まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

彼らの低俗で卑しい手段と態度 11.11再

2016-10-19 09:04:21 | Weblog

   「なでしこ」   関係サイトより転載




よく政治家が庶民に親しむと称して記者を引き連れ居酒屋談義をする。
似たようなことだが、台風や震災などにみまわれた災害地に現地視察と称して真新しい作業着を羽織って、行列を組んでいる。

作業着が慣れないせいか、生地がなじんでなく恰好悪い。着心地良くするには、一度洗濯してから着るのが普通だ。なかには襟を立ててファッションを気取っているが、国会で作業着ファッションとはさまにならない。
たしかに自衛隊は制服の隊員として被災地で神々(こうごう)しい姿を魅せたが、一方の制服マニアにはその風はない。

民主主義の国民代表は大衆から選出され、議員としてその任に就いている。内閣を組閣すれば官僚を統括し戦闘命令さえ出せる負託された権力をもっている。その代議員になるためには平身低頭、街頭に立ち笑顔を振りまき、ビラを配る。選挙中は選挙法を盾に警察から狙われ税務署からも身体調査をかけられる。それは現役宰相も同様だ

当選して内閣を組織し、税と治安を指揮監督する立場になると。一転して官吏はその代議員の指揮下になる。なかには揉み手で懐のなかに入ろうと切り取り情報を抱えてくる官吏もいる。マスコミは「昔のお前はこんなだった」とばかり、権威などそっちのけの醜態や、ときには痴態までのせて引きずり降ろしに懸命となる。その理由は、公人はプライバシーはない、と開き直る。








              弘前城





それゆえ女房もターゲットになる。男と違い、衣装や嗜好、ひどい時には食べ方や歩き方、体型まで俎上に載せられ、おちおちジャージでゴミ出しなどできない、いやゴミさえ探られないかと心配になる。

その女房だが、総理の外国訪問に同伴するようになった。べつに儀礼ではないが独身を除いて通例のようだ。なかには仲が悪く、口も利かない女房でもタラップを降りるときは手をつなぐか、脇を歩く。しゃしゃり出る女房もどうかと思うが、どうも日本の男子はなじまない。それは「私ごと」は潔しとしなかった男子の矜持があったためだ。
「奥さん」「内儀」とは奥にしまっておくものだ。いや裏のほうが権力はあるし、妙な媚びを振りまかなくてもいい。その分、大事にされたともいえる。

余談だが、内閣には女性閣僚が必須となっているようだ。名目は人権や平等、雇用均等を唱えてのことだろうが、権力イメージや選挙が多くの理由だと大衆は分かっている。
ファッションショーではないがカラフルな原色スーツが議場を闊歩している。なかには国営放送の出身のアナウンサーが当て職大臣になった途端、管轄省のアナウンサーとなって得意の原稿読みをしている。
ここまでくれば,もつと若い各省の広報女子アナでも養成したらどうかとおもう。

隣国の逸話だが、哀公が孔子に面白い話をした。
「引越しに女房を忘れて置いてきた奴がいる」
孔子は応えて
「女房ぐらい何のことはない、いまは自分を亡くしているものが多い」


役にありつけたが、中身の無い者は形式にこだわるという。まして、近頃では腰の落ち着かない、いや落ち着けないほど任期も短くなると形式世界に踊るようだ。そして滑稽な演技の振り付けは、狡猾な官吏でありセリフまで用意してくれる。しかも一つの演目に二つも三つも台本がある。近ごろはロングランもなく幕引きも多くなり、次の出し物や役者を選ぶのに忙しい裏方とプロデューサーの二役もこなしている。

隣国のことだが、官僚OBが北京に行ったときのこと、タクシーに忘れ物をした。
いつも聴いている民情ゆえ、まず見つからないと思っていたところ、帰る前にホテルに届けられていた。官僚は正直で名も名乗らぬ運転手にいたく感激した。
帰国してそのことを吹聴した。「安全だ!」と。
ところが、なぜホテルが判ったのか考えもしなかった。












翻って(たちもどって見る)我が国の要人といわれる者にもSPがつく。昨日まで繁華街で女を追いかけていた者も役がつけば警護付きの要人である。総理経験者も就いている。
隣国のそれは、たしかに安全だが、監視付きだと思えば合点(がてん)がいく。
組織警護は「監視」と「調査」が表裏一体に付いてくる。力関係では要人監視になってしまうのは当然のことだ。演ずるものは作業着で、部下の警護はブランドスーツである。

ことさら服装にこだわるつもりはないが、ならば自衛隊の観閲式には陸、,海、空の指揮者らしく宰相の礼式制服を制定したらどうだろうか。明治以降、軍人は陛下に軍服をまとわせた。武断の武家社会でもなかったことだ。軍は陛下に軍服を着せ統帥の権を、参謀本部との直接関係に置いた。だれが言い出したか平成の御世は宰相に作業服を着させた。みな唯々諾々として前任に倣った。

国民にとっては慇懃(いんぎん)な迎合に映っている。権力者が形だけでも下々に降りてきたと思っている者もいる。昼飯は幕の内弁当かおにぎりだが、夕飯は取り巻きや女房と豪華なホテル晩餐だと新聞の動向記は書いている。誰と何時間、何を食ったかSPは報告書に書く。本人も「総理になるとそうゆうものか・・」と納得している。

総理も配下の閣僚もやわな身体をつかえまい。君たちは頭を使うことが使命だ。作業着は作業をするために着るものだ。先に書いたが、どこの世界に親分が作業服でお付きがブランドスーツ、可笑しいと思わないのだろうか。
それが、日本の権力者と云われる人間の姿であり、それを囲む狡猾な群れなのだろう







心を痛めているのは、自らすすんで平服で避難所の板間に膝を折り、国民をねぎらい激励し、荒廃した大地や海に頭を垂れている御方と妻、そしてその姿に畏敬の念をもつ人々だ。

低俗で卑しい一群はそれさえも感応することはない。
いや、いずれ形式のために、その御方さえ利用するだろう。


江戸っ子から「野暮な格好つけ」と嗤われるのがオチだ。

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