おみつ便り

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越前大野の旅 その2

2017-05-13 06:20:56 | 旅行

昨日の続きです。

翌日は越美線で九頭竜湖へ行きました。

大野駅から一両編成の電車に乗ったのですが、なんと乗客は我々三人だけです。途中の駅からの乗客は無く、まるでお召し列車気分です。

田植が終わったばかりの畦道には濃いピンクの芝桜が、いずれの田の縁にも植えられており、緑の車窓の風景に彩りを添えています。列車が進むにつれて山が迫り、上り坂を喘ぐようにすすんでいきます。みずみずしい緑の中にヒメシャガやレースのようなセリ科の白い花々が、線路の近くに群生して、清楚な雰囲気を醸し出しています。約50分程で、終着駅の九頭竜湖につきました。もちろん下車したのは、私達三人だけです。

予約しておいたタクシーで九頭竜湖ダムを30分程かけて一周しました。運転手さんの、越前訛りの優しい口調の説明を受けながら小さいダムを幾つか眺めて、10分程して、一番大きな九頭竜湖に着きました。
東山魁夷が画いたような山々が湖の周りを取り囲み、それが湖面に映し出されて、静寂の中にいると、心が浄化されていくようでした。

その時運転手さんが、「湖面をよく見ると、埋没した村の道や橋が澄んだ水の底に見えるでしょう」
と言われたので、目を凝らして見ると確かに見えました。その内に湖面に沈んだかつての村落の営みが感じられてきました。と同時に村人の魂の叫び声が、私には感じられてきたのです。美しい眺めは、魂の追悼に変わっていきました。



聞くところによると、周辺には八ツの湖があるそうですが、どの湖の底にも小さい部落が犠牲になっているとか。

昭和40年代に盛んにダム建設ラッシュがあり、その頃に造られたダムには、埋没した村落の鎮魂ひが建てられたり、村の歴史を遺すために資料館が建てられたりし始めたそうです。
それ以前に造られたダムは、国の繁栄を第一とした方策により、有無を言わさず立ち退きが強制されて、村人の思いを遺すことはなかったそうです。辛うじて犠牲になった村落の名前が判る程度の記録しか残ってないらしい。

行きとは違った気持ちで駅に戻りました。澄んだ冷たい風が体を通り抜けました。
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