みなりんの呟き想い草紙

無知を治そうとするなら、無知を告白しなければならない。(モンテーニュ『エセー』)

「一房の葡萄をほしかったのは、自分だった」

2017-07-06 13:55:58 | 日記
有島武郎の小説「一房の葡萄」、今、自分が求めているのは、読書感想文ではなくて、一房の葡萄である。

キリスト教は理解していないが、ただ、人を許せるうちは許し、寛容でなくてはならない。
でも、そう思ってもきつい時はある。

神様は弱い自分を愛してくださるだろうか、神様はほんとうの悲しみを理解してくださるだろうか、とそうであってほしいと願いたい。

今、九州で大雨になっていて、自分の感情に負けている場合ではないのだろう。苦しんでいる方が多いのだから、他者のために祈るべきだろう。自分が悲劇の主人公になってはいけない。

どうか神様、九州の方を助けてあげてください。これ以上、犠牲者が出ないように助けてください。私は、今、そう祈っています。
私のことは後回しでかまいません。

ジャンル:
災害
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2 コメント

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神様 (hide-san)
2017-07-06 16:29:37
きっと神様は、一房の葡萄にハサミを入れて、
片方をみなりんさんに、もう一方を、
九州の犠牲者の方たちに差し上げるに違いありません。
ひでさん、コメントありがとうございます。 (みなりん)
2017-07-06 20:36:36
ひでさんへ

コメントありがとうございます。

自然の力の前で、みなさんの無事を祈るしかできません。

救助に向かっている方々の身の安全を祈りつつ、救出が進むように願っています。

できることなら、私の問題は自分でできることはベストを尽くしてみて、今、もっとも不安な方に多くの助けがありますように・・・・。

私は、ひでさんの言葉に元気をいただきました。
ありがとうございます。



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