悠々人生

気が多すぎて「時間破産」状態。もっとゆっくりとした人生が目標です。

残念!オリンピック出場

2008-06-30 20:50:23 | Weblog
 ステイヤング(健康体操の会)で指導を受けているわれらが堀江真由コーチ。北京五輪代表選考会を兼ねる陸上の日本選手権女子400メートルに出場したが、残念ながら予選で敗退した。

 予選のタイムは55秒52と自己記録よりも2秒30遅い。体調が万全でなかったか、日頃本人が言っているプレッシャーに負けてしまったのだろうか。それにしても残念。身近な人がオリンピックに出場できるかも―と楽しみにし応援していた。

 予選で敗退してしまったのでテレビ中継も無し。先週の火曜日には元気な声で「応援してください。頑張りますから」と言っていた。オリンピックに出場が決まればステイヤングの会でもカンパ(お祝い)を募る予定でいたのだが―。

 優勝タイムは52秒68、約3秒の差があるのだから仕方がない。この優勝タイムでも国際的にはまだまだのレベルなのだろう。無駄のないカモシカのようなきれいな走法。それでも勝てない厳しさ。母校順天堂大学で練習を続ける24歳の彼女は次のオリンピックに挑戦できるのだろうか。

 これは確認してみなければならないのだが、ダーツの会場にしている小学校に郡競技大会の成績が掲示されていた。小学生の400メートルリレーの優勝成績が55秒台だった。オリンピック出場選手の記録と、小学生が100メートルずつ4人で走るタイムがほぼ一緒とは信じにくいのだが―。
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ダーツサークル前期大会

2008-06-29 22:11:11 | Weblog
 16名が参加したダーツ大会が、毎週練習をしている小学校の教室で行われた。朝から強い雨。天候に左右されない室内での競技だが、強い雨が吹き込んでくるので窓を開けられないため、蒸し暑い会場はいつもよりスポーツドリンク、ウーロン茶などの飲み物が売れていた。

 通常例会より30分早い9時には競技を開始。総当たり戦なので15試合をしなければならない。競技に出場、記録係と順番に役回りを分担して競技を進めるが一打を慎重に投げるからか勝負に時間がかかり、終了は予定を1時間も越えてしまった。

 私の目標は勝率5割。結果はもう一歩の47%だった。でも大満足。順位も8位だった。メンタルなスポーツなのでちょっと力むとダーツがばらばらに散ってしまう。今日は朝の坐禅が効いたのか集中力が持続した。実力は上級者と中級者に大きく分かれていてその中での戦い。中級(初心者?)としては一番の成績だった。

 会場での表彰式は優勝カップの贈呈だけ。優勝者はY夫人。13勝2敗だったがその2敗の一つは私が勝ったもの。いったん家で休憩して5時からは中華料理店で宴会。ダーツよりも表彰式兼宴会を楽しみにしているメンバーもいる。

 2位以下の商品は皆同じで交換用のダーツの羽根と決まっている。デザインはいろいろとあるのでこれを決めるのは抽選。下手でもみなと同じ賞品を貰えるのがこの会のよいところ。

 会場は家から歩いて5分と近いこと、目標に近い成績で気分が良かったこともあり紹興酒を飲みすぎた。4割が現役、残りがおじさん、おばさん達16名の愉しい会食だった。

 
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おやじの食事学同好会6月例会

2008-06-28 18:37:54 | Weblog
 今月の例会も出席率が良くて45名。1テーブルに9名にもなり4品の調理を同時進行させているのでテーブルの上には食材の置き場がないほど。今日は①豆腐を使ったチャンプルー ②酢を使った鶏のさっぱり煮 ③春雨と肉団子のスープ ④トマトと豆腐のサラダだった。

 私は②の鶏のさっぱり煮を担当、酢をたっぷりと使うのが面白いと思った。レシピに従って調味料を合わせたが、味見をすると味が濃すぎる。砂糖の量を減らしたのが理由だろうか? 一緒に調理した先輩が酒を入れたらよいと言うのでカップ2杯を加えた。

 塩辛さは薄くなったが汁はまだ辛い。毛羽元を試食してみると酢の味は強いがマアマア。ゆで卵を作るのに卵を沸騰した湯に入れてしまい破裂させるという失敗もあったが、同じ班になったメンバーは文句も言わず食べてくれた。

 このゆで卵の失敗について家に帰って家内に話すと「そんなの常識なのに―」。その常識を分かっていないのがおやじの料理。破裂した結果はグループの皆が見ているので、2度と失敗しないようになる。

 他の料理でレシピを覚えて家で作って見たいと思ったのは③の春雨と肉団子のスープ。豚肉の肉団子、青梗菜、ネギしか入っていないが、ごま油を入れてあるので香りが良いし味もグー。

 簡単なメニューだったので会食はいつもより30分早い3時開始。3時の会食は中途半端。昼食は食べてきているし、夕食には早い。若いときは1日4食を喜んだこともあったが今は無理。後半の部の4時半開始の方がよい。8月例会から前半と後半の組が入れ替えになり、我々が4時半の開始組みになる。

 
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松平定知氏の講演会

2008-06-27 21:31:14 | Weblog
 NHKテレビ「その時、歴史が動いた」のキャスターを務める松平定知氏による講演会が佐倉市の音楽ホールで行われた。佐倉市・開国150周年記念行事の一つ。現役でテレビに出演していることもあり、六百数十名が入る会場は満席。入場券は抽選で約2倍の競争率だったという。

 テーマは、私の取材ノート「その時歴史が動いた」の現場から―だった。しかし150周年記念ということで、堀田正睦公の話が中心だった。堀田家が尾張の出であること、毛利家の系統の小早川家に仕えた堀田家が佐倉の殿様になるまでの経緯などから話は進んだ。

 さすがにテレビで話し慣れている上に、適当な冗談も入れて聞き手をそらさない。1時間15分の短い時間だったが正睦公が日米和親条約を結ぶまでの苦労、それにもかかわらず井伊直弼の陰に隠れて表舞台に出ることの少なかった堀田公、歴史番組を担当しているのだから歴史に詳しいのは当然としても、堀田家のことを実に良く調べている。

 正睦公の一番の功績は人を育てたこと。早くから海外に目を向けていたので人が宝であることを良く理解していたようだ。順天堂大学、青山学院、津田塾大学などを創業したのは佐倉出身の人たち。

 そして最後に大河ドラマPR。篤姫が家定の亡き後、髪を下ろしてからの話に面白い。慶喜が大政奉還し江戸城を引き渡す時、西郷隆盛に手紙を送り江戸城を攻撃しないように説得したという。また落城の時に約1000人いた大奥の女性の身の振り方をすべて決めてから自分が城を出たこと、敵対するようになってしまった薩摩藩からの援助は一切受けず、亡くなる時にはほとんど金品を持っていないような慎ましい暮らしをしていたという話などがあった。

 これもさすがだと思うのは、生放送をしているように話が終了したのは1時間15分ぴったりだった。満足できる講演会だった。

 

 
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友人のエッセイが入選

2008-06-26 21:18:02 | Weblog
 エッセイを書こう会!メンバーFさんの作品が、文藝春秋社のベストエッセイ募集に入選した。タイトルは「母の日」。介護老人保健施設に入院しているお母さんを、母の日に自宅に連れ帰った話が綴られている。この作者のエッセイは題材が深刻であっても暗さを感じない。そして何よりも読みやすい。文章力はもちろんだが作者の暖かい気持ちが込められているからだろう。
 
 彼女のブログを毎日読んでいるという私の友人も、お母さんの入院に加えお父さんも認知症気味の症状があるにもかかわらず、幅広い趣味を持つ彼女がさらに新しいものに挑戦する前向きな姿に感心している。

 この「母の日」はエッセイを書こう会!の先生が主宰する文芸誌「なんじゃもんじゃ」の桂月号に掲載された作品。毎月会合があり「ゆうかり」誌とは別に提出した作品を題材に勉強をしている。文芸誌と謳い小説や詩、それにエッセイを掲載している。エッセイも「ゆうかり」より作品の質が高い。量的にもそこまで書けないので、姉妹紙だが私は参加していない。(もちろん質的にも―)

 私の弟は毎号「ゆうかり」誌を読んで、彼女の作品の結びが上手だといつも感心している。最後の数行が書きたくて小説やエッセイを書く、という作家もいるそうだ。

 今回受賞の「母の日」も結びが素晴らしい。お父さんと一緒にお母さんを施設に送っていった別れのシーン。

 ** 父は「また明日ね」と、母と握手する。私も、「又、明日来るね」と言ったが、別れ際の母の顔を見るのが辛く、そそくさと食堂の端のエレベーターに向かって歩き出した。エレベーターの前で振り返ると、足を引きずりながら父がこちらに歩いてくる。その背後には、向こう向きにテーブルについた母の車椅子の大きな紺色の背もたれが見え、母の姿はその陰に隠れて見えなかった。 **

 8月末に発売される文藝春秋社の「2008年度版ベスト・エッセイ集」が楽しみだ。作者名はペンネームで小野遥さん。興味があったらぜひ読んでみて下さい。

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研修会に参加

2008-06-25 21:58:06 | Weblog
 千葉県交通安全推進隊の研修会が行われた。水曜日でスクールガードの時間とかち合うため代表してYさんと2人だけの参加とした。今日は印旛合同支庁で新規隊員を対象にした研修会だった。私は継続隊員として来月の初めに県庁で行う研修会の方に出なければならないのだが、担当課のアドバイスで新規隊員のYさんと参加することが出来た。

 警察官が講師の「地域の交通情勢について」では、今年の千葉県の交通事故死者数は6月24日現在で107名、昨年比-17名だが愛知、静岡に続いて第3位。しかも老人(31名)と子ども(4名)の死者が増えている。

 共に我々推進隊が減少、出来ればゼロを目指している人たちだ。子どもの事故では幸いに通学路での死者はいない。家に帰ってからの自転車による事故が多い。安全教室などを通じて安全教育を、との話。

 今年講義に加えられたのは振り込め詐欺の話。千葉県の昨年の被害額は16億円。今年はまだ半年にもならないのに9億円と増えている。高齢者に注意を喚起してほしいということで、婦警を交えて電話による実演があった。普通の時にはこんな電話になんで引っかかるのだろうと思うのだが、92%の人は振り込め詐欺のことを知っていながら引っかかっているという。

 そのうち「詐欺では?」と疑った人はわずかに4%。いかに電話のかけ方が上手かということだろう。対策としては①電話の相手が間違いなく肉親であることを確認する。 ②相手のいう電話番号には電話をしない。 ③身内の名前を自分から絶対に言わない。 ④振り込む前に銀行、警察に相談する、ことだと言われる。

 電話を受けたら冷静に対応できるだろうか? 相談できる仲間を持たなければ―。

 
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非常食の賞味期限

2008-06-24 22:03:44 | Weblog
 読売新聞の1面で「食ショック」という特集記事を連載しており、23日付では缶詰の賞味期限について書いている。缶詰の賞味期限はほとんどが3年だそうで、これが適正だろうかというもの。

 そして25年前のものから13年、10年前のものなどを複数の記者が試食した。さすがに25年前のものには抵抗があったようだが、10年前のものは十分食べられるという結論を出している。

 たまたま2週間ほど前に我が家で同じ体験をした。非常持ち出し袋をチェックしていたら10年前のいわしと秋刀魚の缶詰が出てきた。缶詰の賞味期限が切れたらどうなるのだろう。多少の不安はあったが食べてみた。

 賞味期限内のものを食べたことがないので比較は出来ないが、見栄えも味も異常はなかった。ただいわしと秋刀魚の味の差は分からなかった。でも濃い味付けをした缶詰はこんなものだろうと思う。

 もちろん下痢や腹痛などの問題はなかった。それでもはっきりと賞味期限が印刷されたものを続けて保存することは出来ない。6缶あったものを全部食べてしまった。

 そして新しいものに入れ替えたのだが、10年経ったものの品質を見た感想としては賞味期限が短すぎると思う。メーカーは賞味期限を短くして商品の回転をあげようと思うのだろうが、非常食として保存するのだから10年くらいの賞味期限でいけるのではないか?

 もちろん素人判断は危険だが”商売”が先にたっているように思う。
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分からない韓国の牛肉騒動

2008-06-23 21:46:33 | Weblog
 米国産牛肉の輸入制限緩和でアメリカと合意したのでBSEを恐れる国民の反発を招いた、といわれている。読売新聞によるとMBCテレビで放映された人気番組がきっかけになったという。

 その番組は「韓国人の90%はBSEに感染しやすい遺伝子をもつ」という扇動的な内容だったらしい。その放送があった週末からデモが始まったというのだから関係があるのだろう。

 それにしても牛肉の輸入制限緩和問題だけで大統領の支持率が、就任した時の70%からわずか4ヶ月で17%まで落ち込み、デモに約16万人も参加するのはなぜだろう。デモの参加者が多いのはインターネットや携帯メールの普及も大きな力になっているようだが、日本人には理解しがたいのではないか。

 焼肉の国とはいえいやならアメリカ産の牛肉を食べなければ良いこと。背景には日本も同じだが格差社会があるのではないだろうか? 日本以上に厳しい受験戦争を経て有名大学を卒業しても、大手企業への就職は難しいと聞く。生活が安定しなければ不満はすべて政府に向かう。

 今朝の新聞広告では「読売ウイクリー」に重村智計氏の「金大中、盧武鉉元大統領を逮捕しなかったのが李大統領の失政―」という記事が載っている。過去に何回も繰り返されてきた大統領を退くと逮捕されるというパターンが止まり、韓国も民主国家になってきたんだと思っていただけに、真偽は分からないが「まだか~」という気持ちになる。

 それにしても分からない国だ。人事ではないがメディアの影響を大きくける国民性の怖さではないだろうか。またぞろ国民の不満を外に向ける、そのために対日感情を悪化させるという愚は繰り返さないでほしい。
 
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大阪行き

2008-06-22 21:07:51 | Weblog
 久しぶりの関西行きだったので葬儀の翌日は大阪駅で友人に会い、大阪駅ビル27階の展望室から大きく変わりつつある駅北側を説明してもらう。貨物駅が縮小され駅周辺の開発が進みここ数年で景色が大きく変わっている。

 新しい駅ビルの建築も始まり北側のメーン道路が迂回させられている。バス道路でもあり普通の建設では考えられない。新しい都市計画なのだろうか。このビルには新しい百貨店もはいる予定だそうで、激化する競争に備えて既存の百貨店もそれぞれ大幅な改造中だった。

 往路は千葉バスの高速バスを利用した。実はJR関東、西日本バスの大阪行きにプレミアム・ドリーム号という全席スーパーシートのバスに乗ってみたかった。2階建ての大型バスで席は片側1席、通常横4席のところに2席しかない。しかしパソコンで検索をすると残念ながらすでに満席。

 他の会社にも定員20名くらいのゆったりとしたバスがないか検索してみたら、千葉バスと南海バスの共同運航便に横3席のバスがあった。バスでは老体には負担が大きすぎるかと躊躇したが、家から30分で行ける京成成田駅前発ということが気に入って乗ってみることにした。

 22時発。約30席のバスに乗客は6人なので席はお好きなところへとの案内を貰った。思ったよりも余裕のある席、スリッパやひざ掛けもついている。しかも150度近くまでリクライニングシートが倒れる。もちろんトイレつき。

 高速に入るまでは何箇所かの停留所に止まったが、高速では二人乗車の運転手が交代する時以外はノンストップ。心配した停車ごとに目が覚めることもない。名神高速に入って道路のつなぎで音のうるさいところもあったが東名では快適に走る。

 翌朝6時20分京都駅到着。真っ暗な車内で3回ほど目が覚めただけでゆっくりと休むことが出来た。同じ時間、飛行機のエコノミークラスで過ごすよりもはるかに楽だ。帰りは新幹線を使ったが、片道ならこれからもバスを使いたいと思う快適な旅だった。
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義兄の葬儀に参列

2008-06-21 21:19:03 | Weblog
 兵庫県でタクシー会社を経営する義兄が亡くなり葬儀に参列した。89歳。亡くなる直前まで普段と変わりなくビールを飲みながら家族と夕食をしていた。阪神フアンなので食事中はテレビで阪神-楽天戦を楽しんでいたが、8回の裏に阪神が3点を取って逆転、勝ちを確信して2階の自室に上がった。

 続けて野球観戦をしていたが音声が異常に大きいので見に行くと亡くなっていた。試合は5-3で勝ち。勝利を確認して喜んで逝ったのだろう。心臓マヒによる突然死だったが、苦しんだ様子もなかったそうでく大往生だと思う。
 
 とても90歳近い年寄りには見えず、経営している会社ではいまだにパソコンを使って仕事をしていた。ボケることもなく量こそ減ったが毎日酒を飲み、何でも食べていた。

 フルタイムではなかったが最後まで現役を通し、救命装置を付けられることもなく逝けるとは幸せだと思う。死の時期を自分で決めることは出来ないが私にとっては理想の死に方だ。

 商売のタクシー会社は燃料の高騰なので利益はほとんどないというが、長年勤めた運転手のことを考えると簡単にやめる事ができない。運転手には高齢者が多く、6月1日からの法改正で営業車でも75歳以上になると「もみじマーク」を付けなければならない。

 「もみじマーク」を付けた車をお客さんが敬遠しないかと心配もしていたらしい。葬儀には運転手もお別れに来ていたが目を赤くしている人もいた。歳がいっても働けるうちは働く場所を提供する、家業の良さだろう。
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