みなりんの呟き想い草紙

無知を治そうとするなら、無知を告白しなければならない。(モンテーニュ『エセー』)

「神道への想い」

2017-06-17 22:42:21 | 日記

先日は、相良亨さんの著作を読んでご紹介しましたが、私の神様は、神道だろうか、それともキリスト教だろうか、はっきりとはわかりません。
ただ、大きなものを感じます。

 神道は、和辻哲郎さんのいうような善悪の基準がないというのは、日本の神様は大勢いらして、神様によっては善悪で測れないからだと思います。
 私は本居宣長記念館を訪れて、宣長さんの字があまりに端正で美しいので拝見して驚き、宣長さんの冥界の絵を眺めて、そういう世界があるのか、私には全く理解できなかったけれど、嫌いではなく、お住まいを拝見し「びびっ」と人の気配を感じて、妙に後ろ髪をひかれる思いで帰りました。 
あと、東京神社本庁の今月の言葉は胸を打ちました。なぜか、国学者の一部の方の言葉にも感心します。
神道は「朝日のようにすがすがしく清らかで明らかにする心」と感じます。間違っていたら申し訳ありません。

 キリスト教は音楽が好きですし、素敵な方が多くて素晴らしいものの、信じているかと言われたら、イエスの復活までは理解できていません。

 ただ、わかっているのはお釈迦さまが実在したことで、神ではないけれど、お釈迦様の言葉を、できれば守りたいと思っています。別に偶像礼拝ではありません。だから仏教徒です。

 悩むと抜け出せないので、神は「わからない」という箱にしまって、胸にたたんで考えすぎないようにしています。宗教を真に理解するのはほんとうに難しいと思います。


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