グレーより薔薇色

どうやったら薔薇色の人生が描けるかな
岡山市北区在住




公安警察の正体1公安幹部は前科者ヤクザをスカウト闇の犯罪組織であるマッチポンプの構造 最も醜い国 日本

2013年03月18日 | Weblog
公安警備課が
 やましい事をやっていない」という自信があるなら
 
「全面情報公開」すべきであるすぐにでも とりあえず、せめて「刑事警察レベル」ぐらいの情報は
 公開すべきである
TVドラマは 大嘘であることがわかる
 
公安や警察本を読んだり 調べていると 必ず「昔の流れ」という言葉が出てくる
それで 江戸時代の同心や岡っ引きを調べて 初めてわかったこと。 
 
当時は「日本社会と被差別部落地域というのが 全く別であり 古くは日本人虐殺をし 侵略をしてきた朝鮮人やペクチョンコリアンが 被差別部落出身者であり 被差別部落というのが朝鮮由来というので 調べてみると
 
ペクチョンで検索できたこと  また 犯罪を犯した者は日本人自治区から「追放令」というのを出され島流しかあるいは他地区に追放されたはずである
 
また 被差別階級の者が 犯罪を犯し 捕まると「取引」というものが存在し 
「これこれの者を捕まえたら おまえの犯罪を放免してやると。いう仕組みで 前科者に岡っ引きをさせていた  
しかし 日本を侵略し殺戮してきた朝鮮人や韓国の刑留置の島 済州島から密入国してきた朝鮮人部落民が 明治維新で「解放令」が発令
 
朝鮮部落民が「解放」された後
これら警察利権 が多くの利権の内の 一つの利権となったようなものである   明治以降
ここから腐った日本の仕組みができたようなものだ 
 
 岡っ引き(目明し)は もともと
正義感というもので 犯罪者を逮捕していたのではない・
犯罪者が自分の犯罪を放免してもらうために 行っていた岡っ引きという仕事。
 
そして それらの多くの前科者は 今でいうヤクザで被差別階級(百丁コリアン)の者だった。岡っ引きには 博徒やテキヤが占めていた。のは そのためだ
 
前科者の岡っ引き ヤクザがその子分を連れて行動していた。
そして 現在 特権を得た部落階級が作ったドラマが「鬼平犯科帳」とか「銭形平次」という 大嘘の時代劇である。
 
また 昔の流れから いまだに 情報提供者」として 警察が使っているのが このゴロツキヤクザ部類の人間たちだ。
 
つまり 警察と公安とヤクザが「情報提供」と称して 嘘をデッチ上げ これで日本の警察権力が維持されている 
 警察と公安とヤクザネットワークにより
 裏金作りにも勢を出せるというものなのだ。
「現在 前科モノのデーターを警官が昔のようにみれなくした ペクチョンコリアン
同和 在日のための法案が 個人情報保護法案の裏の部分であり
決して 企業が顧客データーを漏らした」そこばかり
マスコミは言わないが 
 
じつは裏に隠されている大きな 闇の部分が前科モノのデーターを警官が昔のように見れなくした法案である
 
 ペクチョンコリアン ヤクザ ハングレ 組織犯罪者たち
同和 在日のための法案が 個人情報保護法案の裏の部分でもあることを
忘れてはならない。
 
公安幹部が なぜ 暴力団員や 幹部と蜜に親しいか? 私は不思議であったが 闇の構図と昔の流れとで点と線が みごとにつながった。
 
公安幹部は 無犯罪者には 全く興味を示さないそうだ (公安本より)
 
公安の手下は 江戸時代のソレと全く同じ 非常に優秀な 犯罪歴を持つ被差別部落階級者であることがわかる。
 
簡単に言うと「ゴロツキ ヤクザ暴力団 または元暴力団員 であるということ 女も被差別部落階級者だということ。
 
すでに 被差別部落は 倒幕で「開放令」により これらは日本人居住地に散らばって住んでいる
開放されたからである  にもかかわらず 「昔の流儀 そのままを 現代社会に持ってきた それは輩集団の利権にしたからである
 
バカなシステムをやっている日本の警察組織 これらは すでに「朝鮮人利権」である
 
ではなぜ 警察には「暴力団対策課」というのがあるのか? それは「暇つぶしに作ったそうです」 
私は何度も何度も 広島 岡山共に・この嫌がらせ犯罪 住居侵入 窃盗に関して 警察に相談したり 通報して 来てもらった にもかかわらず「なぜ なぜ 治安を取り締まるべき 警察が 腰を上げないのか不自然に思っていた
そして この嫌がらせ犯罪は 戦後からあることは 知っていました。
 
それが 上記の答えであり 下記の答えです
暴力団 やくざゴロツキをスカウトして 構成されたのが公安だ。ということです これも部落階級の特権でしょうか?
また
なぜ 公安関係者の名簿を「県警内では 隠し続けているのか?
それは ヤクザを手下に使っているからであり 暴力団ゴロツキを手下に使っている事が知れたら 社会的にまずいからである
公安に関して 直接県警に聞いた事があります 「公安の名簿はわからないようにしてある」とのことで 知らないようでした 何せ犯罪組織を飼っているんですから 教えたくないでしょう
 
そして 元公安関係者の暴露本によると その名簿の名前じたいが「存在していない偽名」ということでした 
そして これらを「コードネーム」と呼んでごまかしているそうだ
 
 
つまり ヤクザが二束のワラジを履いて 警察と共謀し 一般市民を陥れて 公金を横領しているのだ 
 
その大儀は「国家を護る」という お題目である しかし 現実は 全く違うところにある
公安の名の元 ヤクザが人殺しをしようが 警察は捜査もしない。
 
 それが「岩手17歳女性殺害事件」の真犯人であり 元警察官ジャーナリスト黒木さんの不審な死ではないのでしようか?
 
江戸時代の警察組織  
 

与力

 警察組織の中核になる存在で、4・5人の同心を指揮、捜査活動・治安維持活動に当たるようです。与力という職名は、町奉行の支配下だけでなく、遠国奉行・所司代・大番頭などに付属し,警察,庶務,裁判事務などを担当しましたが、何といっても有名なのは。町奉行支配下の町方与力です。町与力は八丁堀(現在東京都中央区)に組屋敷を与えられ、1719年以降南北各25騎の計50騎で、200石の役高でした。

同心

 与力の下に置かれて、2・3人の岡っ引を指揮、捜査活動・治安維持活動に当たりました。与力と同様、遠国奉行・所司代・大番頭などに付属し,警察,庶務,裁判事務などを担当しましたが、こちらも町奉行支配下町方同心が有名です与力と同じく八丁堀に組屋敷を与えられ,定員は江戸中期には南北各100人,幕末には各140人に増員され、通常30俵2人扶持でした。また、与力・同心ともに、抱席(かかえせき=一代限り)を原則としましたが、多くは世襲であったようです。

岡っ引

 正式には小者といい、そのほか御用聞き・目明しともいうこともあります。町奉行所や火付盗賊改などの与力・同心の配下で、実際の犯罪捜査と犯人逮捕のために働きました。実は罪人を釈放して

目明しとした場合が 多いようで

警察機構の末端で 権力を濫用することが

目立ち、一般庶民には 人気がなかったようです。
 半七捕物帳」によると、岡っ匹は同心から月に1分から1分2朱の金を貰いましたが、これでは到底生活できませんおまけに手先の面倒も見なければなりません。そこでたいていは女房の名前などで、湯屋・小料理屋などの別の商売をやっていました。しかし、先に書いたように「世間からは蝮扱いにされる」ことも、ままありました。
 小説の世界では、我らが三河町の半七のほかに、銭形平次(野村胡堂作),人形佐七(横溝正史作)が有名です。

手先

 岡っ匹の部下として、聞き込み・下調べなどに当たります。半七の手先としては、熊蔵(湯屋熊),松吉(ひょろ松),馬道の庄太などが有名です。

下っ引

 「半七捕物帳」によれば、手先の下を働く人間で、桶職人の源次がそうです。(『お化け師匠』) 何かしら商売を持っていますが、その商売の合間に何か種を上げてくるようです蔭の人間ですから,決して捕物には出ないそうです。
蔭の人間とは(現代用語で陰)

自身番

 「半七捕物帳」によれば、『自身番』というのは、今の派出所を大きくしたようなものです。各町内に1ヶ所ずつあって、屋敷町にあるのは武家持ちで辻番、商人町にあるのは町人持ちで自身番、俗に番屋です。昔は地主が自身で詰めたことから自身番、後にはそれが1つの株になり、

自身番の親方がそれを預かって他に店番の男が2・3人詰めていたようです。自身番の屋根の上には、ひのみ‐ばしご 火の見梯子半鐘などがつけられていました

火災を発見するために設けた梯子頂上半鐘をつるし打ち鳴らして火災を知らせた

 http://oyajinokareishu.blog.so-net.ne.jp/

 
元公安の刑事や警官が 「公安の実態を暴露というふれこみで
登場することがある。
 
鈴木 「監視や尾行だけでなく、盗聴はしているの?
 
北芝 「盗聴はしていません。俺、調べたんですけど、鈴木さんの盗聴はしてない」
鈴木 「もっと危ない奴はしているでしょ?
 
北芝 「そりゃ、出来るところはしています。例えば ヤクザで エセ右翼をやっているところは しています。犯罪捜査のための通信傍受に関する法律ってやつです。
 
いわゆる 盗聴法の範囲内ってことですね」
鈴木 「そういうことにしておこうか
                          (右翼の掟)
じつは右翼とは偽装で 極左のエセ在日ヤクザであることが
BBC英国放送によりバレています 
 
刑事警察なら まだしも、公安警察という 
諜報機関のような組織が 「法律に基づいて」盗聴しているなどと 誰が信じるのか。
「盗聴」とは 秘密裏にバレないようにやるから 「盗聴」になるので
 
「国を守っている」という勘違いだが 負している公安が 裁判所や法律に気兼ねなどしないはずである。
 
「国を守るため」という 大義名分を盾にして、基本的に何だってできるのです。
 
守秘義務云々の以前に、組織が 危機に瀕する様な本当の事を「元公安」が 話す筈もない。場合によっては 国会で証言する破目になるかもしれないだろうし
 
たしかに、かなり 踏み込んだ内情の興味深い話を語っている
 
しかし、組織存続の根幹に 関わる実態を暴露した「元公安」という肩書の人物は今までもこれからも現れないと、個人的には思っている。
 
『私は今も公安警察の仕事を愛している。現場の公安警察官が額に汗し、国の鎮め石となって その仕事を誠実にこなすのであれば、敢えて邪魔するつもりはない。むしろ、応援したいとさえ思う。』
 
公安在職3年で 退職し明るい警察改革に取り組んでいる、元公安さんのブログ記事の一部の抜粋であるが、
 
彼の立場が集約された部分でもあり 誤解も与えないと思うので掲載した。
「国の鎮め石」とは公安組織存在の根幹をなす 思いあがった思想なのかな?
 
3年ぐらいの在職期間で警察の変革を志しているが、私ならさっさと、全く別の道をめざすだろう。
 
普通は皆そうだと思うのだが。もしくは辞めないで、愛する公安とともに内部から変革する道もあるだろうに。
私の妄想的見方では、「裏金問題の大御所」のもとでいまだ現役のような公安警官が活動してるようにしか見えないのだが。この話はここまで。
 
様々な 任務を帯びた公安警察の工作員が多方面で暗躍し、身分を隠して民間会社に何年も勤めていたり、
 
公安とは
 
過激派に潜りこんで 事件を起こさせるように仕向けたり、煽ったりするそうである
今は一応おさまっているが かつて内ゲバ事件で多数の犠牲者がでたが、どちらにどうとは、門外漢の私が言うことはできないが、何らかの形で 
 
公安が関与していたとみるのが 自然だと個人的には思っている。
 
我々素人や一般人が 見破る事などできない、
「いろいろなタイプ」の 公安工作員がいるようだ。
 
公安がいるために日本の治安が守られているのではない
 
逆に、公安が事件を起こし、治安を攪乱させているのだ。さらに彼らは 姿が見えない隠密部隊だ。
 
そして、アンタッチャブルであり、やりたい放題だ。』
『公安があるから日本の治安が守られているなんていうのは真っ赤な嘘
 
逆に 公安があることによって
不必要な事件が起こり、治安が乱されているのだ。』
 
「公安警察」とは 本当はどのような組織なのか
 
この件に関しては鈴木邦男氏の見解は全く正しいと私も思う。失礼ながらひとつ付け加えると、「公安警察という自己増殖している組織そのもの」を守るために、活動しているのだ。」
 
「国を守っている」という
思い上がった大義を隠れ蓑にして
 
どれほどの罪なき人たちを苦しめ、抹殺してきたのか。
 
「やましい事をやっていない」 という自信があるなら「全面情報公開」 すべきで
 
すぐに でも とりあえず、せめて「刑事警察レベル」ぐらいの情報は
 公開すべきである
ほとんどのメディア、ジャーナリストは「過激派の利益にはならない」という立場なので でっち上げも含め、
 
味噌もくそもいっしょにして 公安警察側にいるのです
 
つまり、公安警察側の言っている事に 疑問を呈することなくそのまま受け入れているのです。
 
公安警察が 本当は どのような活動を行っているのか。、
 
予算の額、その詳細な使い道、何にどのように使うのかどこのだれを根拠に「危険」と判断しているのか。
 
危険と判断した団体、人物に本当は 具体的に何を行うのか。ジャーナリストも公安は 「治安を守るため、日本を守るためだから」ということで、違法な事、人権の破壊者、事件の張本人であっても追及などせず、
 
見てみないふりをし、うやむやにして 日本全体として平穏であれば、一人や二人の人間の命など「どうでもいい」のです。
 
ほとんどの ジャーナリストが 結果的に公安と同じ立場なのです。
 
巧妙、狡猾に組織の存在に差し 障りのない情報を公開し、意図的に漏洩させ、大きな問題になりそうな都合の悪い悪事は 「公開できない捜査上の秘密」というシステムを悪用して全て隠蔽 してきたのである。
 
 
長年公安を担当している新聞社の記者達も
 
「公安の実態は全く分からない」と口を揃えて言うそうである。
 
情報公開しない」という意味は「情報操作しますよ」と同じ意味なのです公安警察とは闇に包まれた、誰も触れる事ができない、悪魔の組織である。
 
公安のずる賢さは 天下一品である。国民に多少の犠牲者が出ても「国を守るため」 だから やむを得ないとの方便を使うが、
 
本音は 組織を将来に亘って安定的に維持する為なら、人が何十人死んだって構わないのである。
 
国家転覆に比べたら 強盗や殺人で何人死のうが 大した問題ではないのだ。だいたい、過激派によって国家が存亡の危機に晒された事など過去一度もない。当たり前だが 私は過激派のテロを容認はしない。同時に鬼畜公安警察の狡猾な活動も、手も足も出ない弱い立場の者を なぶりものにする公安警察も認めない。
 
                           (つづく)
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