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医療の犯罪 1000人の医師の証言 - 序章 宗教的側面から 31P

2015-08-13 11:14:22 | 読むとためになるもの
医療の犯罪 1000人の医師の証言 - 序章 宗教的側面から 31P


宗教的側面から


論理的なものよりは煽動的なものに傾きやすく、事実よりはノンフィクションに魅了され、目にはっきりと見えるものよりは隠れたものを信頼しがちなのが人間の本性であるにもかかわらず、多くの人々は、人間はすぐれて理性的な存在であると固く信じている。
たとえドラマの登場人物の悪ふざけよりも、国会議員のおどけた仕種の方が市民生活にもっと重要な影響を与えるとわかっていても、テレビの三文ドラマの方が、議会で進行中の出来事よりも、熱心な多くの視聴者を獲得する。

多くの人々は、マルクスやアインシュタインの業績よりも、子供時代に耳にしたおとぎ話の方を長く記憶にとどめるものだ。
二人の思想が世界の社会的、政治的構造を根底的に変えたにもかかわらず、大部分の人が二人の本すら読んだことがないのだ。

1988年、新聞はさも驚いたふりをして、世界最強の権力者が決断に際して星を頼りにしており、占星術者の押しつけは、“大統領職の日常業務にも支障をきたし始めている”ドナルド・レーガン大統領の元補佐官の一人(ドン・リーガン)が暴露したと報じた。
しかしながら、これには何ら驚くべきことはない。
いつの時代も支配者や征服者は、アドルフ・ヒトラーから遠い昔のバビロニア人やアッシリア人にいたるまで、まさに同じような魔術への依存によって心を悩ませてきたのである。

偉大な人々の中には、仏陀、モーセ、イエス、モハメッドといった預言者や偉大な宗教の創始者のように、この人間の特性を高貴な目的のために利用した人もいる。
しかし、多くの人間はそれを自らの個人的利益のために利用してきた。

議論より魔術をあてにして、業界に恩義を寄せられている健康管理機関によってひたすら商業路線に沿うよう組織された<近代医学>は、税をしぼり取る政府となれ合いながら、以前は<教会>がになっていた役割を巧みに引き継いだのである。
免許を持つ医師たちは、この新しい宗教の叙品司祭であり、遠慮がちな患者たちは何も疑わずに財布と盲目的信頼を委ねるよう要求されるのである。
これは事実と虚構をたいへん巧みに融合してから得られてきたため、一般信者<患者>ばかりでな聖職者<医療関係者>自身もしばしば事実と虚構を識別することができないほどである。

今日、大多数の人々は、公認の科学試験所で動物が受けている信じがたい拷問を、意識的に無視するか、おなじみの安心感を持って大目に見ている。
しかし過去においては、ほとんどの人々が魔女を火あぶりにすることは人道主義的な処置であり、それに反対するのはただ無知な人間だけであると考えていた。
なぜなら、それは人間を悪魔から守るのみならず、火によって魔女の心をも浄化するからである。

同じような気持ちで今日、最も残酷な動物実験が、人間にとってばかりでなく動物自身にも、(神の)恵みであると不用意に信じ込んでいる人々がいる。
これは、生体解剖が役に立つものだと言う信仰は、近代医学の卓越性に伴う必然的結果であると圧倒的多数の人々が宗教教義のように教え込まれてきたからであり、その手口は宗教が人々を改宗させるために用いるのと同じ手口なのである。
証拠もないひとりよがりの主張を継続的、組織的に繰り返す。
手始めは子供のときから、信じようとしない者にはおどしをかける。
やがて、信仰は深く根付いた確信、言いかえれば冷静な思考を一切受けつけない盲信となる。
ものを理性的に考えないということが、いかなる信仰にとっても必要な条件である。
信仰がひとたび理性の助けなしに植え込まれたならば、それを理性的論拠によって消し去るのは至難のわざである。
それは一種の迷信となったのである。

「ブリタニカ」百科事典は、<迷信>を次のように定義している。
「非理性的な感情、とりわけ恐怖感情に基づく信念で、容易に信じられやすいという特徴を持つ。
また、そうした信条に基づいて行われる儀式あるいは監修。
特に(信者以外の人々によって)合理的根拠に欠けると見なされる宗教的体系への信念、神秘的あるいは超自然的なものに関する容易な信じ込み、またはそうしたものに対する崇敬」。

この<迷信>の定義は、宗教そのものと同じく、<近代医学>はすぐれているという信仰にも同じように適用できる。
<近代医学>という宗教を語ることは、<近代医学>という迷信を語ることでもある。
そしてこの医学が演じる様々な儀式は、白衣の司祭たちの財政的収益及び権力と密接に結びついている。
さらに言えば、これらの収益のライオンの分け前にあずかるのは、実際の権力を構成する医療産業の大物たちなのである。(『世界医療産業の犯罪』参照)。

ワクチン神話は、近代医学が巧みに人々に押し付けた最も広範囲にわたる迷信であるが、同じ理由で、最も利益を上げているのもこのワクチンである。
このワクチン神話は、それを支える科学的論拠など何一つないにもかかわらず、最もしぶとく生き延びる神話の一つであり続けるだろう。

種々の伝染病はすべての国で、ワクチンやその他の療法が導入されたかどうかに関係なく、蔓延したかと思うと下火になり、やがて事実上消滅していった。といっても今や過言ではない。
その結果として唯一明らかになったのは、種々のワクチンによって引き起こされた広範な薬害である。

イタリアやフランスで我々が知っている医師の多くは、医師業を続ける組合免許を保持したいと思ったら、子供の患者に予防接種をすることを拒絶するわけにはいかない。
しかし彼らは、自分の子供にはワクチンを接種しない。
西ドイツのゲルバルト・ブッフヴァルト医学博士は、自分の子供が天然痘の予防接種によって植物人間になってしまったことにショックを受け、世界規模の研究に着手した。
その結果、天然痘で死亡した者はこの間一人もいないが、その代わり、予防接種により死亡した者は何百人もいることを説明し、西ドイツでの強制的接種を事実上廃止させた。

アメリカ合衆国では、“合法的に予防接種を避ける方法”について親のためにガイドラインを発表した弁護士が何人かいる。
また、予防接種で害を受けた患者を探し出して、そうした致死性薬物を製造した製薬会社を訴えている者もいる。
これはかなり効果を上げており、今日、製薬会社の多くは、政府がワクチン接種を義務化し、訴訟による被害を補償しない限りワクチンの製造を拒否すると迫っている。
しかし、各国政府の多くはそれを拒否している。

いわゆるワクチン接種は祝福すべきものだと言う鳴り物入りの信仰は、これからも<近代医学>の最後の死の儀式の一つとして留まり続けるだろうと預言しても良い。
というのは、製薬会社にとってその収益はあまりに大きいからだ。
恐らく接種廃止までには来世紀までかかるだろう。
事実、それは<業界>にも<州>にもたいへんな儲けになるので、多くの場合、無料で奨励され押し付けられるのである。

しかし本当のところ、誰がそのツケを払っているのだろうか?
もちろん、納税者である。
<近代医学>が科学というよりは宗教であることを示すもっと適切な例が、次のエピソードである。

チューリッヒ州立病院である聡明な若い患者がアキレス腱を切り縫合してもらったが、数日間、薬を飲むように言われた。
「腱を縫ってもらってなぜ薬を飲まないといけないんです?体全体に悪影響を与えるんじゃありませんか?」
「いや、いや、その薬はあなたの腱だけに効くようになっているんだ!」
白衣の司祭はうれしそうにこう答えたものである。

スイスの先端を行く病院の医師が人に笑われることなくそんなことが言えると言う事は、<近代医学>がどれほど一つの宗教としてまかり通ることに成功しているかをよく示している。
宗教ならば、信者は何も疑わずに盲信を求められ、科学のように、議論、討論および証拠を求められることはない。


医療の犯罪―1000人の医師の証言




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