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技術ではないもの

2009-01-21 01:20:55 | Weblog
うちの子供教室に来ているA君(イニシャルにあらず)は、幼稚園児なのに将棋クラブで1級で指しているそうだ。さすがに1級は甘いと思うけれど、最大出力はなかなかのもの。大局観はまだまだでも、指の向かう先はプロと遜色ないほど本筋そのものだ。

今日、彼と指しているときのこと。
普通に多面指しの駒落ちをやっていて、こちらが何気なく王手を掛けたら爽やかに投了されてしまった。
「詰みまで読み切ったの?」と尋ねたところ、「なんとなく先生が攻めてきたから詰みかと思った」と答える。じっくりと話を聞くと、結局なにも読んでいないことがわかった。

彼は自分より弱い子と指すときには、負けるとしても最後まで指す。相手が間違えるかもしれないし、過去にそうやって勝ってきたから。でも自分より強い人に対しては、わかったような顔をして投げてしまう。
まだ詰む詰まないの細かいところを整理できないのはわかるけれど、それ以前に彼にとっての将棋が「周囲に自分の優位性を示すためのもの」になってしまうのは怖い。そこから芽吹くものがあったとしても、道中で将棋に対する気持ちが痩せ細ってしまう可能性が高くなる。

自分は、教室に来てくれる子を強くしようという気は全くない。強くなる子は勝手に強くなるし、強くなれなくても長い期間楽しんでいける子の方が貴重だとも思っている。
中にはモジモジと「今日ね、学校でこんなことがあって…」と報告に来て、将棋もろくに指さずにニコニコと帰っていく子もいる。かと思えば来た瞬間に「早く指そう。どんどん指そう。とことん指そう!」とムズムズしまくっている子もいる。はしゃぎすぎる子には雷を落とすこともあるけれど、いつの間にか上級生が勝手に小さい子の面倒を見てくれている。色々な個性があって、将棋の強さも好きさ加減もまちまちで、見ていて本当に面白い。

なんとなく投げてしまった彼には、5手詰めの詰将棋をいくつか出してみた。彼は詰将棋が大の苦手だったけれど、自分の手を読んで相手の手を読んで、いい加減ではない答えを出すことを覚えてほしかった。相手が誰であっても真実はひとつだと知るには、詰将棋を解くのがいい。僕も十代の頃には詰将棋の美しさに何度となく救われた。今でも煮詰まると詰将棋を解く。一心不乱に解いている時間、間違いなく世界は僕だけのものだった。もっとも彼は10を2で割ったくらいの年齢なのだが。

ひとつ、ひとつと5手詰めを解いていき、彼は自信を取り戻しつつあった。しかしそこで躓いてしまった。とある問題で盲点に入ってしまい、がんじがらめ。30分ほど固まってしまったところで、息抜きに他の子と指させることにした。
しばらくして、彼の嗚咽が聞こえてきた。目の前の将棋じゃない、さっきの詰将棋を解くことができなかったと泣き出してしまったのだ。相手の小学6年の女の子は「まいったね、こりゃ」の表情でこちらを見る。僕は「すまんすまん」のゼスチャーを返す。
終わったあと、解けなかった問題を図面用紙に書いて彼に渡した。将棋の世界は技術が高ければ多くの障害を乗り越えることができる。でも、それだけじゃない。

自分の行動、言動のひとつひとつが彼らの根幹に響いてしまうかもしれない恐怖。事なかれになることも割り切ることも出来ないまま、今日も一日が終わっていく。
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8 コメント

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「接触事故」 (KS)
2009-01-21 14:43:09
「高速道路」で「渋滞」が起きる、と言われるわけですが、本当は、皆が高速で走っているとすると、「渋滞」にたどりつく以前にも、ちょっとした「接触」で「大事故」になりがちなのでしょうね。「接触」の相手が「他の自動車」なのか、「中央分離帯」なのか、「側壁」なのか、様々でしょうし、もちろん将棋に限る話でもないでしょう。
Unknown (オミクロン)
2009-01-21 23:09:15
すごくいい文章ですね。

文章の本旨とは外れるかもしれませんが。
プロの将棋界に近いところにいるほど「普及=未来のプロ棋士発掘」と考えがちだと思います。
ごとげんさんのようにジャーナリズムの立場にいる人こそが、そうではない普及の意味を掘り下げていけるのだろうな、と感じました。
同感です (Jack)
2009-01-22 17:45:13
>彼にとっての将棋が「周囲に自分の優位性を示すためのもの」になってしまうのは怖い。

ごとげんさんの子どもたちを見る目のやさしさ、的確さが伝わってくる言葉です。「優位性を示す」ことは出発点であっても、それが目的となると、本人にとって決して幸福なことではなくなってしまうでしょう。

子どもの指導は大変ですが、面白さもあります。これからも頑張ってください。
只者んじゃねぇ (四面三臂.)
2009-01-22 19:33:55
コイツぁ 凄えぇGOTOGENはヤッパリ只者んじゃねぇ。
「にんげん」が出来てる。
いい心根をされてる。
田沢湖のような深遠さをお持ちだ。

とまぁ 日々草臥れている我が触覚が反応した。
穿った見方をすればその生真面目さが
凶と出るのが現世でありまして。
我が身に覚えがあるのは重々で。

いち傍観者として遠巻きにそっと応援します。
GOTOGEN教室の生徒は幸せモンや。
文部省(敢えて)は見習わにゃ。

心理学は実践が一番。
あっ (おにぎり)
2009-01-22 23:04:45
そういうことだったんだ。ちょうどポートの前で泣いているときに行ったから事情が分かっていませんでした。さすが、ゴトゲン先生です。
Unknown (ごとげん)
2009-01-24 02:52:39
>KSさん

ほんと、将棋に限ったものではないですよね。僕は結構めんどくさいタイプらしく、知らないうちにそこかしこの車にガツガツぶつかりまくっているようです(笑)

>オミクロンさん

普及の意味…そんな大きな括りで考えたこと無かったです。個々との付き合いが結果的に普及になるなら嬉しいですが、とても「自分は普及してるぞ!」と胸を張って人には言えません。
何年に1回か指導棋士の更新で普及活動報告を書くんですが、僕は何を書いていいかわからなくて常に「特になし」にしてしまいます。本当はいけないのかもしれないけど、そういうことにうまく対応できないんです。

>Jackさん

ふふふ。「威張るなら俺に勝ってから威張れ」が当教室の基本方針です。

>四面三臂さん

半分ですね(笑)
普段の生活や言動は全く生真面目ではないんですが、それでも凶と出るなら逃れようがないと諦めます。

>おにぎりさん

日記に書かれてましたね。大盤の13手詰めの方は1秒でケロリと諦めてました(笑)
Unknown (オミクロン)
2009-01-24 15:16:50
少しだけ補足を。

子供に将棋を教えること自体、一つの普及活動です。
でも、そこに何の狙いを込めるか、という視点で前は書かせてもらいました。狙い、は言い過ぎかな。無意識のこともありそうなので。どんなモチベーションを持っているか、ということです。

口で「将棋を楽しんで欲しい」と言っても、プロ棋士は、普及活動の行き先を無意識のうちにプロの世界と考えている印象を受けるんです(幾つかしか教室を知りませんので、あくまで個人の印象です)。
本当は、将棋が強いことがプロに直線的に結びつくわけではないと思います。一方で、プロを目指さない子供にも「将棋を道具としてどう成長してもらうか」という視点も必要ではないかと感じているのです(学校の授業に導入されるような話なら特に)。

無意識かもしれませんが、ごとげんさんの今回の記事にそうした匂いを私が嗅いだ、ということです。
Unknown (ごとげん)
2009-01-25 02:35:06
>オミクロンさん

それならよく分かります。
たとえ理念はそれほど変わらなくても、立場や責任によって導く先が違ってくることもあると思うんです。
本来なら、自分の目的に合わせて教室などを選べるのがいいですよね。僕のように「将棋を通して日常を楽しく明るくしよう」といったフワフワした感じのところから、プロを目指すために別の場所へ行くという道筋も自然だと思います。
僕の根本にあるのは「こちらが選ぶのではなく、好きに選んでもらう」であって、それ以上もそれ以下もないかなと…こういうことを言葉にするのは難しいですね。まとまらなくて、なんだかすみません。

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