自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

上の枝の実は鳥たちのために、、、

2016年10月31日 06時12分58秒 | コラム

  子どもの頃、甘柿のある家ががうらやましかった。甘いものは子どもの好物だが,一個10円の栗まんじゅうなどは,滅多に口にすることのない贅沢品だった。確か芋飴(サツマイモが原料)だとよく口に出来たことを思い出す。干し柿などは,正月の年始に出向きお年賀として貰えたらラッキーだった。

 庭のある生活が出来るようになったとき,子どもの頃の願望がわき出たのであろう,迷うことなく甘柿を一本植えて貰った。桃栗三年柿八年、実がなり出した頃は、”柿泥棒”などは死語になってしまっていた。色づいて,そろそろ食べられるかと思った頃には,賢い鳥がしっかりと啄み始める、、、。そんな時、”下の枝の実は旅人のために,上の枝の実は鳥たちのために”の後半を実現できている喜びに浸れることができた。鳥たちと分け合って,年に5~6個自然の甘みを味わって来たのだが、、、、。

 今年は生り年なのか,数え切れない実がつき,色づき始めたが,鳥たちの来訪がなく、色づいたまま枝で赤みを益し自然落下を待つようになった。そういえば10年ぐらい前は,庭に設けたえさ台に,古米を撒いておくとあっという間に雀の来訪、啄んでくれたものだが,最近は2、3日立っても残っているときがある。確実に異変が起きているのだろうか、、、、。

 鳥たちが生きられなくなって行く末には,人も生きていけなくなるものだし、かって炭坑に,カナリアを持ち込み,危険を察知した事が、地球的規模で進行しているのではないか、。             経済成長は善ではないことに気づかないと、そう遠くない時期に人類の滅亡は間違いのない到来してほしくない未来である。自然栽培を苦労して実践、”百姓が地球を救う!”を主張されている木村さんの存在は貴重だし,それこそ人類に貢献している営みだから,最高の叙勲があって良いと思うのだが、、、、。

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