2011年3月11日。この日ほど、ほぼ分刻みに何をしていたかを覚えている日は
ないだろうし、これからもこないのではないのかと思う。
この日2時過ぎに娘を園に迎えに行って、車を降りようとしない娘を叱った。
家に入ったあと、2階へ上がって洗濯物を取り込んでたたんだ。
娘にグチグチ文句を言いながら。「ママ、ごめんね」と言って私の近くに娘が座っていた。
2時半過ぎ。洗濯j物をたたみ続けて、娘にも文句を言い続け。娘も困ってしまっていて。
そのとき地震がきた。静岡ではよくある話、と思って娘に、「ほら、あなたが
言うこときかないから、地球が怒ってる」と私は言った。
大した地震じゃないと思っていたのに、揺れがどんどん大きくなり、揺れ続けた。
一転して、不安そうな娘を抱っこして、「大丈夫。ママがいるから大丈夫だよ」と言って娘を抱きしめた。
ずっと揺れていた。長い揺れで船酔いのようになってきた。部屋がぐるぐる回っているようだった。
ついに東海地震が来たと思った。それとも富士山が噴火するのかとも思った。
東海地震ならダメかも知れないと思ったら、揺れがだんだん小さくなった。
震源は駿河湾?伊豆半島沖?と思ってテレビを慌ててつけたら、テレビの画面の右下に、
日本列島が四角い中にあって、太平洋沿岸が赤く囲まれて点滅していた。
なんで?と思ったのが最初。震源が三陸海岸沖とわかって、そんな遠くの震源の地震が
静岡のうちで、こんなに揺れた?どんな規模の地震なんだ??
そのあと3時半頃からNHKのヘリからのライブ映像で、東北の沿岸部を津波が迫る映像が流れ始めた。
そこに車の列が、そこにまだ逃げている人が、と想像できる場所にも津波が迫っていた。
そのままそのライブ映像を5時くらいまで、呆然として見続けた。
5時過ぎてだんだんと暗くなり始めて、ふと我に返り、ご飯の仕度を・・・と思ったが、
とても手に付かなかった。
・・・
その次の日から、私がライブで見ていた映像は一度も放送されているのを見たことがない。
でも私の脳裏にははっきり焼きついて、覚えている。
2012年3月11日、その時刻に私は娘と某ショッピングモールにいた。
昼過ぎにモールに着いたのだが、店内でその時刻に黙祷をすることを
呼びかける放送が何度もあった。
そしてその時刻。一瞬店内が静かになった気がした。
私も黙祷していたのでどういう状況だったのかはわからないが、
視界に入った何組かの親子は、黙祷を捧げていた。
日本中のみんなが、この日の、この時刻には、何年経っても祈り続けるべきだ。
私にできることは募金と、祈ることくらいしかできないけれど、続けていくつもり。