趣味宝庫

日々の安定した浪漫飛行

維新の町 防府市散策

2016-10-17 22:55:51 | 花神子祭と歴史の町
テレビ番組の選択は皆、自分の趣味、社会の話題性・価値観、好きな出演者、番組企画などにより観ているが私も同様、特に好きな近現代史、散策が好きなことから「ブラタモリ」「英雄たちの選択」「THE 歴史列伝」「にっぽん!歴史鑑定」「にっぽん縦断 こころ旅」「野天湯へGO」(山田べにこさんのフアン)等は私のテレビ番組の定番である。
今回、幼友達との再会、日本三大天神である防府天満宮の祭事である【花神子祭式】と歴史散策を兼て山口県防府市へ出掛け、以前からの興味があった『車塚』から『昭和館』までをカメラを提げて歩いたので紹介したい。

神幸祭(裸坊祭)「11月26日」に供奉する大行司、小業司(在庁官人であった藤井、清水両氏一族)が祭りの無事斎行するため御酒を花神子と共に奉献する社参の式である。因みに現在の世、藤井・清水氏の末裔子孫が天満宮を囲むような位置に住んでおられる。 (かなり古い旧家の御家です)




天神町銀座商店街にある話題の昭和館【入館料 100円】 ➡ 「この商店街に古くから続く昭和感あふれるW電気屋さんを見付けた~」



大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公 楫取 素彦(生まれは藩医 松島家で養子となり小田村 伊之助)と妻美和子(吉田 松陰の妹 文)の終焉の碑


さらに南へ向かって下がると藩主が参勤交代、藩内巡視の際に休憩所・宿泊所として利用した「三田尻御茶屋」(英雲荘)に当たる。この茶屋は萩藩の公館で萩城下~三田尻間を結ぶ萩往還の終点として、歴史上重要な役割を果たした。奥座敷棟は、萩本庁が幕末時に山口に山口政治堂(山口城)が設置され明治になり毛利家の本邸なった際、毛利家当主、家族が生活する空間として整備されて建てられたもので、敷地内でもっとも立派に仕立てられた。
英雲荘には朝早く訪れたが、当館にお勤めのM職員の御丁寧な案内に旧藩時代にドップリ引き連り込まれ、楽しく見学させていただいた。Mさんから屋根(棟)の丸み【むくり】「武家作りには珍しい」、ふすま模様、取っ手、年間イベント、周辺の町並「武士が住んでいた警固町等」などを詳細に渡り説明を受け、一時間半の長時間になったが本当に有意義な時間であった。防府市は、車塚、周防国分寺・国衙跡から幕末・維新そして最近までの塩田産業まで歴史を留めていて、生で日本史の勉強が出来る町である。歴史が好きな人は是非、英雲荘に行っていろんなお話を聞いてはいかがだろう。



大観楼棟


大観楼の部屋


墨書で信濃(長野県)出身の三井 親和の作で、その篆書は染物にも用いられた。




花月楼「茶室」


花月楼の茶室に障子を別けて一畳の間があるが、武家茶室の特徴なのだろうか。【従者の間と推察される】


朝の7時半ごろから一人散策·······流石に昼には腹が減って英雲荘から天満宮へ行く途中、昭和レトロ食堂に入った。



今回の紹介はこの辺で、次回は三田尻からの海路の乗船場所である「御舟倉(海軍局」、体温計を作りジアスタ-ゼを発見した柏木 幸助が学んだ県内の最高教育水準にあった「山口県立華浦病院・医学校」、歴史研究家、官僚、政治家の「上山 満之進」などを紹介したい。長過ぎ~た。
最後に医学校跡を載せて中断する。

山口県立華浦医学校【1874年(明治7年~1883年(明治16年)】












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