みなりんの呟き想い草紙

無知を治そうとするなら、無知を告白しなければならない(モンテーニュ・エセー)

    

「『仮名手本忠臣蔵』第一部鑑賞~国立劇場」

2016年10月14日 23時40分56秒 | 歌舞伎

先日は、国立劇場開場50周年記念の歌舞伎公演、通し狂言『仮名手本忠臣蔵~第一部』を鑑賞しました。

今まで全篇を拝見したことがなく、今回でストーリーがよくわかりました。(・・・ということは、今まで不勉強でした)

 

今回は後半の松の廊下に至るまでのお話と、なぜ主君の遺恨を果たすために大星由良介(大石内蔵助)が決意に至ったかを丁寧に上映していたので、私のような蛍光灯のような性質の人間にも理解しやすく、はっきり言うと、今回はイヤホンガイドはいらなかったと思いました。

 

主君の切腹の場面から目が離せず、なるほど、主君にずっと幼少時から仕えた者には許し難い屈辱と遺恨だったということが理解できて、おそらく自分には誰かをこれほどまで我がことのように憎むのはできないかもしれないが、史実として大石内蔵助の敵討の実践は多分に凄いことであったと思います。

 

若い家臣たちが籠城して討ち死にするまで戦うというのを止める大星内蔵助の姿はなるほどと思い、「日本の一番長い日」という戦後の映画にだぶって見えてきたのは私だけでしょうか。

 

見ていて、なるほど、もしかして自分もこういう気持ちを理解しそうだと思うのと、長い間秘密を通して敵討を遂げる執念がすさまじく、唸ってしまいそうでした。

 

男が一致団結して行動する力、それは英雄とは言わないけれど、恐るべき力です。

なにか日本人の気質として、武士道の凄さ、忠とは何か、ふだん思案しないこともぴんとくるような感じでした。

 

あまりに有名なお話で解説はいらないでしょうが、大石内蔵助役の松本幸四郎の存在感の大きさに改めて感心しました。

 

声をかけるのに、「大統領!」は苦笑を会場で漏らした方もいて、確かに場のイメージには合わない。

日本には大統領はいないし、外国の役職ですから。

重いけれど、見ていて思わず頷けるようなお話で、人間の生き方のちょっとした歯車の狂い、それを超越した内蔵助の思い、思わず唸ってしまいました。

 

ぜひ、ご覧になるなら、第一部からどうぞと言いたくなりました。

おやすみなさい。

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2 コメント

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忠臣蔵の (hide-san)
2016-10-15 17:51:02
忠臣蔵のいろんなエピソードが創作だったと聞いて、
どこまでが本当と疑いだしてから、
信用できなくなりました。
全部は信じないけれど、仇打ちはほんとうらしいので (みなりん)
2016-10-15 23:55:28
こんばんは、ひでさん。

お久しぶりです。

創作や脚色は多いけれど、ほんとうに敵打ちをしたなら、それはすごいことですね。しかし、褒められた行為かどうかは時代によって変化しそうです。

私は、どこか古い人間で、家族に、「君は『木口小平は死んでもラッパを離しませんでした』という人だよ」と言われて、非常に驚いた記憶があります。
別に忠臣タイプではないのですが、あの時はのけぞってしまいました。

どこか、一途で誠を尽くすタイプと思われたのでしょうが、私の祖先は会津藩です。
不器用で、それでいて、なんとかしようと奮闘してしまう人間なのかもしれません。

しかし、ただ感心したからと言って、人にあの忠誠を強要はできないものです。
私も、そんなに精神力が高いわけではありません。



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