった血をこそき取れば開いたんですが・・・
本人(猫?)は片目でも気にしていないようで、血の塊を取ろうとすると嫌がるのでなかなか取れなかったのですが、血だらけで片目で、鼻からも鼻血がでていて、かなり壮絶な姿に・・・
鼻の下も血がこびりついてかなり悲惨な姿だったのですが、鼻を拭かれるのもいやがるのでなかなか拭けず・・・
そのうちについにぐったりして来て、えさも食べなくなりました。
猫は匂いがわからないとエサを食べなくなってしまうそうで、ついにその状態になったのかと・・・

そして、ぐったりとして動かなくなって来たので、いよいよかと覚悟しかけたのですが・・・
ある日、ダメもとで口元に大好物だったカツオを差し出したら・・・突然むさぼるように食べ始めたのでした。まあそんなに量は食べられませんでしたけど。
そして案の定その晩食べたものを全て吐いてしまい、更にひどい下痢をしていたそうです。トイレで1回したもののその後も何回もしたらしく、トイレ周辺が大変なことになっていたそうです・・・

が、その日を境に、エサが食べられるようになったのでした。そのうちにカツオでなくてもいつものドライフードも食べるように。
どうやら鼻と目からの出血が止まったようでした。今回は薬は全く与えてないので、出血が止まった理由は不明・・・単に腫瘍が小康状態になったのでしょうか。
今回も小康状態は1ヶ月くらい続きました。また元気になって、張り切って高いところに登ったり、2階に上がってベランダに出たりしていたようです。

今まで2匹の猫と犬を見取ってきて、特に猫の時に思ったのですが、猫って自分の体調の許す限り、ギリギリまで普段通りに生活しようとするんですよね。
この時も、調子が良くなったら、ちょっと前までは登れなかった高いところに嬉々として上ってました。
リビングの真ん中にあるソファーの背もたれの上に乗って、リビング全体が見えるところに陣取るのが好きだったんですよね・・・「見張ってる」と呼んでましたけど(笑)
晩年は見張りながら寝ちゃってましたけどね・・・(笑)
そして、なんだかすっかり甘ったれになって、しょっちゅうなでてもらいに寄ってきてましたね・・・

4月半ばにはまた出血が始まり、今度はもう小康状態にはなりませんでした。
どんどん出血と膿がひどくなり、左の鼻からも出るように・・・
それでも、体が動く限りは鼻から血を垂らしながら普段通りに生活しようとしてましたね。

5月半ばにはついに何も食べなくなりました。
水はまだ飲んだのですが。カツオを目の前に差し出しても、プイっと顔をそむけてしまって、決して食べようとしないんですね。
最初のうちは無理に口の中に放り込んだりしてました。口に入ればとりあえず飲み込むので・・・
でも、前の猫の時にも無理にエサを与えようとして苦しい思いをさせてしまったので、あまりに嫌がるようなら・・・と、最初のうちだけでした。
牛乳を注射器(の針がないやつ。前の猫の時にエサをあげるために病院でもらった)で流し込んだりもしましたが、これもそんなに長くはやりませんでした。そもそもそんなちょっぴりの牛乳で栄養が取れるはずもないですし。
で、水のみの生活が続いたのですが・・・水だけで結構生きられるもんですね・・・1ヶ月生きてましたから。
どんどん体力がなくなって、フラフラしながらも、結構亡くなる直前まで歩いてましたからね・・・
当然骨と皮だけになって、ちょっと骨格標本に皮がついてるような感じに・・・(汗)
看病は正直ちょっと楽になった部分もありました。食べていた頃は、時々吐いたりしていたのですが、何も食べてないから吐かないし、便もほとんど出なくて、一日1,2回おしっこをするだけだったので。亡くなる数日前までは自分でトイレに歩いて行ってましたし。
ただ、鼻と目からの出血はしんどそうだったし、すぐに固まってこびりついてしまうのになかなか拭かせてくれなくて、かなりひどい外見になってましたが。
弱ってフラフラなのに、上れるうちは頑張ってソファの背もたれの上にも上ってました。
甘ったれ度もupして、横になっていることが多くなりましたが、寝たまま、なでて欲しくて近くにいる人をじっと見るんですよね。なでるのをやめると、「もっとなでて」とじっと見つめられるという・・・
動けなくなってきて、なでてもらうのが唯一の娯楽になっていたのかもしれないし・・・人間だって病気の時はマッサージしてもらったら気持ちいいですからね。
動物は、病気になると誰かから攻撃されていると感じる、と聞いたことがありますが、助けて欲しかったのかもしれませんね・・・
誰もいないところに帰ってくると、フラフラなのに歩いてついて回って来たりもしてました。ちょうどこの頃祖父母の具合が悪く、母が不在がちだったので誰もいない時間帯が多くて、ちょっとかわいそうでしたね。

体力はどんどん衰え、高いところに登れなくなり、歩くのもトイレに行く時だけになり・・・
出血は、両鼻と右目から血がかなり出て、かさぶた状になって固まってしまうので、嫌がるのをスキをついて母が取ってました。
なぜか寝るときにしっぽの上に鼻を置いて眠るので、しっぽが血と鼻汁で固まってガビガビに・・・蒸しタオルで蒸らしてからコームでとかしてましたが、ブラシかけられるの大嫌いなので抵抗してましたね。
最後の方で、右目からの血まじりの涙が、右目の下の涙嚢?にたまって、頬袋みたいに膨らんでしまって、下まぶたの裏側が出てきてしまって目がふさがってしまいました。
そのうちに涙嚢から血があふれ出てきて、膨らみはなくなったのですが、涙腺のあたりで血が固まったのか、あるいは膿んでしまったのか、目頭が固まってしまい、目を閉じることができなくなってしまいました。そのまま亡くなった時も目が開いたままでしたね。

亡くなる数日前には、トイレに行った後歩けなくなってトイレがある洗面所の床に座り込んでいたそうです。
亡くなる4日前には後ろ足が全く立たなくなり、トイレにも行けなくなって、トイレシートを敷いた上に寝かせることに。
それでも頭だけは動かして、誰か来るたびに「なでて」と訴えていました。
そのうち頭もあまり起こせなくなり、自分で水が飲めなくなったので、注射器で飲ませてやりました。
両鼻からは透き通った膿のようなものが出続けるので、頭の下にもトイレシートを敷いてました。
亡くなる前日には頭も全く動かさなくなり、注射器でも水を飲まず、体も冷たくなって来ました。なでてやると暖かくなるのですが・・・
そして、翌日の明け方、ひっそりと冷たくなっていたそうです。

腫瘍の症状がひどくなる前に、栄養失調で衰弱死した方が楽なんじゃないか、とも思っていたのですが、結局腫瘍の症状もかなり進んでいたのでしょうね・・・
痛がらないのでわからなかったのですが、本当は痛かったのかな。鼻を拭こうとするとすごく嫌がってたから・・・(目は拭かせてくれてたのです。かさぶた取るのはいやがってたけど)
腫瘍の位置によっては、脳の方まで広がって、神経症状が出ることもあるそうですが、そこまでは行かなかったのでまだ良かったのかな。そう思いたいです。

亡くなった夜に実家に行ったら、生きているうちには拭かせてくれなかった鼻周辺もしっぽも母がきれいに拭いてやって、生きていた時よりもきれいになってました。

半年くらいの闘病生活、特に終盤の状態はなかなか厳しいものがありました。もう猫は飼わない、なんて妹も言ってました。
でも、時間が経つにつれて、辛い思い出よりも、楽しかった時の思い出だけが残るようになるんですよね。まえの2匹の時もそうでした。
考えてみれば17年8ヶ月のうちのたった半年だったんですよね、病気だったのは。

「トーマの心臓」で、トーマの残した詩の中に「人は二度死ぬという/一度目は肉体の死/二度目は周囲の人に忘れられる死」というような一節があるのですが、そういう意味では、私たち家族が生きている限り、彼女に二度目の死は来ないのかなーと。メイが家に来る前になくなった猫のことも、その後なくなった犬のグラのことも、今でもしょっちゅう思い出してますから。

今はまださすがに他の猫を飼う気にはなれませんが、しばらくしたら、きっとまた新しい子を迎えて、また楽しい思い出を増やして行くのかな、と思います。
メイちゃん、長い間お疲れ様。天国で大好きなカツオをたくさん食べられているといいなあ。
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猫の激ヤセ・・・

2002年08月26日 | ペット
実家のでぷ猫メイ、この暑さのせいかこのところ食欲がなく、キャットフードをほとんど食べない状態だったそうだ。(上にかけた鰹節だけ食べていたらしい)
食わないからと言って贅沢な食べ物を与えてはますます肥るばかりなので、キャットフードしか与えなかったので、ほとんど絶食状態だったらしい。
「なんか最近小さくならない?」と体重を量ったところ、なんと1kgも減っていたそうだ。まあ、減っても7kgなんだけど・・・
しかし、猫の1kgと言えば、人間にしたら10kgくらいにあたる。まさに激ヤセ。羨ましい・・・
ほとんど絶食状態ながら、特に具合も悪そうに見えないメイ。身体が軽くなったせいか、このごろよく食卓の上や、今まで乗らなかった高いところに登るようになって困るそうだ。
(しかし、テーブルにも登れなかった猫って・・・(汗))
このまま7kgをキープするのか、もっと痩せるのか、それともリバウンドしてしまうのか(笑)今後の動向が注目されます!?
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