豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。


豊前善三つれづれ日記

2016年05月27日 08時44分32秒 | 日記
( Vol 1430 ) 今回の小学校4年生の同級生による喧嘩の終末が死亡という結果を招いた事件 これは加減を知らないこどもたち が出てきているということを表していないか

今回痛ましい事件が起きた

小学校において 些細なことから 喧嘩へとエスカレートし 喧嘩相手の同級生が死亡するという痛ましいことが起きた

殴る蹴るということで 小学校4年生が 相手を死なせるまで 追い詰めた


これはどういうことか

ここには 加減というものが 存在しなくなっているのではないだろうか

野生動物の世界では 優劣をつける喧嘩には 加減が存在する

優劣が決まれば それ以上はしない

だが いま 人間社会は この加減というものが 失われてきているのではないか


その影響が 子供社会にまで 浸透してきていると 思わせる事件 と捉えることができるのではないか


この背景には バーチャルゲームの影響 や 幼少期におけるコミュニケーション不足が 影響しているのではないだろうか

相手を気遣う

優劣の判断基準の感覚の育成


これらは 幼少から親が 心掛けて育てなければならないところなのだが

その点において 現代社会では コミュニケーションを軽視した 孤立社会を 形成しているのではないだろうか


この小学生による事件は 学校のありかたとして 簡単に処理するのではなく

日本全体の 子供の育て方として 捉える必要があるのではないか


最近報道で 「孤立」という文字が目につくが そのことも このことに通じるものではないだろうか


世の中 弱肉強食とも言われているが そこには良識のある 行動があって 認められるものである

しかし いま 日本社会は その良識ある行動が 欠如している


そのことが 子どもにも影響しているのではないか


今回のような痛ましいことが 今後起きないような 社会環境を 大人たちが築いていく 努力をすべきではないか







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豊前善三つれづれ日記

2016年05月19日 08時06分47秒 | 日記
( Vol 1429 ) 心理学は 哲学の一つと 捉える必要がある

巷では 心理学を医療の一環のように捉えているところがあるが 

心理学は 人生哲学

どう こころを 操るか

それは 宗教の唱えているところと 共通する


宗教も 哲学の一つ

科学ではない

非科学 これはは必ずしも反証を受け入れてはいない


宗教は 人生哲学を お経のようにして 唱える 習慣化すること


その内容の多くは 人との関わり方について 述べている 


この点において 心理学も共通している


心理学の手法を持って 病んだ心を治癒させようという カウンセリングが 流行しているが そこには限界がある


人の心を 変えるのは容易ではない


人のこころの有り様を 分析することはできても 人の心は 自身が変わろうとしないかぎり変わらない


宗教も 心理学も 人の心のありようについての アプローチは 変わらない



心理学は 特別なものではない


人生哲学である 

だれでもが 生きていく上における テクニック


そのアプローチの一つとして 心理学があるのではないか



カウンセリングブーム の中 心理学がもてはやされているが 

ここには 落とし穴がある


カウンセリングにより 人の心のありようが こうあるべきだと限定され 違う人格が 作られてししまうおそれがある


その代表例が ベトナム戦争下における アメリカ軍による兵士の心理学的訓練がある

戦争への恐怖の克服を 心理学を利用した



このように 心理学は 医学と同等には扱えない ところがある


心理学は あくまでも 哲学として 扱うべきではないだろうか



心理学的カウンセリングのアプローチは 完全ではない 

だれでも 心理学的なカウンセリングによって 完治するということはない


完治させるのではなく 考え方を示す ということである


考え方の 選択肢の提示にすぎない



過信した心理学による カウンセリングは危険を 孕んでいる


関わり方を間違えると 人の人格までも変えてしまう可能性がある


心理学は あくまでも 人生哲学として 捉えることではないか





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豊前善三つれづれ日記

2016年05月18日 07時26分41秒 | 日記
  ( Vol 1428 )  消費税増税については 選挙戦を意識した判断ではなく 日本の100年先を見た判断をしてもらいたいものである


いま 参議院選挙を控え 自民党政の政策は 選挙を意識した政策になりつつある

今までもそうだが 選挙に勝つためには 何でもやる では困る

日本の将来を見据えた 構想が必要ではないか


国民の多くは 自分にもたらされる利益に 動かされる

しかし 国家の政治は 目先のことだけでは 問題になる



ゼロ金利政策にしても  3本の矢にしても 場当たり的のように見える

そこには 将来展望が 欠けているからではないだろうか


いま 消費税の増税を見送るかどうか 判断が問われている


なぜ 消費税の増税が必要なのか

その点を 考える必要があるのではないか


将来展望を示さず 選挙を勝ち抜くための材料にされては 困る


国民は 安定した 将来を望んでいる

また 国会議員は そのための努力をしなければならない


だが どうだろうか  疑問だらけである





ぜひとも 将来展望を国民に示して 判断していただきたいものである







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豊前善三つれづれ日記

2016年05月13日 08時39分44秒 | 日記
( Vol 1426 ) なぜ 社会で 事件が起きるのか そこには野望が関係しているのではないか

報道の社会面では 事件の話題に欠かさない

なぜ こんなに 話題になるようなことが 多いのであろうか

そこには野望 という欲望が関係しているのではないか


三菱自動車のデータ改ざん問題

東芝の経理問題

議員の金銭問題

殺傷事件

挙げればきりがない

また 最近では 東京五輪招致に向けての オリンピック委員への買収事件問題が フランスで事件として取り上げられている



なぜ このようなことが 起こるのだろうか


みな それなりの 見識があるのにである


そこには 理性と欲望の葛藤が存在しているのではないだろうか



人生 常に選択を迫られる

どういくべきか


そのとき 理性が働くか 野望が優先されるか

常に はらはらどきどきの選択


自分を守るため 自分の野望を満たすために 選択を迫られる

野望 欲望を優先すると

その結果 犯罪につながることにもなる


どんな人にも 野望は 内在する

どう 欲望 野望を コントロールするのか

選択によって 結果が違ってくる



いま 人間社会は 理性よりも 欲望が優先され過ぎているのではないか


今一度 理性を取り戻した 社会を構築してもらいたいものである




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豊前善三つれづれ日記

2016年05月09日 18時22分03秒 | 日記
( Vol 1425 ) 報道機関の批判姿勢は 報道機関の利害関係によって 選別してはならない


いま 東京都知事舛添氏へのパッシングが なされているが

以前の都知事は どうだったのだろうか


どうも 都知事によって 報道機関は選んでいるのではないだろうか


報道機関は 自分たちにとって 影響のないものだけを 取り上げてはいないか


それでは 真の報道の姿勢とは 言えないのではないか

報道の自由 そして 国民への情報の提供 という点から見ると

いまの報道機関の姿勢は 批判するという立場からすると 平等ではない のではないか


選別することによって 国民へ 報道にとって 都合の良いものだけを 流す

それは 報道のあるべき姿では ないのではないか


安倍政権批判 報道も少ない

それも 報道機関の選別 とすれば 納得がいく


自分たちにとって 弱いものは 叩く

自分たちにとって 手強いものは 叩かない

それでは困る


ご都合主義で 報道されては 国民は たまったものではない


情報の操作 ということになる


そのようなことが許されていいのだろうか




報道機関は 報道の自由 国民の知る権利 を守る 行動をとってもらいたいものである








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