まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

「論語」の著作権と利学 再

2010-02-05 09:20:44 | Weblog
               生まれた頃は無垢だった



論語に著作権はあるか
しかも異国の昔話(古典)を、いとも高邁な学説で解釈説明しても、孔子には反論するスベもない。またそれを基に論理を展開させ、その時々の人間の処世の具にしたところで、孔子は著作権の侵害を訴えたのであろうか。

学問は衣食のためにするものでないと説く孔子だが、霞を食べて生きるものではない。しかし近頃の著作権は財産権として譲渡あるいは継承することによって複雑な様相を見せている。

ある碩学は側近に、気がつかない者と酒飲みを置いていた。亡くなれば元高名な学者の側近パスポートを持ち、とくに渉外担当として多くの企業家に協賛なり連絡係りとしてやたら出入りして、ちゃっかり自らの商用をおこない財を成している。もう一人は事務取りまとめや出版物編集などだが利の臭いはしない。

碩学や家門に連なるものとしても、何かと形式を採らなければならないためか、俗に言う白足袋風であり、世俗の煩い事にはある一点を抜いて感知しない風でもある。

つまり、お任せであり、下賎な?交渉事は気がつかないが、ある一点は気が回る側近が専任していた。このような手合いに限って、゛竜眼の袖゛に隠れて粗雑な行動をとり、名利に敏感なため有用無用の峻別には殊の外敏速になり、かつ下々には威を撒き散らすものである。

「昔の名前で出ています」ではないが、虚偽膨大な歴史上のエピソードと、その遺物である著作の権利をもつ白足袋継承者をいいことに、甘言を以って貰い扶持を謀り、己の意に添う出版社の譲渡管理させたりしている。

そのような側近は老いた碩学を手玉に取り、晩生に痛恨事を招く出来事を招致看過し,諫言すらままならない宦官のような行動をとっている。

また、ある一点は学問では解決のできない難しい問題ではあるが、その像を錯誤しつつも敢えてぬるま湯に浸かる学徒の群れもそれを助長しているようだ。

つまらん知識は却って堕落を招く、とは碩学の言葉だったが・・・
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