
明日、六月八日は2001年の当日の朝に、大阪教育大学付属池田小学校に刃物を持った男が乱入し、児童8人が死亡し、教師を含む15人が重軽傷を負った「付属池田小・児童殺傷事件」から丸10年になる。
午前10時に小学校の二時間目が終わり、三時間目との休み時間に入る直前に、当時37歳の犯人Tが無施錠の自動車専用門から校庭を経て体育館の前を通って、南校舎一階の2年南組に入って、まず女児5人を無言で包丁で刺し、続いてテラスから隣の西組に移って児童を襲い、今度は廊下に出て、その隣の東組に入って更に4人を襲ったのだという。
男は東組から外に出たところで、タックルしてきた教師(一年南組担任)の胸を刺して重傷を負わせて、その後も教師の「逃げろ!」という声に中庭へと逃げていく児童たちを男はしばらく追いかけたところで引き換えして、再び1年南組に行って黒板の傍に居た4人の児童を切りつけたところで、ようやく副校長ともうひとりの教師によって取り押さえられたという。
この凶行は、たった5分ほどの突然の出来事だったわけで、学校の教職員たちは、いったい何処で何が起きたのかもすぐには判らないうちに、男は児童8人を殺害し、教師2人と児童13人に重軽傷を負わすという、卑劣かつ大胆な殺傷事件として、大ニュースとなったので多くの人の記憶に今も直残っていると思われる。
犯人のTは、逮捕後精神障害を装って罪を逃れようとしたみたいだったが、本人は小6の時に大教大付属池田中学校の受験を希望したことがあったらしいが、模擬試験の結果が悪くて断念した経歴があるらしく、中学校時代から家庭内暴力が始まり、工業高校に進学後は野球部に所属したが、練習態度が悪いなどから上級生にいじめられ、高校2年で中退し、この頃から不安感や体のだるさを訴えて、近くの精神病院に入院したことがあったらしい。
その後、航空自衛隊に入隊し、パイロットを志望したが整備などにまわされたために除隊し、父親の金で運送業をはじめるが失敗し、不動産会社に就職し、母親との二人暮らしをしつつ母親への激しい暴力は続いていたという。
その後も、不動産会社の業務中に集金を装って女性宅に上がりこんで暴行、強姦し、逮捕を免れるために精神病を装って入院したが、性格異常だが理非弁能力はあるとの地検の嘱託医の診断で逮捕され、この婦女暴行事件で懲役3年の実刑判決が出て少年刑務所に入所しているという。
その後は4度の結婚、離婚を繰り返した上、殴り合いの喧嘩やストーカー行為や暴行事件を数々起こしていて、その前後にも精神病院に入院したりして、技能員として小学校に勤務していた際の傷害容疑事件では精神分裂病の疑いと診断されて、措置入院となり結局不起訴となっていたらしい。
この幾多のトラブルを経て、その腹いせに「大量殺人」を企図し、犯行に及んだというのであった。
捜査と公判両段階で行われた精神鑑定では、彼は「人格障害」と診断されたが責任能力は認められ、殺人、殺人未遂罪で起訴され、結局「死刑」が確定した後、死刑廃止を訴えるアムネスティ・インターナショナルの活動に参加していた女性と5度目の結婚をし妻が最期を耳取ったらしいが、最後まで被害者遺族に対する謝罪の言葉はなかったという。
事件後、全国各地の幼稚園、小中学校などで「安全対策」や「事件防止策」が議論され、学校の門扉が閉ざされて、地域に開放された学校という理想が遠くなったのは、この事件との因果関係が強く、何処にでも「非常識な行動」や「異常な精神状態」の人間がいると思われるのだが、どうも完璧な防護策や似た様な事件の再発を防ぐことは不可能ではないだろうか。
いくら「さす股」と呼ばれる防御道具を職員室や教室に置いたり、校門にインターフォンを設置したとしても、こうした犯行や自己中心型の想いを凶行するであろう犯行予備軍ともいえる「心に闇」を持った人間が、社会の隅には必ずいると思われるからである。
「理不尽な犯行」という犯罪が多発している現代社会の闇は、人間の英知や対応策だけでは止められないのである。
午前10時に小学校の二時間目が終わり、三時間目との休み時間に入る直前に、当時37歳の犯人Tが無施錠の自動車専用門から校庭を経て体育館の前を通って、南校舎一階の2年南組に入って、まず女児5人を無言で包丁で刺し、続いてテラスから隣の西組に移って児童を襲い、今度は廊下に出て、その隣の東組に入って更に4人を襲ったのだという。
男は東組から外に出たところで、タックルしてきた教師(一年南組担任)の胸を刺して重傷を負わせて、その後も教師の「逃げろ!」という声に中庭へと逃げていく児童たちを男はしばらく追いかけたところで引き換えして、再び1年南組に行って黒板の傍に居た4人の児童を切りつけたところで、ようやく副校長ともうひとりの教師によって取り押さえられたという。
この凶行は、たった5分ほどの突然の出来事だったわけで、学校の教職員たちは、いったい何処で何が起きたのかもすぐには判らないうちに、男は児童8人を殺害し、教師2人と児童13人に重軽傷を負わすという、卑劣かつ大胆な殺傷事件として、大ニュースとなったので多くの人の記憶に今も直残っていると思われる。
犯人のTは、逮捕後精神障害を装って罪を逃れようとしたみたいだったが、本人は小6の時に大教大付属池田中学校の受験を希望したことがあったらしいが、模擬試験の結果が悪くて断念した経歴があるらしく、中学校時代から家庭内暴力が始まり、工業高校に進学後は野球部に所属したが、練習態度が悪いなどから上級生にいじめられ、高校2年で中退し、この頃から不安感や体のだるさを訴えて、近くの精神病院に入院したことがあったらしい。
その後、航空自衛隊に入隊し、パイロットを志望したが整備などにまわされたために除隊し、父親の金で運送業をはじめるが失敗し、不動産会社に就職し、母親との二人暮らしをしつつ母親への激しい暴力は続いていたという。
その後も、不動産会社の業務中に集金を装って女性宅に上がりこんで暴行、強姦し、逮捕を免れるために精神病を装って入院したが、性格異常だが理非弁能力はあるとの地検の嘱託医の診断で逮捕され、この婦女暴行事件で懲役3年の実刑判決が出て少年刑務所に入所しているという。
その後は4度の結婚、離婚を繰り返した上、殴り合いの喧嘩やストーカー行為や暴行事件を数々起こしていて、その前後にも精神病院に入院したりして、技能員として小学校に勤務していた際の傷害容疑事件では精神分裂病の疑いと診断されて、措置入院となり結局不起訴となっていたらしい。
この幾多のトラブルを経て、その腹いせに「大量殺人」を企図し、犯行に及んだというのであった。
捜査と公判両段階で行われた精神鑑定では、彼は「人格障害」と診断されたが責任能力は認められ、殺人、殺人未遂罪で起訴され、結局「死刑」が確定した後、死刑廃止を訴えるアムネスティ・インターナショナルの活動に参加していた女性と5度目の結婚をし妻が最期を耳取ったらしいが、最後まで被害者遺族に対する謝罪の言葉はなかったという。
事件後、全国各地の幼稚園、小中学校などで「安全対策」や「事件防止策」が議論され、学校の門扉が閉ざされて、地域に開放された学校という理想が遠くなったのは、この事件との因果関係が強く、何処にでも「非常識な行動」や「異常な精神状態」の人間がいると思われるのだが、どうも完璧な防護策や似た様な事件の再発を防ぐことは不可能ではないだろうか。
いくら「さす股」と呼ばれる防御道具を職員室や教室に置いたり、校門にインターフォンを設置したとしても、こうした犯行や自己中心型の想いを凶行するであろう犯行予備軍ともいえる「心に闇」を持った人間が、社会の隅には必ずいると思われるからである。
「理不尽な犯行」という犯罪が多発している現代社会の闇は、人間の英知や対応策だけでは止められないのである。











「ただいま」って帰る。
当たり前の日常
それをぶちこわした、犯人が今も許せない。
犠牲になられた、ご両親は、どこの家も
その夜、「川の字」になって寝られたそうです。
ガリバー、この事件をちゃんと覚えていてくださってありがとう。
安全で安心な、子どもたちの笑顔がいっぱいで、日常が日常である学校であるために、微力ながら頑張ります。