よっちゃんの ギリシャ語 新約聖書 ミーハー講読

ちょっとずつ 原典に触れてみましょうね。

【003】エゴー エイミー ヘー アナタスイス わたしは よみがえりです。

2016-10-19 23:09:18 | 日記
【003】


★今日の学習ポイント

  わたしは ○○であり、○○です。
  

(気息記号=文字の上の点みたいなのが ずれますが 無視してね)

ヨハネ11章25節
わたしは、よみがえりです。いのちです。

, ,
εγω    ειμι   η    αναστασιζ   

エゴー    エイミー  ヘー    アナタスイス

,
και   η    ξωη


カイ    ヘー  ゾーエー



きょうは、 エータ1文字で 「 η 」で ヘー って
冠詞が出て来ています。( 昨日は ホ でしたね)
エータ η は 上に点(気息記号)がないと エー ですが
気息記号つくと 「ヘー 」と発音します。


 και カイ は ギリシャ原典に やたら出て来ますが and です。
でも、なかなか幅広く使われるので、単純に「そして」でない場合もあり
です。



★ きょうの トピックス

  「 ξωη ゾーエー について 学ぶと ええぞー 」



 ヨハネは「命」という言葉を2種類の言葉で書き分けています。ギリシャ語で
いえば、プシュケーとゾーエー。
 
 プシュケーは肉体的な命、生物学的な命を表します。それに対してゾーエーと
いう言葉は、例えばヨハネがしばしば用いる「永遠の命」とか、「命のパン」と
か「命の水」というときに使われます。また「わたしは復活であり、命である」
というときもこのゾーエーが使われます。(きょうの箇所ですね)
 
 このゾーエーは肉体的な、生物学的な命ではありません。生物学的な命が終わ
っても、決して消え去ることなく輝き続け、働き続ける命を指しています。日本
語訳の聖書では、このプシュケーとゾーエーをまったく同じ言葉に翻訳してしま
っていますが、ギリシャ語で読み比べてみると、特にヨハネに於いてはこの2つ
の言葉が非常に念入りに使い分けられていることが分かります。
 
 「友のために命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」。この場合、命と
いう言葉はプシュケーです。生物学的な「命」を友のために捨てる。しかしその
ことによってゾーエーとしての命は終わらない。むしろ一層強く輝きはじめる。
 
  ヨハネの言葉の使い分けを知れば、ひと味違ってきます。「良い羊飼いは羊
のために命を捨てる」。ここでも羊のために捨てられる「命」は、プシュケーで
す。イエス様はプシュケーとしての命は捨てたけれども、むしろそのことによっ
て、ゾーエーとしての命を保っていくのです。ヨハネに於いて、プシュケーと
ゾーエーはそういう関係にあります。(佐世保教会牧師 深澤 奨ブログより)

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