まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

日中酔譚  基地がなくては困るというが・・

2011-02-15 18:41:57 | Weblog
公共放送NHKには多くの外国人が在籍しているが、その中でも多くの中国人が翻訳、技術の職員として在籍している。なかには本国の政府関係を歴任した職員や嘱託が外郭機関なりに就職している。

そこで活躍する某氏と杯を傾ける機会があった。


「ところでアジアには以前、西欧諸外国の基地が点在していたが、フィリッピンのスービック米海軍基地、ベトナムカムラン湾のソ連海軍基地、昔はシンガポール、香港の英国駐屯などがあったが、現在では韓国と日本に多くの基地がある。冷戦時代はそれを指して傀儡政権、はたまた殖民地だと非難されたが、今の現況でも多くの基地が日本に存在するがアジアの一員としてどう思うか・・」

『日本の左翼勢力を支持基盤に持つ政党は基地の撤去と民族派顔負けのスローガンを謳っているが政権脆弱化の一翼を担っています。でも、私なりの気持ちを言うと、゛基地は置いていてほしい゛もっといえば、゛無くなったら困る゛という考えです。』

「でも軍備を増強する中国と北朝鮮はのどに刺さった骨のように思うし、いつまでもアジアの連帯が取れないのではないかと考えるが、これも現実を見ていないか、あるいは逆読みになれていない平和ボケした考えですか・・・」

『つまり日本に米軍の基地が無ければ日本はどうなりますか・・・。その方向性です。
それが心配です。また実利で考えるべきです。』

「軍備増強すると・・」

『そうです。日本は必ずそこにすすみます。』

「昔から中国は小心といおうか、過大な準備をしますね。万里の長城に北京城壁、自宅には高い塀と堅牢な門扉、一番奥に奥さん。台湾も日本統治時代は窓を開けていても泥棒がいなかったのに、中国人が入ってきたら言葉は通じないし、今ではビルの高層まで鉄格子と二重ドアだと古老が言っていたが、相互を信じられないことが前提で外交政策を執られたら、いつまでも混乱しますね。」

『国内にも様々な状況があります。群雄割拠と統一、そして割拠、また元や清、そして西洋と日本などの侵入もあり、どうしても軍を背景にしなくてはならないものがあります。
それが市場経済とともに民主、自由、平等、人権が入ってくると、その混乱を制するには「力」が必要になります。それが多くの民族が混在している場合、共和制をとなえた時期もありましたが、民主主義のように人の欲望を調和させようとすると混乱します。そのようになる歴史的な政治と民の関係が、考え方や動向の性癖のようになっています。だから、社会をまとめる為にも専制を選択せざるを得ないのですが、その姿も時代と共に様々です。』

「たしかに老子の説く上善如水のように生き方のなかの力の応用と敏感な感知力、そして鷹揚とした独特な諦観は、政治にも複雑な仕組みが必要ですが、一まとめにするには専制独裁を選択せざるを得ないですね。とくにスピード感のある世界の流れを実利に結びつけられるのも煩雑なものより、簡易な系統の方が有効です。その意味では、゛アナタの権力は認めるし随うが、俺達の商行為を邪魔しないでくれ゛といった姿ですね」








             




『成立期は人々も貧しかった。外圧もあった。人は外にも出られなかった。それが「力」の蓄積期だった。そして政府は握っていた権利を放った、それを開放政策といったが、もともと保持していた柔軟な商能力であり、天下思想で国家の帰属意識も薄い人たちが、天と地の間である地球の表皮に点在する外地に向かって流出した。地球が国家なのだ。ただ国家を背景として軍事経済を問う諸国にしては異質なものに映るが、中華民族からすれば不思議は無い。だだ、国の形式なり力を活用できるなら国家は意味がある。すべて実利の為の用になることが国家の意味だ』

「ある古老や一部の高官から、゛日本の弱い姿を見たくはない゛と言われることがある。そして、゛日本人はアジアに必要だが、今の姿には失望している゛と。そして国内では熱狂しているがその行き着くところは解らないが、人がどうなるかは解るという。金を持つと外に出る。住みやすいところに納まる。それは日本人がいる日本なのだと。日本人がいなくなった日本は意味が無い。日本人らしさがあるところだ。ただ力を持つと加減が判らなくなるのも日本だ。それを我々が一番よく知っている、と。」

『それも一つの本音です。その点では実利を考えると与し易いということです。そして能力よく解ります。少々四角四面で好奇心もあり、強いものに迎合する性癖もあります。それが闇雲に正義を掲げたり、新しいものに順応するあまり日本人の善さもなくしたり、敗戦を引きずって米国に随うことになるのでしょうが、もし、その善さをなくして純とも映る直なる意志で複雑な世界に突き進もうとしたら近隣はあの恐怖を思い出します。アジアは四角四面では計算できない茫洋さで歴史を積み重ねてきました。我国も一時の良機かもしれないことを知っています。だから急いでいるのかもしれません。日本もそれを経て今があると思います。』

「その制御のために沖縄の米軍が必要と・・・。中国が列強によってマカオや香港が割譲されたころ、沖縄も一時はペリー艦隊に占領された。でも南北戦争という国内事情でペリーは引き返しているが、また大戦で占領された。だが民政に金がかかるので民政施政権だけは返還という美名で日本に任せた。まだ日本のものではない。日本人のいない北方四島とは違う。その米軍の方向はいつも大陸だ。日本を制しながら中国との狭間を占拠している。たしかに力の応用は弱者の活き方だが、その頚木は永遠に続くようだ。なにも阿諛迎合ではないが日本人は米国風が好きだ。そうなってしまったのかもしれないが、カウンターとしてロシアよりいいかと思っている軟弱さだ。そして今は中国だ。どちらの側に付くのかとウロウロしているうちに国家は中米だが、実利の本質は漢民族とユダヤ金融資本だ。
その行き着くところは混沌と疲弊だと考える。協和共生はない。」








               
                桂林





『その意味は解っているが、行き着くところに何があるのか、だれもが気をつけながらも目の前の実利の競争から降りられないのだ。混沌と疲弊は国内だけではなく、関係する諸外国にも及ぶでしょう。先行きはチキンレースのようになるかもしれないが、中国のグランドは広く深い。その不思議さも人を誘引する。また没落や人の死にも鷹揚に構える諦観もある。ただ生死の間の出来事です。その間をどう生きるか、財に溺れるか、食と性の享楽に人生を愉しむか、運の問題もある。その運が招来したのだと考えているのだ。いまは国が運んできたと思っているので、今のところ実利は国にあると考えている。それが今流の愛国なのです』

「四角四面の愛国論は実利にはならない。つまり国家としての形式的理屈と庶民の愛国の理由は異質なものだということですね。その一方ではないことは解ります。たしかに孔孟の説をハナシとして、道教の医薬財の福運招来を祈願する庶民の姿はダイナミックな生活を生んでいます。いま、世界で一番自由なのは中国です。まさに邪魔しなければ奉る権力ですね。たしかに実利でいえば、日本はあの宦官同様に公務員になることが安定と実利です。なにしろ彼等の給与だけで34兆円という計算もあり、税収分が給与で後は借金で予算を作っています。タックスペイヤーはその場、その位置にしか自由は考えられないようにされています。共産独裁より躍動的な自由は乏しいというのが日本のようです。」

『幸せ感は同じではありませんね。国も様々です。いたるところで規制と税と手数料がある日本は今の経済には不向きです。別に商売人だけの利益で物価が高いわけではないようです。資源も無い、工場も無い、そんな国で日本より物も安く、自由に、幸せを感じている国もアジアにあります。それを失くした国の危機は軍事力や経済力では補えません。つまり日本人の善なる部分を考えれば活かし方はあります。それが不安だから基地も軍事力も気にかかるのではないですか。応じた力は相応しい精神にあるものです。宦官が跋扈したときは国も疲弊し侵略も受けました。あの時の世界に相応しい考えを生む精神が衰えていたのです。愛国心ではなく人間が堕落していたのです。弱かったのです。宦官は産むものはなかったことを知っています。だから汚職や腐敗に政府は厳しいのです』

「たしかに基地も無くては困ると考えているのは日本人だけではないようですね。意味合いは違いますが、それが双方の実利になっているのですね。だだ、世界の各地で版図の書き換えに近い経済支配がすすんでいます。また国益という言葉を頻繁に聴くようになり、今までの思想的枠組みや人種、経済ブロックなど互いに相反する勢力が新たに構成されています。喰う為にするのではなく、利便と繁栄を得るために強国の伸張が烈しくなりました。内なる賊の解決に目をつぶって外に気勢を上げる姿は、世界そのものが衰えていることでもあります。行き先が読めないのではなく、己の欲の器さえ見当も付かなくなり、栄枯盛衰の潮目さえ分からなくなってきています。」

『まるで抱き合い心中の関係になりそうです。その点、善き日本及び日本人の鏡がある日本は、まず内なる賊の退治が必要ですね。宦官と応用力の無くなった為政者は外国の侵入を許す土壌でもあります。複雑な要因によって構成された社会なり国家を偏狭にしか考えられない賊の跋扈は我国の清朝を鏡とすれば分かります。時代や国が違っても人間の欲望と精神の劣化は共通しています』









            


                桂林


「たしかに国民の尊厳を毀損するものは権力を構成するものの倣いです。いつの間にか権力を構成するものは政治家、官吏、知識人、宗教家、いまは金融資本家です。必須な職分であるからこそ厄介なものです。あのときも思い上がった軍人と官吏でした。抱き合いというのも面白いですが、中国も内なる賊、とくに止め処も無い欲望のコントロールが効かなくなると外圧は浸透しやすい状態となり清朝末期のようになりますね。国民は易旗革命といって誰が支配者になっても関係ないと庶民は内心の高みを悲哀の間断としていましたが、政権は代わっても官吏の住処は代わらない日本も易旗交代のように、国民は諦めて眺めるようになりました。知識人もマスコミも騒いでいますが、そろそろ国民も分かりかけてきたようです」

『外圧によって政権が代わることは、国民の欲望の強さによっても左右されるようですが、
政治権力との間の取り方と順応の仕方を熟知している国民の考える専制独裁の有効性は、庶民の使い勝手の良さとして見なければならないようです。つまり水のように生きるのが上善なら、水という庶民がまとまれば大海になり、船である皇帝さえ転覆させられるので、水が無ければ権力も無いという考え方です。そこに人権、民主、西洋的自由は中国人ですら、いまは不自由の種と考えています。コンプライアンスが自縛という不自由さを生んでGDP数値すら下げていることが、気がついても止められない日本を不思議に思っています。自由主義国家ですよ。』

「実利には敏感で早いが、柔軟で事に望んでは鷹揚な民族と、実直だが四角四面で事に際しては拙速な民族だか、異民族のみるような善なる部分を忘れた日本人は、その善なる部分の自由な発露を妨げている賊の退治が必要ですね、それは内なる欲望の賊と、宦官紛いの外の賊ですね。自由意志で選んだ権力が制御できないくらいに増殖した宦官紛いは、意外と己の内なる賊に似たものなのでしょう。だからといって留まっていると亡国です。互いに鏡となる関係になるべきですね、一国の栄枯よりアジアの盛衰を考えたいものです」

いつの間にか、紹興酒と日本酒が数本空いた。もちろん中国人の彼は日本酒の熱燗で、こちらは紹興酒だった

      

                      一部写真は関係サイトより転載
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