こちら噂の情報局

メディアの片隅に生息する新聞記者OBが、独断偏見勝手気ままに綴ります※文中はすべて敬称略。

稀勢の里まるで昔のタイガース

2017-01-26 | ウェブログ

我が少年時代。
シーズンが始まるころ阪神タイガースはいつも優勝候補だった。

そして必ず2位に甘んじた。
「来年こそ」
虎ファンは信じ続け、タイガースは裏切り続けた。



64年、東京五輪の年に優勝して以来途絶えた。
自民党に負け続けた社会党にさえ例えられた。
「万年野党」
「万年2位」
「優勝すれば、年俸を上げないとアカン。だから優勝せんでエエ」
そういわれた、と主力選手が暴露した球団体質。

85年、21年ぶりに優勝したとき、喜びは爆発した。

ツナを賭けた場所に5度跳ね返された。
準優勝12回。
あと1勝、ここで勝てば…。
期待を裏切り続けた稀勢の里が6度目の正直で涙の初優勝。

待ちに待った分、感動を呼んだ。
そして25日、横綱伝達式が行われた。


報道陣が押し寄せる部屋で伝達式をやるには手狭。
東京・帝国ホテルに場所を移したのは、その悦びぶりが分かる。

「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」
ちょっと噛んだが口上はシンプルだった。


詰め掛けた報道陣には特製ラベルの日本酒と赤飯が手土産。

粋な計らいだった。

27日には雲竜型で明治神宮奉納土俵入り。
若貴、曙、武蔵丸以来の4横綱時代がやってくる。

モンゴル勢3横綱に稀勢の里が楔を打つ。
3月12日春場所初日が横綱の船出だ。

◆萩原寛(はぎわら・ゆたか)1986年7月3日、兵庫・芦屋市生まれ。2歳のとき茨城・龍ヶ崎市、長山中2年で牛久市に転居もそのまま通学。龍ケ崎市立松葉小ー長山中。02年2月、鳴戸部屋入門。春、初土俵。04年夏、新十両。04年九州、18歳3ヶ月で新入幕。四股名を稀勢の里に変更。10年九州場所、白鵬を63連勝でストップ。12年初場所、新大関。中学野球部ではエースで4番。187センチ、175キロ。血液型B。父・貞彦(71)母・裕美子(61)、姉・央恵(ひさえ=31)。

ジャンル:
ウェブログ
Comment   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 時計の針を戻すトランプ 今... | TOP | 賞ほど素敵なものはない »
最近の画像もっと見る

post a comment

Recent Entries | ウェブログ

Trackback

Trackback  Ping-URL