グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

日本ジオパーク再審査報告・その2「噴火体験を語りつごう。地域座談会」

2016年11月11日 | 火山・ジオパーク
昨日の再審査では、審査員の方々も表題の座談会に参加しました。

この座談会は大島町の『噴火30周年記念事業』の事業の1つで、伊豆大島ジオパーク推進委員会主催の行事として噴火当時、保育園、社会福祉協議会、理髪店、東京電力で働いていた4名の方のお話を聞く形で行われました。

進行は寺田さん。(海の精株式会社)

参加者は68名だったそうです。(出演者、司会以外)

いくつかの質問が用意され、それに4人の方が答える形で進んで行きました。
以下の文章は、私のメモからの抜粋です。

聞き取れなかった部分もあり、皆さんが発言された通りではありませんがご容赦ください。
(青い文字が質問です)

噴火前までは三原山に対し、どう思っていたか?
○御神火様と敬う気持ち。
○火口の溶岩が空に映るのを眺めて暮らしていた。
○遠足などで山に登っていた。
○三原山が怖いと思ったことはなく、当たり前のように存在していた。

1986年噴火開始の時はどうだったか?
○東京にいてニュースで見た。電話をしたら島には知らない人もいた。 
○「あ、そう」という、よそ事の感じ。
○七五三の家に行く途中で家族でドンという火柱を見た。初めて降った火山灰を家族で経験した。
○七五三でお酒飲んでいた。これで客が増えるとちょっと嬉しかった。

11月16日から20日まで(噴火開始後割れ目噴火の前日まで)どう過ごしていたか?
○噴火に驚きと興奮。島外から来たからか恐怖心が少しあった。 
○夜になると空が明るく見えた。花火みたいだったので、親戚に電話して「来なさい」と言ったら2組来た。職場の周りはマスコミだらけだった。
○家族で毎日車で見に行っていた。綺麗で花火のようだった。
○外輪山のナイトツアーが行われていた。

11月21日(割れ目噴火の日)はどうだったか?
○元町一合目に住んでいた。職場は山が見えない場所の保育園だったので「地震が多いね」ぐらいで危機感は無かった。17時15分まで変わりなく勤務。野増(元町の南の集落)に入った時,皆同じ方向(噴火している方向)を向いていた。自分の家も立ち入り禁止。地震も多く、玄関から自分の家に入るのは躊躇した。
 
○空振が続き、窓ガラスにテープを貼ったりしていた。山に飛んでいる溶岩?が見えて嫌な予感がした。地震が絶え間なく来るので立っていられなくなった。外に出たら山がスゴイことになっていた。女子職員は先に帰した。金庫の鍵締めて老人ホームの様子を見に行った。「これから一般島民の車の運転を禁止する」という放送入る。帰って10分ぐらいしたら老人福祉会館に避難してくださいと言われた。

○泉津(島の北東部)に住んでいた。下からのズンズンくる、いつもと違う響きがあり嫌な予感がしていた。ドン!と揺れが来て唐紙が外れて倒れた。キノコ雲を見た。「泉津が危ないらしいから早く帰れ」と周囲に言われ、娘を連れて帰ったが、直後に落石やひび割れで車が通れなくなった。電池無かったので電池を買い公民館に避難。暗い中で灰が降って怖かった。

○3交代で11名で勤務していた(東電)。月一回全員集合の安全会議を行っており、この日も15時から会議だったが、地震がひどく会議にならないと、担当部署に戻り安全確認をしていた。火口と違う方向からキノコ雲が出た。燃料タンクの燃料が波打っていた。島の発電所職員はほとんど島出身者。「何かことがおきたら東京からの支援はしばらく無い、ぜったい電気消さない。島の電気は自分たちで守る」と皆思っていたはずだ。誤作動多く、停電があちこちでおきた。災害対策本部から「電気は最後まで消さないでほしい」という要請が来た。11名の職員全員が「島に残ります」という意思表示をした。溶岩が流れ続けると出光のガソリンスタンドに行くと言われていた。当時500kタンクの軽油が満タンだった。「燃料を受け入れてくれ」という要請があり、タンクローリーで運んだ。

避難準備から避難指示へ
○逃げない人がいた「命令なら聞かない。協力ならする」という人が7〜8人いた。

○家にいられなかったので荷物を持って店にいった。保育園園長に電話をした。避難がピンと来なかった。島から出ることが認識できなかった。最初は東海汽船駐車場に避難。主人から「船に乗るな」という連絡受け、叔父の漁船で避難した。避難した港で給油して主人はすぐ折り返した。

○バス行ったり来たり。「島を出るらしい」という噂が聞かれた。「波浮港は昔火口だったので爆発するかも」とNHK職員4人が語っていた。父は漁師で、船で三浦の三崎港へ避難した。

○泉津地区も公民館へ。漁船のはしけで自衛隊の船(あつみ)に乗った。主人の父に「こういうときに慌てて前に出るんじゃない」と言われ、子どもおぶっていたが、ゆっくり行った。灰が降っていた。皆に介添えしてもらい船に乗った。あつみの船底は、ぜんぶグレーで体育館の数倍の広さだった。子どもに「お腹がすいた。のど渇いたと言われた」が何も持っていなかった。若い人が乗り込んできて、缶ジュース持って飲んでいて、こどもからは「のどが渇いたよ」と言われ、準備できなかった自分が情けなかった。

○妻が妊娠中だったので帰宅したら、ロウソクでご飯を食べていた。山が見られないので切迫感がなかったようだ。産婦人科に妻をあづけ、子どもを祖父母にあづけて東電へ。家族を抱えているものは一度東京へ避難するよう言われたので避難した。東電前は海上自衛隊に4年いたので「あつみ」に乗ったら知り合いに会った。風呂場に入れてくれ、カップラーメンもらって嬉しかった。「あつみ」は泉津に寄ってから元町に寄って本土へ向かった。

避難生活 
○新宿スポーツセンターに避難した。役場職員だったので名簿管理などの仕事をした。園長先生達が話し合い、2週間後に仮設の保育を開始した。色々な地区の子ども達が、安心できるように保育士がコミュニケーションを取り合って活動した。水族館、東京タワーを開放してくれて入れたのが楽しかった。食事は冷えたお弁当をわけあって食べた。

○一所帯10万円まで貸すいうことになった(着の身着のままで出てきていたので、みんな助かった)。茗荷谷では不良者が、大島の住民に混ざって弁当食べていた。

○大島(江東区?)の体育館に避難。親戚の家に行き、学校も入れてくれた。急に大きな学校に移り子どもが溶け込めるか心配だったが、大丈夫ですぐ適応した。

○同じく大島に避難。妻がヘリで病院に入ったことをテレビで知った。第3陣で帰島し、仕事を開始。5つの門を開放し、1台ずつ車を置いて鍵をつけっぱなしにしておき、何かあったら車で逃げられる体制を取った。会社の独身寮で雑魚寝。消防団が給食センターで調理した物を食べていた。島民の帰島に向けて避難道路に街灯や観測機器を増やす仕事を1カ月間行った。スコリア50cmぐらい降っていたり、都道に1mの落差ができていたりした。

帰島
○前日にお別れ会をしてもらった。その時一度爆発があり、帰れるか少し不安はあったが嬉しかった。 
○嬉しかった。子どもは学校になじみ、残りたいと言っていた。

次世代に伝えたいこと
○3年前の土砂災害でも被災した。でも災害にあっても、またそこに住みたいと思う。大島の自然が好き。砂漠のススキ、おはち、保育士だったからこそ子ども達と一緒に知ることができた。郷土を愛して、戻って来てほしい。 

○いろんな人に世話になったので、阪神大震災でボランティアに行った。はくもの、懐中電灯、メガネは緊急事態に備え準備している。

○噴火前に火災に遭った。噴火でも助けてもらい、人の親切への感謝の気持ちが強い。他人への思いやりや感謝の気持ちはずっと無くしてはいけないと思う。

○東電5年前にいろいろあったことを継承していかなければいけない。テプコスピリッツという施設に大島と三宅島のコーナーがあり、会社でも若い人に継承しようとしている。島の電気は止められない、自分の安全が無ければ人の命は救えない。自分の安全を確保し使命感を持ってやれば、周りの人はその姿を見ていてくれる。

高校生より質問
高校生は、友達の質問を含む、たくさんの質問を用意してくれたようです。
時間がなかったので少しだけ、質問してもらうことになりました。

火山灰が降って苦労したことは?
火山灰ってうっとうしい、べたつく。メガネにつくと痛い。暗い中で灰が降ると不気味。
南西風でラッキーだった。不幸中の幸いだ。もし北東風が強かったら、バス移動もできなければ何もできない。海も静かだった。

全島避難までに必要な手荷物準備する時間あったか?
時間は少しはあったが、何が必要かがわからなかった。

普段から用意した方が良い物は?
貴重品。下着、洗面用具は貴重だがすぐに支援がくる。大事なのは写真だった。心と体の健康。

…座談会は以上です。

この会に参加して、30年前の噴火の時にそれぞれの人が、それぞれの立場で苦労されたり、前向きに活動されていたことが良くわかりました(^_^)

最後の締めの、司会の言葉も素敵でした!
「噴き出したマグマの10倍のマグマが噴き出す直前で止まったと言われている。全島避難は必要無かったという人もいるが、避難は必要だったと思う。災害に対して普段から学ぶことが絶対に大切。皆さんどうぞジオパークの活動にご協力ください」

改めて、語り継ぎ、学びあうことの大切さを感じた、素敵な座談会でした。

(カナ)
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