豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。


豊前善三つれづれ日記

2017年07月31日 08時08分21秒 | 日記
 ( Vol 2041 ) 大臣 国会議員の 弁明には なぜ 記憶がない 記憶によると 認識がない などという 言葉が口から出るのか


稲田元防衛大臣は 日報の件について 記者会見にて

受けたという認識は今でもない と述べた


この認識がない という表現には 曖昧な部分が残されている

記憶がない 記憶によると という表現と 共通したものがある


そこには 責任追及に対する かわす というテクニック的な表現 がある


なぜ きっぱりと 言わないのか


曖昧にしていれば いくらでも 訂正はできる


しかし きっぱりと言えば 訂正しても ウソの答弁をしたとして 追求は免れない


この 追及をかわすために とられる 答弁を多用


このような 手法がまかり通る 国会 政界 で良いのだろうか


国民の信託を 受ける とは どういうことなのか


その点における 責任という 言葉を どう考えているのか


追及をかわす言葉には 国民への意識はない のではないか


そこには 所属する党 政権 自分自身 への 擁護する意識 しか存在していないのではないか


このような 国民不在の 意識では困る


黙して 語らず 

これを通せば 真実には辿り着かれない という 心理が働いているのではないか


いま 安倍政権では 森友学園問題 加計学園問題 における 肝心な所は 関係者は 隠蔽という 行動によって 知られることを 避けている


その手法を とることによって 責任の追及をかわす ということが平然と行われている


この手法は 今に始まったことではない

自民党政権では 何度となく 行われてきた


その壁を 打ち破ったのは 内部告発であった


内部告発は なかなか行われないのが 実態である


そこのところを 知っていて 曖昧な答弁を 繰り返す



そのようなことで 透明な政治が できるのだろうか


過去 なんどとなく 疑獄事件が起きた

そのたびに 記憶にございません という言葉が 飛び交った


議員 大臣 政党 政権 は 国民に真正面から向き合う 姿勢をもってもらいたいものである


なぜ 地位を得ると 人が変わるのであろうか


責任追及することは たやすい

だが 責任追及され弁明することは 難しい

何度も 立場の入れ替わった中で 繰り返された


稲田元防衛大臣も 野党であったときに 当時の防衛大臣に 語気を強め厳しく責任追及をしていた ことが過去の国会答弁として 放映された ことからも 明らかである

守勢に回ったとき 本当の姿が見えてくるのではないか


国民からの信託 ということを 重く受け止めて 言動 行動を してもらいたいものである

 

このことは 安倍総理にも 言えることである



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