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イギリスの魔女裁判 (家事のミス)

イギリスの魔女裁判
(家事のミス)

ウィリアム・レインの妻、ベネット・レインは、次のように
証言した。かつて未亡人であった時、家に来ていた
アグネス・ハードにミルクを1パイント与えた。
その際、そのミルクをもって帰るための器も貸して与えた。
その器をアグネスは2-3週間返さなかった。そんな時、
たまたまアグネスの娘が何かの連絡のために家に来たので、
ベネットはその子に「あなたのお母さんにミルク酒を作る
ミルクはあげたけど、器まであげてはいないわ」といい、
皿を返すよう求めた。そのとき、この証人ベネットは
糸を紡いでいた。

その後アグネスの娘は家に帰り、ベネットにいわれたことを
母に伝えた。アグネスは娘に器をベネットの家まで届けさせた。
この証人ベネットがいうには、器を受けとってその子を帰すと、
うまく糸が紡げなくなっており、すぐに切れてしまう弱い糸しか
できなかった(1)。

さらに、この証人ベネットは次のようにいった。また別のとき、
彼女はアグネス・ハードに2ペンス貸していたのだが、
ベネット自身も貧しかったので、教会に税を払うために
アグネスからお金を返してもらうか、あるいは他の人から
借りるかしなければならなかった。そうアグネスにいうと、
このアグネスは「今週は8シリングか9シリングを別の人に
払ってしまったので、今は返すお金がないわ」といった。
これに対してこの証人ベネットは、「今、返してくれなきゃ
ダメよ。だって今日、教会に税を納めなくちゃいけないんだから」
といった。するとアグネスは、「じゃあ誰かに借りてこなくちゃ
いけないわね」といい、実際にお金をもってきていった、
「ほら、借りたお金よ」。そこでこの証人ベネットは、
「かわりにミルクを1パイントあげるわ。いつでもいいから家に
来てね」。次の日アグネスが来て、そのミルクとバターを
もらって行った。

この証人ベネットがいうには、次の日、[クリームにするために]
ミルクの表面をすくおうとしたが、まるで卵の白身のように
伸びて巻きついてしまった。またそのミルクを火にかけると、
沸騰せず、固まって焦げ、そして嫌なにおいがした(2)。

* * *
Barbara Rosen, Witchcraft in England,
1558-1618 (1969), pp. 147-48.

- 英語テクストの掲載はさしあたり自粛(著作権の関係から)。
- 日本語訳は10年くらい前につくったもの(いろいろ未確認)。

* * *
魔術による(とされる)被害の発端の多くは、近隣の
人との日常的な交流。上の証言においては、(1)と
(2)が、アグネスの魔術による被害。ふつうの言葉で
いえば、主婦としての自分の仕事をベネットが
(何かの理由で)うまくこなせなかった、ということ。

1. キース・トマス、『宗教と魔術の衰退』流の解釈
アグネスに対して器やお金の返却を要求したベネットが、
アグネスにうらまれることをした-->アグネスが魔術で
自分に復讐した、と考えた。

2. Diane Purkiss, The Witch in History 流の解釈
ベネットは、家事における自分のミスの責任をアグネスの
魔術に転嫁。こうしてベネットは、主婦としての体面
を家族や自分に対して保とうとした。(当時、貧しい
人々のくらしは厳しかったので、小さなように見える
ミスでも、重大なことだった。)

いずれにせよ、このような実際の魔女裁判の根底に
見られるのは、「悪魔との契約」などという
おどろおどろしい、非日常・非現実的なものではなく、
いつの時代にでも、また誰にでもありそうな、社会・
地域生活上のふつうの不安。

この不安に「魔術」・「悪魔」・「魔女」などという、
善悪に関する神学的な思考の枠組み(いわば合法的に
近隣の人を攻撃する手段)が知識階級から与えられた
ことによって、魔女裁判がおこった。

(魔女裁判における被告・原告の多くは、読み書き
すらできないような、知的には受け身にならざるを
えないような、貧しく老いた田舎の女性たち。)

つまり、このような側面から見れば、魔女裁判は、
地域社会のいざこざと神学思想の不幸なコラボの
ようなものだった。(もちろん他の側面もある。)

* * *
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