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書評・「ドイツ帝国」が世界を破滅させる エマニュエル・トッド 文春新書

2016-09-10 13:20:40 | Weblog

 読もうと思っているうちにもう一年以上がたってしまった。ぱらぱらとめくって、読む前の内容を下記のように想像をしてみた。{ }内。 

{ロシアはソ連が崩壊して普通の国になった。要するにロシア帝国の時代のヨーロッパに戻ったのである。違いは、大英帝国が見る影もなくなった代わりに、強大なアメリカと言うイギリスの庇護者が登場した。英国が考えるのは昔日と同じく、大陸と一線を画し、大陸に強大な一国が登場することを防ぐことである。

だが西欧は相変わらずロシアを強大なソ連と同じと錯覚して、対抗のためにNATOとともにECをEUに発展させて、ソ連圏だった東欧も取り込もうとした。大陸と一線を画す英国は通貨統合にはのらなかったために、ヨーロッパ経済の中心は図らずもドイツになったのである。EUでドイツは一人勝ちしている。EUはドイツ帝国のヨーロッパ支配の道具になったのである。

以上である。

筆者は英国はEUを離脱する、と予言しているが実現しつつある。筆者はフランス人である。だから伝統的思考に従えば、普通の国ロシアとフランスの親近感は普通であるし、フランス人がロシアより強大なドイツを恐れるのも自然である。

ただ本書にないと思われる視点がふたつある。域外からの移民問題で一番悩まされているのはドイツである。ドイツ国内は移民問題で荒廃している。またイスラムの勃興にもヨーロッパは悩まされている。イスラムとの確執の歴史は長い。イスラムによるヨーロッパ支配と、ヨーロッパによるイスラム圏蹂躙で、お互い様なのだが、結果は確執を生んでいる。

内容を大雑把に見よう。やはり「新冷戦ではない」(P22)というタイトルがあるように、ロシアはソ連の再現ではない、と考えているのだ。そこで「紛争が起こっているのは昔からドイツとロシアが衝突してきたゾーンだ・・・アメリカが、クリミア半島がロシアに戻ったことで体面を失うのを恐れ・・・ドイツに追随した」という。要するにソ連以前の伝統的な独露関係に戻ったと言うのだ。

ただ「言語と文化とアイデンティティーにおいてロシア系である人びとが東ウクライナで攻撃されており、その攻撃はEUの是認と支持と・・・武器でもって実行されている。(P33)」というのは、ウクライナだけではなく、バルト三国など旧ソ連に支配された国々には看過できないだろう。これらの国々にロシア系住民が多いのは、ソ連帝国支配のため、ロシア人が政策的に送り込まれているケースがあるからだ。

その犠牲としてバルト三国などでシベリアに強制移住させられた人々が多数いるのだ。不思議なのは筆者が「一九三二~三三年にかけてウクライナで旧ソ連が行った人工的大飢饉により数百万人が殺された。(P96)」とウクライナの被害を知っているのに、前述のようなことを書くことだ。ソ連がロシアに変身した途端にソ連時代のこれらの行為が免責されるとでもいうのだろうか。

これに対してドイツについては「・・・二度にわたってヨーロッパ大陸を決定的な危機に晒した国であり、人間の非合理性の集積地の一つだ。(P142)」と断ずる。これはドイツに対する偏見が強すぎまいか。確かに今の常識では第一次大戦はドイツの、第二次大戦は日独の責任に帰されている。いかにヒトラーが狂気を秘めた人物であるにしても、両大戦をドイツの責任に帰するのはあまりに単純化し過ぎ、それ故今後の政治の糧とはなりにくいであろう。

ソ連の崩壊については、「ロシアはかつて人民民主主義諸国を支配することによって却って弱体化したのであった。軍事的なコストを経済的な利益によって埋め合わせることができなかったのだ。アメリカのおかげで、ドイツにとって、軍事的支配のコストはゼロに近い。(P41)」これは米国を軍事的盟主としたNATOのことを言っている。しかしその反面として、いくら軍事コストが少ないため、経済的利益を得てドイツが強くなったとしても、軍事の後ろ盾のない経済と言うのは脆い。だから今のドイツをドイツ帝国とは言いにくいであろう。

米独の比較においても筆者の見方はバランスを欠いていると思われる。「大不況の経済的ストレスに直面したとき、リベラルな民主主義国であるアメリカはルーズベルトを登場させた。ところが権威主義的で不平等な文化の国であるドイツはヒトラーを生み出した。(P63)」というのも図式が単純過ぎる。リベラルな民主主義国である「にもかかわらず」、と言い換えるべきであると思われる。

大恐慌の克服は、リベラルで民主的な政策により実現したのではない。米国の理念とは相いれない共産党独裁ファシズム国家のソ連と組むことさえ辞さないことによって、大戦争に国民を扇動して克服したからだ。ニューディール政策で恐慌を克服したのではない。

EU内でドイツが有利なのは、ドイツ国民間の経済的不平等は小さいが、「・・・東ヨーロッパの低賃金や南ヨーロッパにおける給与の抑制を加味して考察すれば、現在英米に見られるよりも断然いちじるしく不平等な支配のシステムが生まれつつある(P64)」

つまりEUではドイツ人が支配する側にあるというのである。EU域内ではドイツ人は高賃金を維持しながら、低賃金の周辺国国民を使って利益を上げるシステムとなりつつある、というのはその通りだろう。

日独仏の比較論は面白い。「日本社会とドイツ社会は、元来家族構造も似ており、経済面でも非常に類似しています。産業力が逞しく、貿易収支が黒字だということですね。差異もあります。日本の文化が他人を傷つけないようにする、遠慮する・・・のに対し、ドイツはむき出しの率直さを価値付けます。(P157)」経済面についての類似性は高度成長以後のことで、戦前の日本の経済基盤は弱いものであった点がドイツと違う。遠い国日本の過去を見ない近視眼であるのは仕方ないだろう。日本への評価は本書の論旨には影響ないからである。

フランスは「遺産は男女関係なく子供全員に平等に分け与えられました。このシステムが培った価値は自由と平等です。(P158)」と手放しで賛美しているようにしか思われない。フランスの自由と平等は国内の白人にしか適用されないように思われる。現在フランスでは女性イスラム教徒が着る水着を禁止する動きさえある。いくらテロにさらされているにしても、日本人から見れば不寛容に過ぎるとしか思えない。

EUについては、筆者は単一通貨にはもともと反対で、容認するに至ったのは、ヨーロッパが保護主義を採用することを促す可能性があるからだ(P217)という。正しいのであろう。単なる通貨統合と自由貿易は矛盾するからである。著者のこの主張について小生には充分読解する能力がないが、ヨーロッパ保護主義とは、EU域内における経済統制と、域外に対する半鎖国政策のことであろうか。

全体的には伝統的なフランスの親露感情とドイツ危険視が根底にあるように思われる。またアメリカについてはかなり書かれているのに、英国にはあまり書かれていない。これは英国のEU離脱を予言しており、そもそも帝国ではなくなって、ヨーロッパに対する影響力が少なく、他方で米国は軍事力等でヨーロッパに対する影響力が大きいという現状認識からだろうか。なお、編集後記には編集部によって、全体がうまく要約されていることを付記する。

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