木戸佑兒グッホー日記

小豆島愚放塾の暮らし・・・感じるままに、心のままに、生きるがままに

肯定的な否定が「全否定」にすり替わる、ある大学休学生の心理

2016-12-31 13:45:46 | 教育一般
評価という呪縛にもがいている
 
一概に最近の若者と括ってしまってよいものか、それは分からない。僕がこれまでに接した若者たち、彼らは「全否定」という言葉をいともたやすく口にする。こちらとしては人格を否定したわけでもなく、まして言ったことを「全否定」するつもりがまったくない場合でも、そう言う。「全否定」という言葉が従来の用法の枠を外れて彼らの心をがんじがらめにしているのである。

たとえば、大学休学生のある塾生とプログラムの進行具合の「総括」をした時のことである。愚放塾の教育プログラムは到達目標を細分化して段階ごとのテーマを設けてあり、項目別に自己評価していくのだが、彼の評価を聞いて僕もコメントしていく。ある項目の評価の時だった。

彼が言った言葉に対して僕も頷いて「そうだね、以前は面倒臭がって先延ばしていたことも最近はそれがなくなったよね」と言うと、彼の表情がにわかに陰った。そして黙りこくってしまった。「どうしたの?」と尋ねても、口を閉ざしたまま何も言わない。しばらくして彼はこう切り出した。

【続きを読むには、ここからお入りください】
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ある不登校生の不可解な言葉... | トップ | 休学、不登校生への提言、「... »

コメントを投稿

教育一般」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL