
良し悪しは別として 文句があっても世の中は激変した
選挙が近くなると選挙区事情に一喜一憂するのが議員大多数の常だが、選挙民の資質や地域既成勢力の影響如何で様々なタイプの議員が選出される。
衆偶政治と揶揄されるような選挙であっても、いったん選出された議員は所属制度の範疇において多くの影響を及ぼす事ができる。 国家でいえば戦争の遂行,終結にも関わることも可能であり,国力次第では他国の生存さえ脅かす政策遂行も可能になる。
選挙民の資質といえば一昔前は、おにぎりの中に5000円、一家まとめて箪笥(たんす)一さお、運動員には当選したらPTAの会長や委嘱御用委員など,せっせと無党派,無関心層の増殖に貢献したものである。 津軽選挙という有名な方式?があるが、分配の手立てが公共事業に任せている地方では、落選派は当選者の任期中は仕事の「おこぼれ」がないために、双方の就職や仕事に口利き斡旋が幅を利かせる運動が展開される。
この手の話は地方ばかりが取り上げられるが、大都市でも中小企業の公的資金斡旋や施設入所の便宜見返りなど,最近では保証融資の斡旋で刑務所の塀の上をフラフラ歩いている議員を多数見かけている。
利に関わるものだけではない。 名利の「名」にしても、選挙の論功褒賞で運動員がオネダリすものもあれば、大きいのになると各国の駅弁大学や交流都市から名誉博士や市民といった称号を外務省の協力で取り付けるのもあるが、ひどいのになると腐敗した司法,行政と結託して法さえも饗に添えるものがいる。
国家の質は議員,選挙民の質とはあるが、馴れてくると公憤するのも億劫になるものだ。
しかし、こと戦争になると自国,他国を問わず少なからず緊張が蘇えるようだ。
心が緊縮と高揚に制御が難しくなり、経済(商い)も戦争で一儲けを企むものがいれば、財産と共に隠忍退守するものも出てくる。
政治家も「国民の生命,財産を守る」ことを大一義の繰言にしているが、本当の危機が身近に迫った時、その生命と財産は如何ほどの価値を持っているか知るところではないだろう。

十月には総統選挙 台湾 馬英九総統
満州国崩壊の土壇場に居留開拓民を棄て電話線まで切断して遁走した高級軍人、勅任官の醜態は確かに自らの「生命,財産」の守りであった。
しかし,日本人の心は守れなかった。 明治維新、日露戦争にあった精神発露とアジアが光明として映った日本人の姿は護れなかった。
護るべきは歴史の残像を礎とした『魂』であり、生命財産といった現物だけではない。
終戦の詔勅の一章に「時運の赴くところ」とあるが,確かに彼等の行動は時の流れるままに対処した,現在の既成事実の追認という役人,社畜体質にそのまま受け継がれている。
余談だが、その「時運は…」あまりにも国家の意志が希薄であり、曲がりなりにも共同体として国家を信じ、戦禍に没した国民の将来に活かす残像ではない、と「義命」と撰文したところ、重臣たちは『難しくて理解できない』と、時の流れで戦争になったという意味の「時運の赴くところ…」としている。
今まさに『時運の赴くところ・・』である。
この理解は学歴にはない,正に教養の範疇だろう。
情報を追いかける,探索する事は往々にして時の流れの中にあり学歴技術のマニュアルでも補えるが、時の存在を知り思考の座標を確定するには独特の教養が必要になってくる。
さてこの教養だが、考えているだけでは意味が無いものだが、前段の政治家にあてはめてみたい。
「聖戦の美名に隠れて,曰く国民主義,道義外交,共存共栄,世界の平和,雲を掴むような文字を並べ立てて国家百年の大計を誤るような事があれば,政治家は死してもその罪は滅しない。この事変の目的はどこにあるかわからない。
国民は悲憤の泪を流しつつ従順に,黙して政府の統制に服従し、事変を解決してくれることを期待している。国を率いる政治家はここに注目するべきである」
これは,昭和15年2月20日 支那事変処理に関する粛軍演説として有名な斎藤隆夫議員の演説である。

ペルー フジモリ氏の自転車選挙
今で言うスローガン反戦ではない。なぜならその演説でこうも述べている。
「つまり力の伴わざるところの正義は弾無き大砲と同じことである。争いの正義論は狼の前に何の値打ち無い…・
国家競争は道理の戦争ではない,正邪曲直の戦争でもない、徹頭徹尾の競争である。世にそうでないと言うものが有るとするなら,それは偽善である。われわれは偽善を排する。もって国家競争の真髄を掴まなければならない…・
欧米のキリスト教国は内にあっては十字架のまえに頭を下げていますが、1度,国際問題に直面しますとキリストの博愛精神は蹴散らされてしまって,弱肉強食の修羅道に猛進する。これが歴史であり,奪う事ができない現実であるのです。この現実を無視して唯徒に聖戦の美名に隠れて…」と続く。
そして国際法がある以上それを遵守する為には,国内の兵力を充実させなければならない、と述べている。
ここで重要な事は、戦争の理由付けのために大義美名を取り繕い国民に向かって『偽善』を働くことの是非である。
もちろん人殺しの大罪は避けなければならない。ことさら平和ボケの物見ごとでもなければ反戦題目ではないが、周知理解を得るための偽善は国家の為すべき行為ではない、と唱えている。
斎藤議員の演説に当時の翼賛と化した議会は除名処分としている。しかし選挙区へは多くの激励が届けられた。そして再び立った。もちろん斉藤を最高点で送り出している。

岩木山
東北の西郷と謳われた津軽弘前の菊池九郎も除名こそなくても選挙民は同様だった。
津軽の県会議員だった佐藤要一は病床に臥せっていても選挙民が押しかけて寝たまま当選。米 味噌、醤油などの兵糧は買ったことがなかった。元気になって議会に出れば貪り議員などには直ぐに鉄拳が飛んだ。それでも選挙民は喝采を挙げた。その息子が佐藤慎一郎氏である。陽気と剛毅が同居している性格は良く似ている。
総じて彼らには覚悟があった。押し通す気力と勇気があった。斉藤はネズミの殿様と揶揄それるくらいの様相だったが、長時間の演説は数週間前から草稿を練り、添削、音読の後、暗記して登壇した。そのポーズもきまっていた。これこそ政治主導のはしりだった。
今は唱えは巧いが役人のスジ書きどおりの原稿を読まされている。反対弁論も役人の筆によるものでは三文役者の公演のようでもある。しかもアゴ(食い扶持)、足(旅費、経費)付の殿様のようなものだ。
聴くところによると、問題議員の選挙区土地柄はその議員そのものだという。悪党なら悪が蔓延り、愚かなら愚か者が多い、という。座っているだけなら問題意識が少ない土地柄だという。小才が利く小悪党は落ち着きのなく騒がしい土地柄だという。
さしずめ、そのようなことだと合点がつく。











折角、相手を議論で打ち負かしても、それに代わる自説を提案できないのは非建設的である。
議論では「破壊は建設なり」とは行かない。不毛の議論にしかならない。時間はいくらあっても足りない。
自説を述べればそれで万事発表は終わる。
さらに、自説に似た他説があれば、自説の優位性を述べることも有益なことである。
これは、人類の進歩につながる建設的な態度である。
考える人にならなければ、自説はできない。このような人は、とらえどころのない人と呼ばれている。
しかるに、丸暗記と受け売りの学力を使って議論をしかけようとしている。
真正でない学問をもって世俗におもねり、人気に投ずる言説をなすことを曲学阿世というが、こうした行いが横行している。
こうした行為は、あながち個人の責任には帰しがたいが、由々しい事実であることには間違いない。
イザヤ・ベンダサンは、自著の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。
評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)
日本語には、時制というものがない。だから、未来時制もない。
自分達が努力して向かうべき理想の内容も語られることがない。いわゆる無哲学・能天気である。
未来社会の内容が明らかにならないので、われわれは未来社会の建設に着手出来ない。
日本人の世の中の把握の仕方は、現実の有様に関するものである。「世の中は、、、」の形式で表現される内容である。
現実の内容は、皆がほぼ一致する。一人から答を得たら、それで皆の答がわかる。
現実の内容は、変えられない。政治家には、政治哲学がない。
だから、日本人は閉塞感に襲われる。
英米人の世界観は、未来時制であり現実とは別次元の内容である。
これは人によって違うから、意見は一人一人聞かなくてはならない。
良い提案があれば、相互に協力して建設に励むことができる。
皆が同じ現実の内容を話すばかりでは議論はいらない。
「理屈などは、どうでもよい。現実は見ればわかる」ということになる。
議論をすれば、現実描写に関する個人的なケチの付け合いとなり喧嘩になる。
皆が仲良く生きてゆくには、問答無用で生活することである。
現実にばかり囚われては、別次元の世界が一向に見えてこない。向かうべき所に関する夢も希望もない。
それで、諦観も必要になる。
アングロ・サクソンの考え方が我々の現状の打開策となるであろう。
彼らのメンタリティを理解するために、我々には英語の勉強が必要である。
ある時、私はアフリカの学者から「日本では、何語を使って大学教育を行っているのか」と尋ねられたので、「日本の大学は、日本語を使う」としごく当然のように答えると、相手はびっくりしていた。
きっとその人は、日本語で学問ができるなどとはとても考えられなかったに違いない。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
「問答無用に生きる」、無条件の交誼の倣い対象が歴史の記述に多く見られます。またそれを探し感知する習慣性が学びのようです。
どうも外の賊は気になりますが、内なる賊が難しいようです。我欲でしょう。
「欲を少なくして貧を医す」古老に諭された言葉です。
それにしても「問答無用」久々響きがありました。小南の覚悟のようです。