CUT

「CUT」

 監督:アミール・ナデリ
 出演:西島秀俊
 2011年 日本

 いい映画だったとかそうでなかったとかではなく、見ることができてよかったと思える映画は、別の存在だと思う。この映画は、私にとって、そういう映画かな。
 私も、映画監督(映画狂)である秀二(西島)が主張することが全て正しいとは思わない。シネコンだって・・・ といろいろ反論したくなる。けれど、秀二の強い信念には脱帽する。

 なぜ、借金を返す方法として殴られ屋となり、それが自分のために借金して命を失ってしまった兄の、死んだ場所でなくてはならなならなかったのか。そこにこだわる秀二が、なんだか不完全に思えた。
 突然だけど、ルフィになぜ兄エースの死を背負わせたのか・・・・ 技や力だけが強くなるだけではだめなのだ。それと同じ? (すみませんワンピース引き合いにだしたりして)
 そ、そうか、肉体のない魂というか念みたいなものを、肉体でもって表現しようとしている? これが秀二ではなくアミール・ナデリ監督のめざすところ? 疑問文にしてしまったけど、そう思えてきた。
 より完全体になるために。

 今は、「芸術」なんて口にすると、「すかしやがって」と言いたくなる時代になってしまったのかもしれない。「アート」という表現もなんだかこじゃれた宣伝文句のようで敬遠してしまう。娯楽を追求するのもいいじゃないか。いいんだ、だけど、そこに魂はあるのかい? 魂があるなら、時を経てそれは芸術になっていくものではないだろうか。

 だけど、とにかく、この映画を見て、これまで全く映画を見ていないことを思い知ったし、なにより、もっと映画が見たくなった。
 くだらないと言われる映画も好きだけどね。
 そして、見ることができたのが、この映画館でよかったと思える作品でもあった。映画館はとっても寒かったよ。だけど、そこで見たいのさ。まだそういう場所がこの街にはあるんだ。



 ところで、この映画のレビューをいろいろ読んでみたけど、賛否両論だった。ナニサマ? もあったけど(笑)、自分がいい、好きだと思った作品をぼろくそ言われること結構うれしいかも。M!? 



 「CUT」はエンドロールで音楽が流れなかった。
 いつからエンドロールのとき、劇とは無関係な、タイアップのような音楽を流すようになったのだろう? ぴったりないい曲のときもあるけど・・・・ 
 ところで最近、有名俳優を使いドラマ仕立てで作られた音楽のプロモーション映像を見る機会が多くなった。
 なんとなく、好きになれない。

 私もなにか創ることができたらいいのに。でも創れないから、ならパトロンになりたい。でも、どちらもできない私は古本を買うてしまうのであった。CDは新譜買うよ! 枚数減ったけど。映画館にも行く回数が減ったけど・・・・・ どっちだめじゃん! 反省。
 
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