悠々人生

気が多すぎて「時間破産」状態。もっとゆっくりとした人生が目標です。

ストレッチ

2012-01-31 18:33:49 | Weblog
 1月25日の「ためしてガッテン」で放送した「30秒で肌が!血管が!冬の若返りストレッチ」というタイトルの番組は女性だけではなく男性、特に健康に気を配っている高齢者がよく見ていた。ステイヤング(健康体操)会の例会で話題になった。

 特別新しいストレッチではなく、普段ステイヤングでやっているストレッチがほとんどだよ、という声が多い。私も番組を見たしHPから9ページの詳しいストレッチのやり方を印刷をした。確かに毎週例会で行っているストレッチだった。

 私は毎朝ラジオ体操と20分のストレッチをしているので、前屈運動で床に手が届くようになった。もっとも最初は10センチ以上開いていたが、2年ほど続けた結果少しだけ柔らかくなった。目標は手のひらが床に届くようにしたい。まだ時間は掛かるだろうが成果を楽しみながら続けている。

 そのストレッチが身体に良いというのだからうれしい。肌が若返るかどうかは分からないが、血管は若さを維持したい。動脈硬化だとちょっとした運動で息切れがするという。調子のよいときは分からないものだが、そういえばパトロールで坂道を上げっても息切れすることが少ない。

 今日のステイヤングはテーマが「美しく歩く」だった。美しく歩くための3条件は、①腕を肩甲骨を使って身体より後ろに引く ②上からつるされているような真っ直ぐな姿勢 ③骨盤で歩くことだといわれる。

 これもパトロール時に心がけている。骨盤で歩くと歩幅が大きくなるのでスピードが出る。通常50分のコースを45分で歩くときも、早い人に何とかついていける。脳の健康も身体が元気であってこそだ。身体によいといわれる運動を取り入れていきたい。

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

学級閉鎖

2012-01-30 19:22:36 | Weblog
 いよいよ小竹小学校にも流行の波が押し寄せたようです。明日から2月2日まで1年1組と5年2組が学級閉鎖になりました。いよいよというのは、八千代台では、60名を超える患者のいる小学校があると1週間前に聞いていたからです。小竹小でも1年1組は25名弱のクラスなのに9名も休んでいるそうです。

 学級閉鎖になるクラスは給食を食べて午後1時に集団下校しました。学校から連絡があったのでスクールガードをしましたが、1年生のもう一つの学級は通常授業です。放っておけないので2時半の下校時にもう一度行って、2組の児童のスクールガードをしました。1日に2度のスクールガードは初めてです。

 「インフルエンザは京成電車に乗って東上してくる」という話があります。まず人口の多い東京で流行って、その後徐々に広がってくるのでしょうか。スクールガードに参加している人たちは皆予防注射をしていますが、全員が高齢者なので気をつけなければいけません。

 学級閉鎖に伴い3日に予定していた授業参観が延期になりました。この日に5年生とその保護者で「辻ぎり」の蛇を作る予定をしていたのですが、これも延期です。児童が作業するときに手助けする講師を私が頼んでいたので、急遽変更のお願いをしています。

 授業参観は13日(月)に変更となりました。3日は公民館で辻ぎり作りを指導している13名の人が応援に来てくれることになっていました。今責任者のAさんが一人ずつ確認を取ってくれています。なんとか人数を揃えて、保護者も一緒に作業ができるようにして欲しいのですが―。

 

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

認知症の講演会

2012-01-29 19:41:15 | Weblog
 志津南地区社会福祉協議会の「劇団南座」が演じる「認知症があってもこの町で~地域で支えあおう~」は素晴らしいドラマだった。認知症になった母親がスーパーで万引きをする。それを迎えにいった息子夫婦の話。

 異常な言動をする母親だが家族は認知症だとは思いたくない。そこで戸惑いながらも、認知症ではないと否定する。また息子夫婦は認知症に対する理解が不十分なため、どう対応してよいか分からず混乱し、ささいなことに腹を立てたり叱ったりする。

 さらに進むとスーパーでの万引きのように、他人に迷惑をかけるようになる。家族や地域の人たちの助けが必要だという内容。家族の愛と隣近所の支えあいで見守っていくようになるストーリーだった。中志津自治会の皆さんが出演していたが、素人とは思えないしっかりとした演技だった。

 昼から音楽ホールで行われた認知症フェスタは、続いて「認知症の人の世界を知って、よい看護をするために」という講演があった。認知症の人と家族の会副会長をされている川崎の病院長が講師。認知症を理解するための9法則・1原則と具体的な話で分かりやすかった。

 関心のある認知症予防については資料があり、有酸素運動をすること、バランスのよい食事をとること、さまざまな活動に取組んで脳を活性化する の3点を生活習慣とすることで、認知症を予防できるという。有酸素運動は歩くことが一番、防犯パトロールを活用したい。

 ご主人の毎日の散歩(やっと歩くレベル)に奥さんが後ろからついて歩く方がいる。奥さんの話で認知症だと知ったが、私たちに明るく接する奥さんは、その介護の苦労を見せない。私も勉強した認知症の方への接し方を活かして、近所のこのご夫妻を支えていきたい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

おやじの食事学同好会例会

2012-01-28 20:20:07 | Weblog
 例会の前に役員会があり新しい会則を決めた。15年以上活動が続いているサークルで会則がなかったのは、毎年発行する活動目標、活動日程表などの小冊子に、最小限の決め事を掲載するので支障はなかったからだ。

 当然だが、細かいことは決めない「あいまい」なルールだった。判断に困るときは会長判断で決めても問題はなかった。私はこの「あいまい」さが好きだった。今回もユニークなのは会則と呼ばず「基本ルール」としたこと。

 私は自治会やその組織内のまちを守る会なども同じ考えで、会則に決まっていないことは会長判断にに任せる。会長はその結果をメンバーに公開し、課題によっては事後承諾を得ればよいと考えている。

 100人近い組織になり新陳代謝で新しい人が増えてくると、それなりのルールを決める必要もあるのだろう。会長は10年以上も再任を重ねているので交代を望む声もあるようだが、地域社会でおやじの食事学の顔になっているO会長。本人が望まないなら代えるべきではないと思う。でも会則を作ろうという盛上がり、人事の刷新を求める声があるのは組織が生きている証拠だろう。

 年初の例会なので原点に戻ってうどん作りをした。ベテランになるほど我流になる。最近は冷凍の美味しい讃岐うどんが安価で買えるし、うどんのチェーン店で我々の手打ちうどんと同じコシのあるうどんが食べられる。

 おやじの食事学同好会の手打ちうどんの品質を維持し、期待に応えられるうどん作りのために水と塩の量、水回しの時間、足で踏む回数、延ばしの厚さ、切りの幅、そして茹で時間を確認した。丁寧に作るのでさすがによくできた。5つの班で10㎏を打ったがこれなら大丈夫。

 あとはこれをいかに維持するかだ。ボランティアで提供することの多いうどんだが、食べる人の立場でものづくりをしていかなければと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

死生観

2012-01-27 19:19:07 | Weblog
 養老孟司さんと中川恵一さんの「自分を生きるー日本のがん治療と死生観」を読んでいる。高齢化に伴い増加するがん患者。がんは突然変異した細胞によって起きる病気なので、細胞の分裂をより多く繰り返すことで、突然変異の確率が高くなる。高齢化が進めば仕方のないことだろう。

 今の日本人は2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死亡している。これが2015年には3人に2人ががんにかかり、2人に1人ががんで死亡するようになるという。男性の場合10数年前には胃がんが第1位だったが、食事の洋風化で今は胃がんが減少し、変わって前立腺が増えているという。

 がんの種類のよって治療法も変わり、胃がんが第1位の時代は手術が治療の主流を占めていた。しかし前立腺がんはホルモン療法があるし、その他のがんでも放射線療法が増えているらしい。患者の高齢化で手術がしにくい、できないということもあるのだろう。

 両先生とも死ぬときはがんがよいという。がんは心臓や脳の疾患と違い即死ということがない。病気を発見してから死を迎えるまでに数ヶ月、あるいは何年かの猶予がある。その間に人生の整理ができる。

 面白いのは医学部で教鞭をとっていたお二人の先生とも健康診断は受けたことがない。がんになったら仕方がない。そのときはそのとき、最適の療法を受け、それでも治らないときは運命と受けとめていることだ。

 私も脳疾患の後遺症が一番怖いので血圧の管理だけは怠らない。心筋梗塞になったら仕方がない。病気を選ぶことはできないが、死ぬときはやはりがんで良い。治癒の可能性が低いなら手術、抗がん剤治療はやめて、放射能にアレルギーのない私は放射線治療を選び、痛みを軽減してもらいながらホスピスで最後を送れればと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

怖い交差点内の交通事故

2012-01-26 21:25:33 | Weblog
 下校時のスクールガードを一緒にしているまちを守る会のHさんが、3日前の月曜日に中央通り交番前の交差点で車に撥ねられたという。見たところ傷もないし元気で活動に参加しているご本人から聞いたので、最初は事故のあったということは分かったが、被害者はHさん以外の人だと思った。

 「信号に従って横断歩道を渡っていたら、八千代方面から来た軽自動車に撥ねられ、数メートル飛んで倒れた。何秒か気を失っていたかもしれないが気がついたときに〈生きていたんだ〉、と思ったと言うから、相当きつく当たられたのだろう。

 軽自動車がバン型でフロントが平らだったから助かったという。私はそれに加えてHさんは学生時代に柔道の選手だった。転んだときに受身の体勢ができたのではないだろうか。救急車は呼ばずに帰宅したが、多分家族や周りの人に言われたのだろう、病院へ行ってレントゲン検査をした。

 幸いどこにも異常はなかった。ただ元気とはいえ72歳。あとで痛みが出てこなければ良いのだが。Hさんとは、子どもたちが道路で転びおでこに怪我をするので「受身を教えたら」と言ったことがある。そのときは「受身だけは難しい。やはり柔道の基本から教えなければ」ということだった。

 見通しのよい交差点で、しかも交差点に入ってから横断歩道まで10メートり近い距離もある。それでも事故が起きる。加害者の性別、年齢は聞いていないが、何かに気をとられていて前方不注意だったのだろう。

 青信号でも安全でないことを子どもたちにも教えたい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ALWAYS三丁目の夕日'64」

2012-01-25 19:25:11 | Weblog
 昭和39年(1964年)にタイムスリップして、懐かしい青春時代を思い出す。ALWAYSは3作目だが前の2作品よりも家族愛、隣人愛を強く感じた。大震災でご近所力の強化を求めているからだろうか。それが年をとった証拠と言われることを覚悟して言えば、情のある良い時代だった。

 そしてなにより懐かしい。東京オリンピックの開催年だが、それに合わせて東海道新幹線が新大阪まで4時間で走るようになったので、大阪への出張が寝台車から新幹線に変わった。浜松町と羽田空港を結ぶモノレールも開通した。資料によると日本人の海外渡航が自由化されたのも、海外で日本人の国際免許証(自動車運転の)が使えるようになったのもこの年からだ。

 個人的にも私の人生にとって大きな転機となった大阪へ転勤した年だった。高度成長の真っ只中でオリンピックの翌年には名神高速道路も全通、100キロの高速で車を走らせることができるようになった。

 転勤時は独身だったがその後結婚して団地族となったが、将来に対する夢のある時代だった。今また流行しているハイボールをスナックで飲みながら、夢を語ったことを思い出す。まだカラオケはなかったように思う。

 朝一番、9時35分の上映としては珍しい50人ものお客さんと一緒に映画を見た。もっともシネコンで一番大きな400席の劇場なので空席が目立つのは仕方がない。それでも人気があるのだろう2D作品で4回、3D作品で6回と1日に10回も上映している。

 私は上映時間の関係で2Dを選んだが、3Dだったらもっと面白いのだろう。ほろっとする場面もあるが全体的には楽しい作品で、星5つのお奨めだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

初雪

2012-01-24 18:51:33 | Weblog


 積雪はほとんど気にならないが、凍結した道路が怖い。テレビのニュースでも首都圏でスリップによる交通事故が続発していた。ユーカリが丘を走る車も速度を落としているので、町内でも渋滞が起きていた。

 写真は学校横の公園で雪を集めている6年生だが、思うように大きくならない。ライオンの遊具や芝生からかき集めていたが、ソフトボールくらいの塊にするのがやっと。それでも学校に持っていった。

 道路の凍結は横断歩道の白線の上がよく滑る。登校してくる児童に白い線の上は歩かないように注意するのだが、中には言うことを聞かない児童がいて滑って転んでいる。走って来た児童は横断歩道の前でいったん止まらせてから渡すので、頭を打つような大きな転び方はしない。

 普段よりも気を使うのは、車が横断歩道の手前で止まってからでないと渡らせられないこと。ほとんどの車は凍っていることを予測して、ゆっくりと走ってくる。そして一時停止の線で止まり、子どもたちが渡るように合図をしてくれるのだが、中にはスピードを出したまま来る車もいる。

 ゆっくりと止まっても10センチほどスリップしているので、急ブレーキでは滑って車が横になる危険がある。習志野で横断歩道上の事故があってから気をつけてはいるのだが、今日はより慎重にした。

 子どもたちにはうれしい積雪だが、私たちには怖い雪だった。

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ワーキングメモリー

2012-01-23 18:56:31 | Weblog
 メモをせずに「ワーキングメモリー」を覚えていたのは、パソコンのメモリーと連動させたからだろう。6年前に購入したデスクトップはメモリーとハードディスクが小さいので動作の遅いこと。ディスクを軽くし多少早くなるが、それでもイライラすることが多い。

 人間のワーキングメモリーもパソコンと同じように記憶の入り口らしい。前頭前野がその役を担っており、40歳くらいからそのテーブルがだんだん小さくなってくる。記憶力が落ちてくるということで、私は1日に何回も経験する。

 電子辞書を取りに2階の自室に行く。部屋に入って机の上があまりにも乱雑なので、ちょっと整理すると何を取りにきたのか忘れてしまう。あるいは二つのものを取りにいって一つのものを手にすると、もう一つのものを忘れて降りてきてしまう。

 NHKテレビの「あさイチ」によるとスロージョギングでこの前頭野を鍛えることができるという。1週間に1時間程度でも良いらしいが、スロージョギングは一人では走りにくい。代替に週3回の防犯パトロールではどうだろう。

 パトロールは町内を一筆書きするようにコースが決まっていて約4.5km、それを45分~50分で回る。時速5キロぐらいだからちょうど良さそうだ。そんな効果を実感する人もいて、毎回15~20人の人が参加するのだろう。

 私たちのまちを守る会ではスクールガードを担当するものと、防犯パトロールをするものとが自然に色分けされている。新しく入ってくる人たちでスクールガードに参加する人はゼロ。全員が運動も兼ねるパトロールを選ぶ。

 私はスクールガードを主としているのでパトロールには祭日か、学校の休みのときだけ参加している。認知症的症状を遅らせるためにもパトロール参加を増やしたい。

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

会議と怪議

2012-01-22 19:22:14 | Weblog
 昨日は午前に1つ、午後に2つ、ユーカリが丘社協の会議があり、今日は午後まちづくり協議会の役員会と会議続きでさすがに疲れた。会議も主催者によって進め方が違うのは当然だが、一番辛いのは主催者がしゃべりすぎる会議。

 立て板に水で話は上手なのだが、私なら2~3分で終わる話を15分以上、場合によっては30分近くも掛かる。現役時代にも同じタイプの上司がいて辟易としたことがあった。本人は話に酔ってくるのだろう。テープにとってあとで書類にまとめると、何が言いたいのか良く分からないことがあった。

 その点、話べたな私は用件に絞って話すようにしているので、分かりやすいと言われることがある。話が長い主催者の会議は会議そのものも長くなり、今日も80%は報告事項なのに2時間半も掛かった。PTA役員で若い女性も参加していたが、夕飯を支度する時間に掛かってしまうので次からは出てこないだろう。

 昨日午前中に行った会議は良かった例。区域を分けた第1ブロックの住民懇談会のテーマを検討する会議だったが、25名の出席者全員が順番に発言した。住民懇談会のあり方の疑問を呈する意見など原点から考える意見が出て、ほぼ2時間を費やしたが、同じ2時間でも議論する会議はまだ耐えられる。

 社協は今年2年後との役員改選期。1期で辞めたいのだがせめて2期と継続を要請されている。受けるについては会議を減らすこと、時間を短くすることを条件としている。うるさい役員なんだろうがボランティアでも我慢できる限度がある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加