まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

観人則からみた宰相の器量 【Ⅲ】 再編  8 10/26再

2017-07-11 08:46:29 | Weblog

《小人の学は利にすすむ》
小者の勉強は、金やそれを生む地位を獲得するために向かう

しかし《利は智を昏からしむ》昏(暗くなる、愚かになる)
利のためにする学問はいずれ社会や本人の人生を衰亡させる

以下本文、そのⅢ

日露戦争における山本権兵衛の東郷平八郎起用など人物識見に加え、運と人相などの測り方は、砲弾の飛び交うデッキで愚鈍と思われるような沈着さと、切れ者秋山真之のコンビによる現場任せの肝識によるものである。
ここでは切れ者の陥りやすい現場観測の直感行動の半面に拙速な行動を逆賭(先見)したためでもあろう。


                      

陸軍参謀 児玉源太郎

また陸軍次官であった児玉源太郎は自ら降格し、陸軍参謀次長として現地に赴任している。ここにも大山巌という暗愚のごとく様相をした人物によって戦況を俯瞰しつつ戦後処理に結びつける大戦略を描いている。

児玉無くして勝利は無いといわれたように、関係国に張り巡らした駐在武官からの情報を基に、当時の軍人にしては稀ともいわれる政治と軍、世界と日本を俯瞰し、その経綸は戦費調達のために疲弊した国民の生活にまで心を置き、戦後の占領地、外交まで視野に入れた戦略があった。




海軍参謀 秋山真之


只、講和会議の結果に不満を持つ軍部や、疲弊した国民の勝利に高揚した感情が在外大使館襲撃や現地満州における戦勝国としての横暴さを招き、たとえ一部勢力の仕業としても、管轄管理できない現地の状況とあいまって勤勉、柔和、勇敢という印象から、野蛮で未熟と印象を転化させてしまったことは児玉の推考にはないものであった。

日本軍の早期撤退についても、思慮難解な内外情勢であっただろうことは理解できることではあるが、それにも増して政権担当者の優柔不断はあの昭和二十年の到来を予期させることでもある。
その根本要因は日本人の性癖とも思われる阿諛迎合性に見ることができる。
その土壌は、金、権力、地位、名誉を駆使する政権担当者による支配の具にもなるが、

小泉純一郎、あるいはそれを模倣する安倍晋三と取り巻きによって、より卑小な思考に陥っている。人物を得ないことの弊害は大義を唱えることによって一時の収斂を得るが、それも舌禍や陳腐な煩事によって成果を見ることができなくなっている

最近、陛下の言行を日記に書き留めていた側近の章に、゛準備は入念に、戦闘は徹底的に゛という部分が読み取られたが、まさに正鵠を得ている。もし児玉がいなければと考えると、人を得る如何ということの重要さは国家の存亡さえ左右する問題でもあったことが判る。

さしずめ吉田茂と白洲次郎による戦後処理、岸信介と椎名悦三郎の統制官僚による戦後体制の構築、佐藤栄作には党人派の田中角栄、大蔵官吏の福田赳夫、大平正芳は伊藤正義とそれらに連なる経済官僚などによる「人を得た」関係があることが分かる。

ここで観えるのは安倍総理は拙速なデビューである。心得ているのは福田康夫氏や麻生太郎氏であろう。
以前、計ったわけではないが福田氏の父赳夫氏について記したことがある

以下次号

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