池さんで働くおばさんの日記

デイサービス池さんを通して、夢の持てる地域づくりに情熱を傾けているおばさんのブログです。

人を想う(あるおばあさんのお話)

2017-04-05 23:54:19 | デイサービス池さん

おばあさんは息子さんと2人暮らしです。

おばあさんは多くの事情を抱えて、おそらく縁のない土地で小さな住宅でひっそり暮らしています。

息子さんには知的障がいがあり、精神疾患もあるため仕事をすることができません。

2人は生活保護費で暮らしています。

洋服も満足に買えず、冬でもおばあさんは男物の下着の上に汚れてすりきれそうなジャンバーだけを着てデイに来ています。着替えももちろんありません。

おばあさんにもたくさんの疾患があります。

統合失調症や背骨や腕の骨折後の不自由と痛み、白内障や緑内障、その他にも沢山の病気を抱えています。

貧しい生活の中で、なんとか2人で生きてきたと思われますが、骨折をしたり徘徊が始まったりしたため、2人の暮らしはより不自由になってしまいました。

一番困るのが、食事が満足に作れなくなってしまったことです。

2人はふりかけをかけたご飯だけや、水をかけたご飯を食べたり、冷凍食品を分けて食べたりしています。

おばあさんは再度の骨折のため、トイレまでの移動が今までより大変になりました。

さっさと歩けないので、洋服を濡らすことも多くなりました。

狭い部屋の中で、冷蔵庫の横に布団をひいてコタツで暖をとり、2人は夜を過ごします。

夏は暑い部屋で、やっぱり冷蔵庫にくっつくように座って過ごしています。

おばあさんは、いつも暗い顔をしていました。

息子さんも暗い顔をしていました。

近所の人との付き合いもなく、出かけるのは病院へ行く時だけという毎日の中で、2人はテレビだけを見て暮らしています。

2人とも沢山の病気があるため、沢山の薬を飲んでいます。

薬の効き目や副作用、加齢と共に効きすぎてしまったりという症状について、はっきりと意識ができず、更に医師に伝えることができないという悪循環が余計に体調を悪くしているのかもしれません。

家ではいつもボーッとした感じでおばあさんは過ごしていますが、デイに来ている時は目をキラキラとさせて楽しそうに話をしてくれます。

少しなまりのある言葉で、スローテンポですがよくしゃべりよく笑います。

歩くのは介助が必要ですが、車に乗って花見も行けます。

家できちんとした食事を摂れないので、デイの食事はしっかり食べてもらいたいと思います。

しっかり食べてもらうと同時に、いつも静かに食べているおばあさんに、賑やかな食事の時間を楽しんでほしいと思っています。

体重を気にしながら、それでも皆と過ごす時間を思いっきり楽しんでほしいと思います。

気持ちの良いお風呂に入ってほしいと思います。

家で暮らすことを2人が望んでいるのなら、少しでも長い間2人が家で暮らすことができるように考えていくことがきっと大事なことなのでしょう。

 

「年寄り」は、みんなが同じなのではありません。

「年寄り」という言葉で一括りにできるほど、あるいは「認知症」という言葉で一括りにできるほど単純ではありません。

家族が大事に想って、いろいろと尽くしてくれる人もいるでしょう。

お金が十分にあって、家族に頼らなくても好きな場所で希望通りに生きて行ける人もいるでしょう。

反対におばあさんと息子さんのようにお金もなくて、訪れる人もなく、ただひっそりと生きてゆくしかない人もいるでしょう。

介護の現場は「介護サービス」という市場原理に基づいてはいるものの、私は介護の仕事をサービスを提供するだけの一元的なものだとは思っていません。

一人の人と出会い、その人のために、どう考えてゆけばよいのか、どうすればその気持ちに添えるのか、人と人との複雑で煩雑な関係の上に作られる心理的で哲学的なものだと考えてきました。

おばあさんが家で暮らしたいと思うなら、どうすればこの2人が家で暮らしてゆけるのかを考えていたいと思います。

2人の生きる環境はとても厳しいものですが、決して2人だけが苦しいわけではなく、きっと世の中では多くの人たちもそれなりに厳しい環境で、生きているのだと思うのです。

どの人も、様々な生き方や(それが自分の生きた証だとしても)環境の中で生き(望むと思わざるに関わらず)、いろんな家族(相容れない家族であっても)と共に過ごし、多くの問題を抱えた中で生きているのです。

誰一人、問題を抱えない人などいないと思っています。

それでも、生きてゆくしかないのが人間なのだと、いつも思います。

かつて、湯浪のじいちゃんが教えてくれたように、「人間、生きるしかない」のだと。

悲しみや苦しさを抱えて、無力でも、それでも生きてゆくしかないのが人間だと思うのです。

私は苦しみ続けて生きたいと思います。

ジタバタと迷いながら、あれこれと思い続けながら、これでいいのだろうか、これでよかったのだろうか・・・と。

おばあさんのことを想いながら、社会の中で生きることができない息子さんのことを想いながら。

一筋の光がたとえ見えないとしても、どうすることもできないとしても、ただ2人を想いながらいたいと思います。

きっといつか、おばあさんは自宅で暮らせなくなる日がくるでしょう。

その日まで、できる限り悩み続けていたいと思います。

 

大頭の桜も咲き始めました。

週末までの雨の予報に少々がっかりですが、来週に期待したいと思います。

おばあさんたちと一緒に、春の日差しと春のエネルギーを蓄えたいと心から思っています。

 

 

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